最推しと結婚できました!

葉嶋ナノハ

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34 あしあとを探しても

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 風呂から上がった夕美は、千影がいる居間に戻った。

「千影さん、お風呂どうぞ。あー、お父さんつぶれてる。ごめんね、話が長かったでしょう」

 母が掛けたらしい毛布にくるまり、父はすやすやと眠っている。

「全然、そんなことないよ。奥寺さん……お義父さんと話すのは、以前から楽しくて大好きだから」

「ありがとう、千影さん」

 お義父さんと言い直した千影に、夕美は嬉しくなる。

 彼を風呂場に案内し、使い方を教えて、その場を後にした。

 さすがにひとけのないロッジは寒いだろうからと、ドライヤーで髪を乾かしてから、向かうことにする。

 父はまだ眠っていて、母はその隣でテレビを見ているようだ。
 大ごとにはしたくなかったので、夕美はこっそりと廊下を進んでいき、静かに二重になっているドアを開けた。

 ひとけもなく、暗いロッジのロビーに入る。
 
「ううっ、こっちはめちゃくちゃ寒い~。足元のヒーターだけつけちゃお」

 冷気に襲われた夕美は急いでロッジの受付に行き、そこの明かりとヒーターをつけた。普段は薪ストーブを炊いているので建物全体が温かいのだ。

「ダウン着てきて良かった。ええと……、名簿はこれかな?」

 受付の後ろにある棚を開け、三十冊ほどある名簿の中から、七年前のものを取り出す。

(八月、八月……、あった)

 電話予約とネット予約に別れた客の名前が羅列している。
 ひとりで宿泊する男性客をチェックしてみると、そのような客は数え切れないほどいた。
 それもそうだと、今さらな気づきに夕美はため息を吐く。
 登山やハイキングにソロで来ている男性というのは、現在でもたくさんいるのだから。

(やっぱり名前がわからないんだから、こんなことしても意味ないか……)

 それに、命を絶ちに来る人間が本名や住所を正直に書くだろうか。
 いや、最初からそのつもりなら、宿泊を予約などしないだろう。

(……わからない。でも当時の彼の姿は印象的だった。ジャケットの下は、山に来るような格好に見えなかったもの。混乱した気持ちを落ち着かせるためにロッジへ宿泊する予定が、急に気が変わったとか……?)

 本人に確かめるしかないことを、やみくもに考えるのは、それこそ意味がないだろう。

(一応、七年前の八月の名簿だけ撮らせてもらおう)

 夕美はスマホを取り出し、数ページに渡る名簿を写真に収めた。個人情報なので絶対に漏らさないように気を付けると誓いながら。

「待って、もしかしたら次の年も、同じ時期に来てるかも……」

 なんとなく思いついた夕美は名簿を棚に戻し、翌年の名簿を手にした。そして八月のページをめくって写真を撮ろうとしたところで、見覚えのある名前に心臓がドキリとする。

(千影さん!? こんなに前から来ていたの!?)

 彼の名前を見つけて胸が震えた。

 神原千影と書かれた場所の日付は、今から六年前の八月。男性の出来事からちょうど一年後である。
 そのまま名簿をめくっていくと、結構な頻度で千影の名前を見つけることができた。次の年の名簿も同様だ。

(え、ええ~! こんなに来てくれているのに、どうして会えなかったんだろう? って、千影さんが言っていた通り、オフシーズンに来てるからなのね。混雑しているのは、六年前の八月だけ……)

 押しの名前を見つけて興奮している夕美には、物音が聞こえていなかった。

「夕美、何してるの?」

「ひっ!」

 声を掛けられて、思わず名簿を落としてしまう。
 顔を上げると、薄暗がりの中からこちらを見ていた千影と目が合った。

「あっ、びっ、びっくりした……! お風呂上がったのね」

「ここ、すごく寒いじゃないか。湯冷めしちゃうよ、夕美」

 言いながら、千影がこちらへ向かってくる。彼はパジャマに上着を羽織り、首にタオルをかけていた。風呂上がりにそのままこちらへ来たようだ。

「うっ、うん、あの……、千影さんが最初に来たのはいつなのかなぁ、なんて気になっちゃって」

 夕美はそそくさと名簿を閉じながら、答える。

「なんだ、そんなことか。僕に直接聞けばいいのに」

 クスッと笑った千影が、夕美のすぐそばに来て立ち止まった。

「僕が初めてここへ来たのは、七年前の夏だよ」

「え……?」

 微笑んだ彼の言葉に、夕美は絶句した。

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