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22 一緒に年越し
しおりを挟む「あー忙しい、忙しい。忙しいけど、楽しみだ~!」
部屋の大掃除と片付けを済ませた夕美は、荷物をまとめながらひとりニヤけていた。同時に「はぁ~……」と、嬉しいため息を何度も吐く。
明日の大晦日から年が明けた二日まで、千影の部屋で過ごすことになっているからだ。想像するだけで顔の筋肉が緩んでしまう。
「千影さんの普段見れない姿を旅行で満喫したけど、彼の日常を見るのも初めてだから楽しみすぎる……!」
いつもなら実家に帰るための荷造りだが、千影の家に行くとなれば準備するものが違う。実家にいる時のように適当な格好でいるわけにはいかないのだ。
スキンケアグッズとコスメを厳選し、ヘアアイロンを持ち、パジャマと下着と着替えは購入したばかりのものを揃えた。
「ネイルは昨日してもらったし、あとは……」
チラとテーブルの上に視線をやる。
そこには「神原社長」のアクキーとアクスタ、缶バッチ、ぬいが三つ、惜しうちわ、最近ハンドメイドしたばかりの「神原社長フレークシール」が並んでいた。我ながらすべて良い出来であると、見るたびに思う。
「本当は君たちも連れて行きたかったんだけど、さすがにバレちゃうからね。写真バージョンじゃないデフォルメバージョンでも、ヘアスタイルと服装を見れば千影さん本人には気づかれるだろうから」
わからなかったとしても「それ、何のキャラクター?」などと推し本人に聞かれて、夕美が冷静さを保てるとは思えない。
もちろん大事な推し活手帳も置いていく。
夕美はそばにあったスマホを手にして、旅行の思い出に浸り始めた。
「ふたりで撮った写真も動画も、こっそり撮った千影さんの写真も、最高~!」
楽しそうに寄り添うふたりの写真。夕美が隠し撮りした千影の後ろ姿が数枚。どれも大好きな推しの姿である。
そして思い出すのは、ペリーロードを観光中にコンデジで夕美を撮った、彼の言葉だ。
――おあいこだよ。……なんてね。
「千影さんのあのセリフ。私が隠し撮りをしたことに気づいてたのかな。でもそれ以上何も言わなかったし、引いてもなかった。ということはバレてたとしても、変に思われなかったということで、いいのよね?」
夕美の行動は普通に写真を撮っただけで、怪しいものには見えなかったのだろう。
とはいえ、気を付けなければと自分に念を押す。
千影と恋人同士になった今も、「推し活」を知られないようにしたい。これからも陰からこっそり推し続けるために。
翌日、迎えに来てくれた千影の車で、彼のマンションに着いた。意外にも、夕美の家から二駅しかない場所だったことに驚く。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
千影に促されて玄関から廊下に上がった。
そのままバスルーム手前に案内される。洗面所のシンクはふたつあり、目の前に大きなミラーキャビネットが備え付けられていた。
どこもかしこも美しくて、めまいが起きそうになりながら手を洗う夕美だったが、リビングに通されて今度は言葉を失う。
その景観と部屋の素晴らしさに圧倒されたのだ。
ここはマンションの十五階に位置する部屋。リビングの大きな窓の向こうは上手い具合に高い建物で遮られることなく、東京の街が見渡せる。
リビングの床は淡いグレーのモルタル調で、壁や収納扉は白で統一されていた。丸テーブルと椅子はシンプルな木製、ソファは床と同じグレーだが脚はテーブルと同じ色味の木製だ。
落ち着いているのに明るさもある、とにかく夕美の好み全開の部屋だった。
「素敵……! 素敵、素敵、素敵……!」
夕美の感情とともに感嘆の言葉があふれ出す。
「私、今は和室だからシンプルにしていて、それも気に入ってるんだけど、もし洋室に引っ越したらこんなふうにしたいって夢見てたの。理想のお部屋が目の前に現われたみたい……!」
リビングを見回しながら早口でしゃべる夕美に、千影が「落ち着いて」と笑った。
「あ、ごめんなさい、興奮しちゃって」
「いや、嬉しいよ。僕もここの内装は気に入ってるんだ」
クスクス笑っている千影と、リビングの窓際に移動した。冷え込みは厳しくなっているが冬晴れは続いており、今日も空が青い。
「私が住んでいる場所が見えるかも」
見晴らしが良い眺めに夕美が呟くと、隣にいる千影がうなずいた。
「ああ、見えるかもね。駅はあっちのほうだから……、そこからどう行くの?」
「ええと、あっちかな? ……あの、千影さん。良かったら今度、うちにも遊びに来てくれる? 千影さんのお部屋みたいに素敵なところじゃないけど、お気に入りの部屋なの」
驚いた顔をした千影の動きが一瞬止まり、そしてすぐに破顔した。
「ぜひ! すぐにでも行きたいよ、嬉しいな」
喜ぶ千影にきゅっと抱きしめられる。軽いキスを交わし、微笑み合った。
「指輪、着けてきてくれたんだね」
夕美の左手を取った千影は、その薬指を指輪ごとゆっくりと撫でる。
「誰もいない家に置いておくのがちょっと怖くて、着けてきちゃった。お料理するときは外すね」
「着けてくれるのは嬉しいけど、夕美を心配させていると思うと、それはイヤだな……」
彼が難しい顔をして、夕美の頬に手を当てた。
「ねえ、夕美。自分の部屋に指輪を置いておくのが怖いなら、ここで一緒に住まない?」
「え……ええっ!?」
「僕のところなら安心じゃない?」
驚く夕美の頬を両手で包みながら、千影がニコッと笑った
「なんて、急すぎる話か。とりあえずあったかいお茶でも飲もう。そこに座ってちょっと待ってて」
丸テーブルに促されて椅子に座っていると、千影がお茶を淹れた湯飲みを差し出した。いただきますをして、お互いお茶に口を付ける。
煎茶の良い香りとちょうどいい温かさにホッとする夕美の手に、千影の手が重なった。
「今夜は夕美のこと、最後まで抱きたいんだ。……いい?」
「……うん。そのつもりで来たから」
恥ずかしくなって湯飲みに目を落とす。
旅行の時、あのまま抱かれてもおかしくない状況だったが、夕美だけ達して眠りに落ちたのだ。だから今夜は、千影も満足できるように、最後までしたいと思っていた。
「ありがとう。じゃあ、夕飯食べてゆっくりして……カウントダウンの前に一緒に風呂に入ろう」
「おっ、お風呂……!?」
彼の提案に驚き、勢いよく顔を上げる。
「楽しみだなぁ。夕美のこと洗ってあげるね。すみずみまで丁寧に全部」
「ええっ」
「だから僕のことも洗ってね」
「う、うん……頑張る」
さらに恥ずかしくなってあたふたしている夕美を見て、千影は心から楽しそうに笑っていた。
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