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26 夢が叶うとき(2)

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「千影さん……? どうしたの?」

「あ、ああ、なんでもない。嬉しすぎて……、情けないな」

 顔を逸らした千影は、手の甲で目元を拭った。やはり泣いていたのだろう。

 そんな彼の姿に心臓が掴まれたように痛くなり、感動が押し寄せた。

 夕美とつながれて、泣くほど嬉しかったのだろうか。そんな幸せがあっていいのだろうか……。

「私も嬉しい……」

「まだ痛む?」

「少しだけ。でもいいの。今夜は千影さんの好きにして」

 旅行の時も、今日も、夕美ばかりが気持ち良くなっているのだ。この後はただ、彼に感じてほしかった。初心者の夕美は、この行為についていくだけで精一杯なのだから。

 わかった、とうなずいた千影が、グッと夕美の奥まで推し進め、そしてゆっくり動かし始めた。

「ち、かげさ……っ、あっ、あ」

「夕美、夕美……!」

 夕美を呼び続ける千影の動きが次第に激しくなっていく。先ほどとは違う彼の熱を目の当たりにして、夕美の痛みは薄れ、再び快感が舞い戻ってきた。
 大好きな人に抱かれる幸せを、夕美の心と体が貪ろうとしている。

 千影の思うままに体を揺すぶられ続け、彼にしがみつきながら必死についていくさなか、それは訪れた。

「ダメだ、もう……、夕美……っ」

 夕美の耳元に、千影の苦しそうな声が届く。腰を打ち付けながら、彼が夕美の頬にキスをした。

「愛してるよ、夕美。……本当なんだ、本当に」

 すがりつくような彼の声に、夕美の何かが呼び起こされた。
 何があっても、どんなことが起きても、彼と一緒にいたい――。
 そんな思いを胸に、千影の言葉に応えるために唇をひらいた。

「私も……、千影さん、愛してる――」

 高まる興奮が堰を切ったかのように、夕美の言葉が千影の唇に飲み込まれる。そしてそのまま、彼はすべてを皮膜越しの夕美のナカへ放った。


 腕枕をされながら、幸せな気持ちでまどろむ。
 もう年は明けたのだろうか。ずいぶん時間が経った気がするが、わからない。

「夢のようだよ。幸せだな……」

 千影の心臓の音を聞いている夕美の耳に、彼の声が届いた。

「私も、夢みたい。憧れていた千影さんとこんなふうになれて。まだ……本当に、信じられない」

「ねえ、夕美。本当にもう、一緒に住まないか?」

 髪を撫でながら問いかける千影の言葉に、夕美は目を丸くする。
 指輪のことで「一緒に住めば――」と言われたが、まさか本気だとは思っていなかったのだ。

「この寝室と書斎の他に、ひとつ部屋が空いてるんだよ。夕美はそこに住めばいい。なんの心配もいらない」

「で、でも……」

「僕は今すぐ結婚したいけど、そうなると準備に時間を要する。でも、そんなの待ってられないよ。ずっとこうして一緒にいたいんだ。できればもう、このまま帰したくない……!」

 千影は腕枕をしているほうとは逆の腕で、夕美を自分に引き寄せた。彼の肌の匂いと熱が夕美を体ごと包む。
 嬉しくてたまらない提案だが、夕美はひとつ息を吸って不安に思うことを口にした。

「私がいても邪魔にならない? 私がいることで、お仕事に集中できなくなるのだけはイヤなの」

 千影は常に忙しい身だ。
 彼のことを注意深く見ていた夕美にはよくわかっている。そして彼が自分の会社と仕事に誇りを持ち、何よりも大切にしていることも。
 だからこそ、自分の存在が妨げになるようなことだけはしたくなかった。

 すると、千影が驚いた顔をしてすぐに否定した。

「そんなことあるわけないじゃないか。君がそばにいてくれるだけでモチベーションが上がる。夕美とふたりで会うようになってからの僕は、今まで以上に仕事に邁進しているんだよ」

「千影さん……」

「僕も夕美の邪魔はしない。君の趣味にも口出しをすることはないから、安心して過ごしてほしい」

 趣味、というキーワードにドキーンと夕美の心臓が飛び跳ねる。「神原社長を推す」趣味を諦めたくはなかったので、それはありがたいのだが、同じ居住空間にいてバレないだろうか。
 ……と、そこまで思った夕美は、心の中で首を横に振った。

 そんなことは取るに足らない小さな問題だ。
 千影と一緒にいられる幸せが一番だし、彼が望むなら、それを叶えてあげたい。千影の幸せが夕美の幸せなのだから。

 夕美は彼の胸に顔を押しつけた。

「まだ何か不安があるの?」

「ううん。あれこれ考えるのをやめようと思っただけ。私は千影さんと結婚を決めたんだもの。一緒にいたいのは私も同じだから、その気持ちを優先させたい」

「じゃあ……」

「うん、よろしくお願いします」

「ありがとう、夕美! 大切にするよ、君のこと。うんと大切にする……!」

 歓喜の声を上げた千影は、強い力で夕美を抱きしめ、何度も「ありがとう」を言っては、夕美にキスを降らし続けた。
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