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38 余計な誘いをなくすための方法

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 夕美はカジュアルなイタリアンダイニングの個室で、室井と向かい合っていた。

「夕美ちゃん……」

「は、はい……」

 神妙な声を出す室井に、夕美も緊張気味な声で返事をする。

「私ってエスパーかも……。いや、予言者? ていうか、すごくない!?」

 彼女は興奮気味に言いながら、グラスワインを掲げた。

「夕美ちゃんに社長のことを『狙い目なんじゃない?』って勧めた私、すごーっ! そしておめでとうっ!」

「あ、ありがとうございます……!」

 夕美もグラスを持ち上げ、室井と乾杯をした。


 ――千影と同棲を始めて明日で二週間になる。

 ようやく千影の家での生活に慣れてきた頃、「室井さんになら話してもいいよ」と、彼に言われたのだ。

 夕美の住所変更などの関係から、総務の一部にだけは千影が説明をした。
 結婚式の日取りが決定したあとに社内で報告する予定なので、情報が漏れないよう、個人情報の管理を徹底してほしいとの言葉も添える。

 だが、夕美と仲が良い先輩の室井だけには話しておいて、何かと協力してもらってはどうかと、千影が提案してくれたのだ。

 もちろん夕美は喜んでそれを受け入れた。室井には、千影とのことを一番に報告したいと思っていたからだ。

 そういうわけで、今夜は事情を話すために、この店に室井を誘ったのである。

 夕美に誘われた時点で何かを察していたのだろう。
 室井は夕美の告白を聞くや否や、神妙な顔をして「エスパー」発言をしたのだった。

「幸せになるんだよ? たとえ社長でも夕美ちゃんを泣かせたら、この私が許さないんだから。何かあったらすぐに言うのよ?」

「ありがとうございます……。そんなふうに室井さんに言われたら、嬉しくてなんか泣けちゃう……」

 真剣に心配してくれる先輩の言葉に、夕美は涙ぐんだ。

「私のかわいい後輩だもの。大切に思ってるんだから、ね?」

「はい」

 優しく微笑んだ室井に笑みを返し、ふたりでバーニャカウダを食べ始める。たっぷりの野菜と、にんにくの効いた温かいソースが美味しい。

 運ばれてきたチーズの盛り合わせや、金目鯛のカルパッチョを口にしていると、室井が独り言のように言った。

「実は私、こんなふうになる予感はしてたのよ」

「予感、ですか?」

「社長と夕美ちゃん。たとえば、この前の合コンだけど、よく考えたらその日に夕美ちゃんを社長が誘ったのって、合コンに行かせたくなかったからなのかなって。夕美ちゃんを誰にも盗られたくなかったんじゃない?」

「え……ええっ」

 夕美が驚くと、室井は「だってね?」と眉根を寄せた。

「タイミングが良すぎるのよ。社長がどうして合コンがあることを知っていたのかはわからないけど、知り合いの都合をつけてきて、メンバーにしたじゃない? それって私が夕美ちゃんを合コンに誘ったところを目撃した社長が、先回りしたとしか思えないのよ」

「そ、そんなことありますかね……?」

「なきにしもあらずよ」

 室井はカルパッチョ美味しい! と目を輝かせてから、再び話に戻った。

「思い返してみれば、夕美ちゃんたちが新人で入った時、社長から口を酸っぱくして言われたのが『新人を無理に飲み会に誘わないこと。プライベートで合コンなども誘わないこと』だったのよね」

「ええ、それは私たちも聞いています」

「それがさ、今年度の新人に向けては、そのお達しはなかったのよ。だから私、もういいのかと思って夕美ちゃんを誘ったっていうのもあるのよね……」

「今年度から方針を変えたんでしょうか」

 夕美はワインを飲み、室井に尋ねる。

「というよりも、夕美ちゃんが毒牙にかからないように注意喚起したんじゃないの~? って、それは私の妄想に過ぎないかもだけどね」

 ふふふと、室井が意味深に笑ったところで、蟹のパスタが運ばれる。
 濃厚な蟹の風味とクリーミーさが相まって、思わず笑みがこぼれるほどに美味しかった。

 ワインをお代わりした時、室井が「そういえば」と言って、パスタを巻く手を止めた。

「今思い出したけど、夕美ちゃんに仕事を教えるのって、最初は私じゃなかったのよ」

「そうなんですか?」

「私と同期の生島(いくしま)くん、いるじゃない? 彼が夕美ちゃん担当だったんだけど、急に私に変わったのよ。神原社長、直々に指名されたから覚えてる」

「その話は初めて聞きました。私には最初から室井さんがついてくれたから……」

「まぁこれは、女性同士のほうがトラブルもないだろうという社長の配慮だと思うけどね。夕美ちゃんと社長がこうなった今、そういえばって勝手に考えちゃっただけだから、気にしないで」

 ニコッと笑った室井はパスタを食べ、続ける。

「何にしても、社長が私を信頼して、夕美ちゃんとのことを報告していいと言ってくれたんだもの。心から嬉しいし、黙っているのが大変だったら、私に何でもぶつけていいからね。もちろん誰にも話さないから」

「ありがとうございます。私、一番に室井さんに伝えたかったから、そう言ってもらえて本当に嬉しいです……!」

「こちらこそ、ありがとう……! カンパーイ!」 

「かんぱいっ!」

 もう一度グラスを合わせて乾杯し、その後も話は尽きることなく、食事を楽しんだ。

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