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29 そばにいたいから(1)
しおりを挟む「千影さん? 急にごめんなさい。直接お話したくて」
仕事を終えて帰宅した夕美は千影にメッセージを送り、彼の了承を得てから通話に切り替えた。
『いや、大丈夫だよ。どうした?』
彼の穏やかな声を聞くだけで、心が満たされる。冷えていた体までポカポカしてくるから不思議だ。
「うちの実家に行く日なんだけど、二月初旬はどうかなって。オフシーズンに入るから、金土日の三日間を休みにするらしいの」
結婚について正式に挨拶がしたいと千影に言われていたので、両親に予定を聞いていたのだ。ふたりとも、夕美と千影が一緒に訪れるのを喜んでくれた。
『僕も君も、その頃にはいったん仕事は落ち着くんじゃないかな。ぜひ伺わせてほしいって伝えてくれる?』
「良かった! じゃあ伝えておくね」
『すぐにでも挨拶はしたいけど、ご両親の貴重なお休みに僕が伺っても大丈夫かな。かといって宿泊客がいるときだと、落ち着いて話はできないか……』
千影が不安げな声を出した。
こういう謙虚なところは、以前から変わらない。夕美が尊敬する彼の長所だ。
「両親も千影さんに会いたがってるんだもの。もちろん大丈夫よ。私よりも千影さんに会えるほうが嬉しいんじゃない?」
『あははっ、絶対にそんなことないよ。ご両親にとっては娘が一番に決まってるじゃないか。でも嬉しいな。楽しみだね』
「うん。すごく楽しみ」
明日の仕事に差し支えそうなので、その後はおやすみの挨拶をして通話を終えた。
夕美はスマホを両手で握りしめながら、大きなため息を吐く。
「千影さん、好き……。ずっと一緒にいたい。ずっと声を聞いていたい……。早く一緒に住みたい……」
千影が誘ってくれた同棲を実現させるべく、一刻も早く彼のもとへ引っ越したいのだが、年明けからの仕事に忙殺されている夕美は、引っ越し業者に見積もりを取ってもらうことすら出来ずにいた。
「忙しすぎて推し活手帳も書けてないし、新作の社長ぬいも作れなくてストレス発散もできないのよね。……あ、お風呂」
夕美はスマホをテーブルに置いて立ち上がり、お風呂場に向かった。
アパートの給湯設備は古めなので、「お風呂が沸きました♪」とお知らせしてくれる機能が付いていないため、自分で止めるのだ。
「うん、ちょうどいい感じ。このまま入っちゃおう」
お気に入りの入浴剤を脱衣所の棚から取り出し、夕美は服を脱いだ。
脱衣所は寒く、急いで風呂場に入る。シャワーを浴びて、足先を湯船に入れた。
「あー、気持ちいい……。生き返る~……」
心地よい熱さに身を浸し、一日の疲れを解放する。
そもそもこんなに忙しいのは、夕美が担当していたT社と取引がなくなり、新規のプロジェクトに関わるチームに配属されたからだ。
今回はひとりで担当ではなく、先輩らとチームを組んでいるのだが、相手の規模が大きいこともあり、やることの多さがT社の比ではなかった。
「とはいえ、これも社長のため。イコール千影さんの幸せのためなんだから、頑張らないとね」
新しい仕事は大変だが、やりがいがあり、楽しくもあった。もちろん自分自身のためにもなる。
夕美だけではなく、千影も社長として忙しく、休日も動いていた。
社内で会えた時は目配せをするくらいで、後でスマホのやり取りをするだけ。なかなかゆっくり会えず、寂しく感じることが多かった。
「年末年始は幸せだったな。……って、何を贅沢なことを言ってるのよ……!」
少し前までは考えられなかった、千影との距離。
千影に食事に誘われ、お見合いをし、プロポーズをされて、結婚の約束までした。彼に体ごと愛されて、そのうえ結婚までの間は同棲をすることになった。
「こんなにも幸せなのに、少し会えないくらいで不満を持たないの」
今さっきも彼の声を聞いたばかりだ。明日会社に行けば、彼の姿も見ることができる。挨拶だって交わせる。
そう言い聞かせるのに、千影との甘い数日間が夕美のすべてに染みこんでいて、もう一度味わいたいと心と体が要求してくるのだった。
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