上 下
41 / 61

41 あなたが望むなら

しおりを挟む

 二月も終わり、春がすぐそこまでやってくるという三月に入った休日。

 夕美はスマホを片手に、リビングのソファでくつろぐ彼に声をかけた。

「千影さん、あの……いい?」 

「ん? ああ、写真かな? どうぞ」

 手にしていた本から顔を上げた千影は、快く了承する。

「ありがとう! 私のことは気にせず、そのままで大丈夫だから!」

「はいはい。良かったらムービーもどうぞ~」

「いいの? 助かるっ!」

 クスクス笑っている千影に、夕美はスマホのカメラを向けた。


 千影に夕美の「推し活」がバレてから一週間。
 推し活を「素晴らしい趣味」だと言ってくれた千影は、「写真撮らないの?」とか、「今日の僕の行動予定はね――」などと、自ら積極的に協力してくれた。

 そんな彼の好意に乗っかって、今も思う存分、撮らせてもらっているのだ。

「ふう……。ありがとう、千影さん」

 撮影したものを確認しながら、夕美はお礼を言った。

「満足した?」

「大満足です」

 えへへ、と笑って返すと、千影がソファから立ち上がり、夕美の手を取る。

「じゃあ次は僕の番ね」

 千影に引っ張られて一緒にソファへ座った。同時に、彼が夕美の肩を抱いてくる。

「何をすればいいの?」

 推し活のお返し、といったところだろうが、どうすればいいのかわからずに質問した。

 千影はそんな夕美の顔を覗き込みながら、意味ありげに微笑む。

「いちゃいちゃするんだよ」

「え……、わっ」

 ソファに横になった千影が、自分の体の上に夕美を横たえさせる。あっという間に彼の腕に包まれた夕美は、セーター越しの彼の体温に顔をすり寄せた。

「夕美……」

「ん……?」

「結婚式の会場、どこがいいのか決まった?」

 夕美の髪を撫でながら、千影が問う。

 彼の言う通り、結婚に向けての準備が始まる。
 結婚式の日取りを決めてから籍を入れる予定なのだが、それにはまず式場を探さなければならない。

「本当に私が好きなところにしちゃっていいの? 千影さんの希望も聞きたいのに」

「僕は夕美と結婚できるなら、どこだっていいんだ。教会でも神前でも、国内でも海外でも、本当にどこでもいい。とにかく早く結婚したい」

 言い終わる前に、千影は夕美のことをぎゅぎゅーっと抱き締める。
 夕美は火照った顔を上げ、彼の顔を見つめた。

「……ありがとう。あの、雑誌で見た場所にいくつか候補があるから、一緒に見学に行ってくれる?」

「もちろんだよ。ああ、夕美の花嫁姿……楽しみだな」

「私だって! 千影さんの花婿姿なんて想像しただけで……のぼせちゃいそう……」

 はぁ、と千影の胸で甘いため息を吐く。

 千影の胸の振動で、彼が嬉しそうに笑ったのが伝わった。

「夕美はさ、こうやって僕のことを推してくれてるじゃない? でもそれだけで満足なの?」

「それだけってどういう意味? 千影さん公認で推させてもらえて、私は大満足なんだけど……」

「いや、僕とは違うんだなぁって」

「何が違うの?」

「……なんでもないよ。気にしないで」

 苦笑した千影は体を起こし、夕美を抱き上げる。そして彼の顔が間近に迫った。
 夕美も目を閉じると、唇が重なる。初めは軽いキスだったのに、それは徐々に熱を帯び、深いものへと変わっていった。

 お互いの息が上がってきた時、夕美はそっと顔を離す。

「お昼ごはんの準備しなきゃ……」

「お腹空いてるの?」

 まだ足りないという顔で千影が尋ねられ、夕美の胸がきゅんと疼いた。そんなふうに切ない表情をされたら、なんでも言うことを聞いてあげたくなってしまう。

「……少しだけ」

「じゃあ僕のこと食べて。僕も夕美のこと食べるから」

「っ!!」

 とんでもないセリフとともに優しく微笑まれ、夕美の心臓が止まりそうになる。

「ね?」

「……うん」

 小さくうなずいた夕美の両頬を、千影が両手で包んだ。そして、本当に食べられてしまうのではと心配になるほどの、激しいキスに飲み込まれる。

「ん……んん」

「……かわいい夕美。本当に食べちゃいたいくらいだ」

「千影、さん」

 見つめ合いながら、ソファに倒れ込んだ。
 彼の表情から穏やかさは消え、欲情のままに夕美に挑む男の顔になっている。

 お互いに体をまさぐりあいながら、もどかしくなったふたりは、下半身だけをあらわにして、つながった。

 冬の柔らかな日が差すリビングの中で、夕美はこのうえない幸福を味わう。
 涙ぐむ夕美に、千影も「幸せだよ」と快感に喘ぎながら言葉にしてくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

処理中です...