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37 愛の巣へようこそ(2)
しおりを挟むダイニングテーブルに並んだ料理を見て、夕美は思わず手を叩いてしまう。
「わぁ、美味しそう~!」
「よし、乾杯しよう。これからのふたりに」
「うん!」
グラスにビールを注ぎ、乾杯をしたその瞬間、みるみるうちに夕美の胸に熱いこみ上げてきて、気づけば声を上げていた。
「あのっ、千影さん!」
「ん? どうした?」
ビールを飲もうとした手を止めて、彼がこちらを見る。
「これから、どうぞよろしくお願いします。私、千影さんにがっかりされないように頑張りますので……!」
夕美は真剣な声で、心からの思いを彼に告げた。
ずっと尊敬していて、何もかも大好きで、遠くから見つめていた彼と、これからは毎日同じ空間で過ごす。
それはこのうえない幸せであると同時に、つまずくことだってたくさんあるだろう。
けれど、どんなときも彼と一緒にいたいという覚悟を持って、ここに来たのだ。相手に望むよりまず、自分が相手に寄り添えるように頑張りたかった。
「それは僕のセリフだよ。夕美が出て行きたくならないように、僕も頑張りますので、よろしくお願いします」
グラスを置いた千影が、その場で頭を下げた。
彼も夕美を迎えるにあたって、きっと覚悟をしているはずだ。そう思ったら、じんとして泣きそうになる。
「さ、食べようよ。好きなの取ってね。お寿司は僕からの引越祝い。泣いてたら、その間に僕が全部食べちゃうからね?」
頭を上げた千影が、明るい声で夕美を誘う。
「ありがとう。私、幸せだな……」
夕美は涙を手で押さえて、笑顔を見せた。
「僕も幸せだよ」
目を細めた千影と改めて乾杯し、ビールをひとくち飲んだ。
湯気が立つおでんから、丸くて分厚い大根を取り出す。おでんのつゆも入れて、大根に箸を入れると、ほろりと崩れた。
「お、美味しい~! 大根、しみっしみだぁ……!」
とろとろの大根を食べると同時に、ほわ~っと笑顔になってしまう。おでんのつゆも絶妙な味付けで、最高に美味しい。
「うん、うまくできたな。美味しそうに食べてくれて僕も嬉しいよ」
「お正月のときも思ったけど、千影さんって料理も上手だし、部屋は綺麗だし、なんでもできちゃうのね」
「ひとり暮らしが長いからなぁ。料理も家事もやらざるを得なかったからね。夕美が美味しそうに食べてくれるから、料理は前よりずっと好きになった」
「私も、千影さんにたくさん作って食べさせてあげたい……」
家族で過ごすことが希薄だった千影に、少しでも喜んでもらえたらと思うから。
「ありがとう。夕美の料理は本当に美味しかったよ。僕なんかよりずっと上手だったしね」
千影は笑いながら、美味しそうにおでんを食べ、もぐもぐと口を動かした。
もうすぐ結婚する関係なのに、未だに彼の仕草をうっとりと見つめてしまうことがある。
(ビジュがいいだけじゃなくて、何から何まで私の好みすぎる……。こんなに素敵な人と一緒に住めるなんて、幸せすぎない?)
そう思いながら、夕美はおでんの卵も口に入れて味わった。
「ねぇ、夕美」
「なぁに?」
「夕美の家電って、オーブントースターだけでいいんだっけ? 他にはなかったよね?」
「うん、オーブントースターだけよ。他の家電と、必要なくなった家具は、千影さんが手配してくれたリサイクル業者さんにお願いしたから」
千影のマンションには何でも揃っているので、夕美の家電を処分することにした。しかし、すべて粗大ゴミに出せるわけでもなく、また業者に頼んでもお金がかかる場合がある。
どうしようかと悩んでいた夕美に、千影が知り合いのリサイクル業者を紹介してくれたのだ。
「それも、いいお値段で引き取ってもらえたから、かえって得しちゃって申し訳ないくらい。本当にありがとうございました」
その場でぺこりと頭を下げる。
「こちらこそ、お役に立てて良かったよ。それよりもさ、引き取ってもらったベッドとか、恋しくなったら、まだ間に合うみたいだから言ってね?」
彼のほうを見ると、からかうような表情をしている。
「恋しいって言われたら、ちょっとだけ恋しいけど……、でも千影さんと同じベッドで寝たいんだもん」
子ども扱いされているように感じて拗ねてみせると、千影が目を丸くした後、脱力した。
「意地悪で言ったつもりだったけど、参った……。ダメだ、かわいすぎるよ夕美は……」
「も、もう……。かわいいって言ってくれるのは嬉しいけど、意地悪は言わないでね?」
頬を熱くしながら訴えるが、千影は首を横に振った。
「ベッドの中では言いたくなるかも。それは許してほしいなー」
「っ!」
なんと返事をしたらいいかわからず、夕美は顔を火照らせたまま、ビールを飲んだ。
お腹いっぱい食べて、お酒を飲んで、お風呂にゆっくり浸かって疲れをほぐす。
夕美が疲れているだろうからと、千影はベッドの上でマッサージまでしてくれた。もうその時点で、ここのところの不安な気持ちは嘘のように消え去っている。
その後はただただ、いちゃいちゃして、甘やかされて、彼の腕の中で幸せな眠りについたのだった。
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