49 / 60
49 あなたがいた場所を誰にも触れさせたくなくて(3)
しおりを挟む夕美の足元に落ちた紙袋を見て、千影が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫? 疲れちゃったのかな。ほら、座ろう」
「……わかった、私」
汗を掻いている手を握りしめ、夕美はつぶやいた。
「私が……、千影さんのことを推していたのを知って、気持ちが悪くて、こんなことをしたんでしょう? 私に千影さんの不快をわからせるために、わざわざいろいろ用意して、それで……」
なぜ彼がこんなことをするのか。夕美は彼のことよりもまず、自分の行いを省みた。
千影は夕美の推し活動を目の当たりにしても、千影は受け入れてくれたように見えたが、本音はきっと違ったのだ。だから……。
続きを言おうとした時、千影の盛大なため息が届く。
「君は本当に僕のことを何もわかっていないんだね。……悲しいなぁ」
言い終わると同時に、千影が夕美の目の前に来た。彼は夕美のコートを脱がせてハンガーに掛け、鴨居に引っかける。そして夕美の手を優しく取り、おもむろにベッドへ向かう。
拒否することなど考えつかないほどに、夕美は混乱を極めており、彼のなすがままだった。
「僕を推している君に『気持ち悪いなんて思うどころか、嬉しすぎるよ』って、言ったじゃないか。覚えてないの?」
「……それは、本音じゃなくて、私に気を遣って……」
千影に連れられてベッドの前に来ると、彼が優しく夕美をそこへ座らせ、自分も隣に座った。
ベッドのシーツや布団カバーも夕美が使っていたものと同じに見えるが、これらは新品だ。わざわざ同じものを購入したのだろうか――。
そんな考えが夕美の思考を邪魔し、目線を泳がせることしかできない。
「僕は何も困らない、だからもっと推してって言ったじゃないか。僕があのときどれだけ嬉しかったか、話しただろう? そんな僕が、君の推し活を受け入れていないなんて、そんなわけがないんだよ」
悲しみの色を声に交えて彼が訴える。
「じゃ、じゃあどうして? どうしてこんなことをするの? あの男の人だって、千影さんが変装したり、私の後をついてきたってことなの? 全然、意味がわからな――」
「夕美が何も気づいてくれないから」
夕美の言葉を遮った千影は両手を膝の上で組み、うなだれた。
「……私が? 千影さんは、私に気づいてほしかったの……?」
夕美の問いかけに、千影はうなずいた。うなだれたままでいるので、彼の顔が見えない。
そしてそれきり、千影は何も言わなくなってしまった。
この状況に慣れてしまったのか、夕美の体は汗が引き、手足も温まってきたのがわかる。
少しだけ冷静になれた夕美は、すぐ隣にいる千影を思った。
夕美は彼のことが大好きだ。愛を誓った相手であり、結婚も控えている。彼のことは二年も推していて、そんな人と結ばれて、これ以上ないくらいの幸せを掴んだばかりだ。
千影を尊敬しているし、彼を愛している。
だから知りたい。まだわからない「なぜ」を。彼の行動に対して理解できる「理由」を。
「……千影さん、教えて。どうしてこの部屋を、こんなふうにしたの?」
だから夕美はひとつずつ慎重に、彼に尋ねることにした。
「……どうして?」
「うん、教えて。私が捨てたものを、どうしてまた戻したの? 千影さんがここを借りているの……?」
夕美の問いを聞いた彼は、ひとつ息を吸い込んだ後、ボソボソとひとりごとのように話し始めた。
「君が住んでいた大切な場所に、誰かが住むなんて許せなかったからだよ。君が使っていたものが売られて、誰かに使われるのも。どちらも絶対に許せない。……許せないんだ……!」
「っ!?」
千影は言い終わるやいなや、ガバッと体を起こして、こちらを向いた。
その口調から怒っているのかと思ったが、意に反して彼は笑顔だ。
「でもさ、これって『おあいこ』だよね? 夕美も僕の写真を隠し撮りしたり、僕の行動を逐一書き留めて楽しんでいた。いろいろなグッズまで手作りして、それと一緒にこのベッドで寝ていたんでしょ? 僕のことを想像して罪悪感に苛まれながらも、やめられなくて最後まで、さ」
「……っ」
実際に見られたわけではないのに悟られてしまい、夕美は羞恥で死にそうになりながら顔を背けた。
「恥ずかしがることはないよ。好きなら当然のことさ。僕だって君のことを大好きだから、ここまでしているんだ」
「きゃっ!」
突然、ベッドに押し倒された。そして千影は夕美の左手首を掴んで、ベッドに押しつける。
「いやっ、何を……!」
「大丈夫、痛いことも怖いこともしないから、安心して」
優しい声でそう言った千影は、枕元を片手で探る。
その数秒後、「カチャッ」という音とともに、夕美の左手首に冷たい金属の感触が訪れた。
「なっ、何!?」
驚いて体を起こそうとするも、千影が体に覆い被さっているので出来ない。
「ベゼルをサイズ変更した甲斐がある。うん、夕美の手首にピッタリだ」
満足げな彼の声が聞こえ、左手だけは解放された。夕美はすかさず、ずっしりと重たい何かが付けられた左手首を確認する。
「これは……時計?」
目の前に現われたのは、高級時計だった。
大きさからしてメンズものだが、手首のサイズは夕美がつけても違和感がない。彼が言った通り、ピッタリなのである。
「約束の腕時計だよ。もらってくれるよね?」
「約束……って?」
「長野の山で、僕を救ってくれた君と約束したじゃないか」
再び覆い被さってきた千影は、夕美の顔を懐かしげに見下ろした。
23
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる