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41 あなたが望むなら
しおりを挟む二月も終わり、春がすぐそこまでやってくるという三月に入った休日。
夕美はスマホを片手に、リビングのソファでくつろぐ彼に声をかけた。
「千影さん、あの……いい?」
「ん? ああ、写真かな? どうぞ」
手にしていた本から顔を上げた千影は、快く了承する。
「ありがとう! 私のことは気にせず、そのままで大丈夫だから!」
「はいはい。良かったらムービーもどうぞ~」
「いいの? 助かるっ!」
クスクス笑っている千影に、夕美はスマホのカメラを向けた。
千影に夕美の「推し活」がバレてから一週間。
推し活を「素晴らしい趣味」だと言ってくれた千影は、「写真撮らないの?」とか、「今日の僕の行動予定はね――」などと、自ら積極的に協力してくれた。
そんな彼の好意に乗っかって、今も思う存分、撮らせてもらっているのだ。
「ふう……。ありがとう、千影さん」
撮影したものを確認しながら、夕美はお礼を言った。
「満足した?」
「大満足です」
えへへ、と笑って返すと、千影がソファから立ち上がり、夕美の手を取る。
「じゃあ次は僕の番ね」
千影に引っ張られて一緒にソファへ座った。同時に、彼が夕美の肩を抱いてくる。
「何をすればいいの?」
推し活のお返し、といったところだろうが、どうすればいいのかわからずに質問した。
千影はそんな夕美の顔を覗き込みながら、意味ありげに微笑む。
「いちゃいちゃするんだよ」
「え……、わっ」
ソファに横になった千影が、自分の体の上に夕美を横たえさせる。あっという間に彼の腕に包まれた夕美は、セーター越しの彼の体温に顔をすり寄せた。
「夕美……」
「ん……?」
「結婚式の会場、どこがいいのか決まった?」
夕美の髪を撫でながら、千影が問う。
彼の言う通り、結婚に向けての準備が始まる。
結婚式の日取りを決めてから籍を入れる予定なのだが、それにはまず式場を探さなければならない。
「本当に私が好きなところにしちゃっていいの? 千影さんの希望も聞きたいのに」
「僕は夕美と結婚できるなら、どこだっていいんだ。教会でも神前でも、国内でも海外でも、本当にどこでもいい。とにかく早く結婚したい」
言い終わる前に、千影は夕美のことをぎゅぎゅーっと抱き締める。
夕美は火照った顔を上げ、彼の顔を見つめた。
「……ありがとう。あの、雑誌で見た場所にいくつか候補があるから、一緒に見学に行ってくれる?」
「もちろんだよ。ああ、夕美の花嫁姿……楽しみだな」
「私だって! 千影さんの花婿姿なんて想像しただけで……のぼせちゃいそう……」
はぁ、と千影の胸で甘いため息を吐く。
千影の胸の振動で、彼が嬉しそうに笑ったのが伝わった。
「夕美はさ、こうやって僕のことを推してくれてるじゃない? でもそれだけで満足なの?」
「それだけってどういう意味? 千影さん公認で推させてもらえて、私は大満足なんだけど……」
「いや、僕とは違うんだなぁって」
「何が違うの?」
「……なんでもないよ。気にしないで」
苦笑した千影は体を起こし、夕美を抱き上げる。そして彼の顔が間近に迫った。
夕美も目を閉じると、唇が重なる。初めは軽いキスだったのに、それは徐々に熱を帯び、深いものへと変わっていった。
お互いの息が上がってきた時、夕美はそっと顔を離す。
「お昼ごはんの準備しなきゃ……」
「お腹空いてるの?」
まだ足りないという顔で千影が尋ねられ、夕美の胸がきゅんと疼いた。そんなふうに切ない表情をされたら、なんでも言うことを聞いてあげたくなってしまう。
「……少しだけ」
「じゃあ僕のこと食べて。僕も夕美のこと食べるから」
「っ!!」
とんでもないセリフとともに優しく微笑まれ、夕美の心臓が止まりそうになる。
「ね?」
「……うん」
小さくうなずいた夕美の両頬を、千影が両手で包んだ。そして、本当に食べられてしまうのではと心配になるほどの、激しいキスに飲み込まれる。
「ん……んん」
「……かわいい夕美。本当に食べちゃいたいくらいだ」
「千影、さん」
見つめ合いながら、ソファに倒れ込んだ。
彼の表情から穏やかさは消え、欲情のままに夕美に挑む男の顔になっている。
お互いに体をまさぐりあいながら、もどかしくなったふたりは、下半身だけをあらわにして、つながった。
冬の柔らかな日が差すリビングの中で、夕美はこのうえない幸福を味わう。
涙ぐむ夕美に、千影も「幸せだよ」と快感に喘ぎながら言葉にしてくれた。
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