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56 信じていたのに(2)
しおりを挟む「……何もかも、私が知らないところで、全部……、全部……」
「ああ、夕美。さすがに驚かせちゃったのかな、ごめんね」
千影は、パニックを起こしそうになっている夕美の背中をさすりながら、何度も謝った。
「う、うう……」
夕美は上手く言葉を発することができず、ただ重苦しい息と一緒に呻くことしかできない。
そうして、千影の大きな手で優しく背中をさすられ続けていると、彼が夕美の混乱を招いた相手だとわかっているにもかかわらず、徐々に心が落ち着きを取り戻していった。体全体に起きていた震えも、いつの間にか収まっている。
本当は彼の行動についてもっと深く考えたいのに、夕美の感情がそれを許さない。この温かさに身を委ねていれば幸せなのだから、余計な思考など必要ないのだと。
「僕はね、誰のことも信用していないんだ。僕を置いて自分の幸せだけを追求した父母、僕を忘れて父の言いなりと成り果てた祖父、僕を裏切った友人や仲間たち……、僕が信用していた人はひとりも、それに値する人間ではなかった。だから僕は周りの人間を信頼しないようにしてきたし、今もしていない。……ただひとりを除いては」
「ただ……ひとり」
夕美は力なく、彼の言葉を繰り返す。
「そう、ただひとり、夕美のことだけは心から信じている。君は僕を救ってくれた女神だから」
千影の「救い」や「女神」という言葉に反応したのか、教会のミサ曲が、唐突に夕美の頭の中に浮かんだ。なんという曲かはわからない。どこで聞いたのかも思い出せない。
ただ悲しげな歌声と音楽が、流れている。
「僕はね、君という女神に心酔しているんだ。君と結婚できるなんて本当に幸せだよ。でも、そう思っていたのは僕だけだったのかな。僕は君をこんなにも愛しているのに。君は違ったんだ……」
明らかに声のトーンが落ちた千影は体を起こして、再び夕美の体に覆い被さってきた。そして眉根を寄せた彼は、切なげな表情を浮かべて問いかける。
「どうして僕に嘘をついたの、夕美」
「……嘘? って?」
急に変わった話題についていけず、夕美は彼の疑問に問いで返した。
「元T社にいた平井だよ。退社後の夕美を待ち伏せしていた平井に、どうしてついていったんだ。今さら話すことなんて、何もなかったはずだよ?」
なぜ千影がそのことを知っているのかという混乱と、彼の瞳が暗く翳ったことの恐怖から、上手く回らなくなった口で説明を始める。
「あ、あれは……、平井さんが、今までの件で、あの、どうしても謝りたいって言って――」
「違うよね? 彼は夕美に気があった。謝るというよりも、ただ君とお近づきになりたいから、あわよくばと考え、待っていただけなんだ。ったく……だから僕が会社ごと切ったっていうのに……!」
初めて彼の怒りを目の当たりにした夕美は、浅い呼吸を何度か繰り返した後、どうにか言葉を続けた。
「ち、千影さん、忙しそうだったから、余計な心配かけたくなくて、言わなかったの……、嘘吐いて、ご、ごめんなさ……、ん、んうっ!?」
強引に唇を塞がれ、あっという間に引きずり込まれた。
千影とは何度もキスをしているのに、味わったことのないすべてを飲み込まれてしまいそうな激しさに、気が遠くなる。
「あ……はぁっ、は……っ、う」
一瞬唇が離れた隙に、夕美は涙目になりながら呼吸をして酸素を取り込んだ。
「僕は夕美を怒っているわけじゃない。ただ……、ただ悲しいんだ。悲しくて悲しくてたまらなくて、だから君を」
言いながら起き上がった千影は、ベッドの淵に手を入れて、何かを取り出した。夕美も起き上がろうとしたのだが、当然のように彼の手に押し戻される。
「ごめんね。こうすることしかできない」
千影は夕美の両手を片手で掴み、今取り出したと思われる紐でその両手首を縛った。そして紐の先を、ベッドの柵に縛り付ける。
「え……、どうして? 私、逃げないからって――」
何がなんだかわからないうちに両腕を上げたままの格好にさせられた夕美は、千影を見上げて訴えた。
「僕の話を聞くことから逃げない、でしょ? だからこの後は夕美が逃げないようにしないと」
「え……え、やだ、何するの」
「大丈夫だよ。今は金曜日の夜か……。今から日曜日の夜まで、君とここで愛し合うだけだから」
「っ!」
「いつもより、少しだけしんどいかもしれないけど、我慢してね?」
悲しげに微笑んだ千影を見つめる夕美の頭の中では、未だミサ曲が繰り返されていた。
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