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57 愛を授ける儀式(1)

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 手を洗ってくるね、と言って千影はベッドを離れた。

 夕美は呆然としながら天井を見つめる。手首は痛くなかったが、自力では紐を外せそうにない。左手に着けられた彼の腕時計が、一層重く感じる。

(千影さんは、平井さんのことで嘘を吐いた私をどうしたいんだろう。ただ悲しい、そう言っていたけれど、何か罰を与えるためにこんなことを……?)

「お待たせ」

「っ!」

 すぐに戻ってきた彼の声に、体がビクリと反応した。

「ああ、そんなに怯えないで夕美。痛いことはしないんだから、ね?」

 毎日見ている、穏やかな千影の顔が近づいてきた。いつもと同じなのに、彼の気持ちを知った後ではそれが違うものに見える。どう表現していいのかわからないが、夕美の心が彼の手のひらに掴まれて、じわりと握られたような心地だった。
 恐怖とも違う、同情とも違う――。

「んっ、んん……」

 千影に唇を重ねられ、ゆっくりと口内を舐め回された。優しく、丁寧に、けれど拒むのを許さない舌が、夕美の舌に絡んでくる。
 彼のつけているフレグランスの香りが夕美を包んだ。
 気が遠くなるほど繰り返される口づけに、夕美の体は次第に溶かされてしまう。

(もっと乱暴にされるかと思ってたのに、いつもに増して丁寧にキスするから……、体が……、どうしよう……)

 下腹が疼き、すでに足の間が湿っているのがわかる。ねっとりした彼の舌が夕美の口中を這い回っているだけなのに、まるで体中を舐め回されている感覚に陥った。

 息苦しくなってもそれは絶え間なく、夕美の唇を蹂躙していく。

「あ、……んう、ん……っ!」

 このままでは体の疼きに耐えられそうになく、どうにか唇をずらしてキスから逃れた。

「千影、さん……」

「どうしたの?」

 虚ろな目で千影の顔を見つめると、彼が首をかしげた。その唇の端には夕美の赤いリップが少しだけついている。それを拭ってあげようにも、手を縛られているのでできない。

「い、いつまで、キスするの……?」

 浅い呼吸とともに彼へ尋ねる。

「さぁ?」

 なんだそんなことか、とでも言いたげな顔をした千影は、再び唇を深く重ねた。

「はっ、あ……っ、んんっ」

 今度は夕美の唇を舐め、自分の唇で挟んで弄んでいる。涙目になってきた夕美には構わず、千影は差し入れた舌で頬の内側や歯茎まで舐めてきた。
 そこまで執拗にキスを続けているにもかかわらず、彼は夕美の体のどこにも触ろうとはしないのだ。

 焦らされた夕美の体はこれ以上ないほど熱くなり、下着はとっくにびしょびしょに濡れているだろうと思うと、いたたまれなくなる。

 夕美が知らない間にどんなことをしていたとしても、千影は夕美の推しであり、一生をともにしたいと思うほど大好きな人。だからこの状況でも、体が彼のキスに悦んでしまうのだろう。

「も、もう、嘘吐いたりしないから、許して、お願い……!」

 一瞬離れた唇から、夕美は懇願の言葉を吐いた。唇の端から唾液がこぼれてしまったが、これもまた拭うことが出来ない。

「キスしてるだけなのに大げさだなぁ。それよりも、ずっと足をもじもじさせてるけど、どうかしたの?」

 クスッと笑われて、夕美は恥ずかしさに襲われる。だが彼の言う通り、キスをされているだけなのに、体がもどかしくてたまらない。

「……」 

「ん? 聞こえないよ」

 触ってほしいと言いそうになって途中で口を噤んだのに、千影は微笑みながら尋ねてくる。

「……なんでもない」

「あ、そう」 

「あうっ!」

 千影の手のひらが太ももに触れただけで快感の電流が走り、思わず腰がビクッと上がり、体全体で反応してしまった。

「もしかして夕美、拘束されてるほうが感じるの?」

「そっ、そんなことない……!」

「君のことはなんでも知っているつもりだったけど、そうでもなかったんだなぁ。……もっと教えて?」

「あっ、あぁ……っ」

 千影の唇が夕美の首筋にキスを落とした。それだけで、いつもの何倍も感じてしまう。

(こんな格好をさせられてるのに、なんで感じちゃうの……? もっといろいろ考えたくても、千影さんに触られたたけで、何もできなくなる)

「やっ、やめ……あんっ」

「ほら、いつもより感じてるじゃないか。素直になってよ、夕美」

 ちゅっ、ちゅとしつこく首にキスをされ、舐められているのがわかった。

「可愛いね、夕美」

「あぁっ、やっ」

 耳たぶを甘噛みされて、体が跳ねそうになるほどの快感が電流のように流れる。
 両手を上げてしばられたままの夕美は、腰だけくねらせて快感に耐えた。そのたびにベッドがギシギシと揺れる。

「大好きだよ、夕美。この格好で僕に抱かれてね」

 千影は満足そうな顔でこちらを見下ろしながら、夕美が着ているジャケットに手を置いた。そのボタンを外され、中に着ていたブラウスがあらわになる。

「ち、千影さ……」

 微笑んだ千影は、自分もジャケットを素早く脱ぎ、夕美の上に馬乗りになった。

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