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5 誕生日プレゼント(2)

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 社長に誘われてしまった。

 その理由は、夕美が選んだ「腕時計」にあるとはわかっているが、嬉しさのあまり気絶しそうになる。

「はっ、はい、ぜひ……! あっ」

 喜びに震える手を握りしめて了承しようとしたその時、今夜の予定が頭をよぎった。

 室井と約束した合コンがあるではないか。

 今の今までそのことで気が重くなっていたというのに、神原と対話した瞬間、全てがふっ飛んでしまった。

「先約があったかな?」

 夕美の様子を見て、神原が問う。

 推しがどうのというのは横に置いても、いち社員として社長の誘いを断るのはかなりの勇気がいる。

 だが、先輩と先に約束しているのだ。
 社長には正直に話して、別の日にまた機会をいただけるか聞いてみるしかないだろう。

「社長、申し訳ありません。今夜は私――」

「夕美ちゃん、大丈夫よ。社長とお話してきて」

 夕美の返事を遮ったのは室井だった。

「室井さん……!?」

「社長直々のお願いだもの。こっちは気にせず優先して。ね?」

 驚く夕美に向けて、室井が微笑む。

「でも……いいんですか?」

 声を落として確認すると、室井は深くうなずき、神原に視線を移した。

「腕時計について、ぜひ奥寺さんとお話してきてください。私も彼女に聞くまで知らなかったブランドなんです。興味深い話を教えてくれると思います」

「そうだね。室井さん、ありがとう」

 神原は室井に微笑み、そして夕美の顔を見た。目が合ったとたん、夕美の胸がきゅんっと痛む。

「ということで奥寺さん。無理にとは言わないが、できればお願いしたいんだ」

 申し訳なさそうに眉を下げた神原の表情に、またも胸がきゅーっと締め付けられた。

「行きます! よろしくお願いします!」

 前のめりに返事をした夕美に、神原はようやく安堵の笑みを見せる。

「ありがとう。じゃあ、六時に一階のロビーで」

 そう言って、神原はその場を去った。



「夕美ちゃん、頑張ってね」

 夢うつつな気持ちでいた夕美は、室井の言葉にハッとする。

「室井さん、すみません」

「なんで夕美ちゃんが謝るのよ。あっ、もしかして合コン楽しみにしてたのかな? それならまた計画するから――」 

「いえ、その……、正直に言うと乗り気じゃありませんでした。ごめんなさい!」

「あははっ、いいのよ! でもそっか……、これは私が悪いわね」

 うん、と真面目な顔でうなずいた室井は「あっちで話そう」と、仕切りのあるブースに夕美を誘った。

 オフィスは開放的だが、至る所にこのようなブースがあり、ちょっとした会議や打ち合わせができるようになっている。

 室井はいくつか並ぶハイテーブルの前で立ち止まり、夕美に向き合った。他には誰もいない。

「謝らなきゃいけないのは私のほうだったわ。夕美ちゃん、彼氏がいないって言ってたから合コンに誘っちゃったんだけど、先輩の誘いは断れないよね。こちらこそごめんなさい」

 頭を下げた室井が謝る。

「はっきり言わなかった私が悪いんですから、頭を上げてください、室井さん」

 焦った夕美の声を聞いて、室井が笑顔を見せた。

「今度、合コンとかなしで普通にごはん食べにいこ! 美味しそうなところを見つけたの。きっと夕美ちゃんも気に入ると思うから」

「はい、ぜひ!」

 笑い合ったふたりの間に和やかな雰囲気が流れ、この話題は終わりかと思われたその時、室井が声を落として話を続ける。

「人数のことは本当に気にしないでね。実は、なぜか社長が合コンのことを知ってて、私に話しかけてきたの。それで急遽、社長の知り合いの独身経営者が、何人か合コンに参加することになってね」

「えっ」

「その話をそばで聞いていた女性社員たちが、急に目の色を変えちゃって、参加することになったの。だから夕美ちゃんが参加できなくても、人数は大丈夫になったから、本当に気にしないで」

 プレゼントの腕時計は夕美が選んだと、神原に伝えた後のことだという。

「それで社長が、時計の話を夕美ちゃんにすぐ聞きたい、夕美ちゃんが合コンに参加しなくても大丈夫なら仕事の後でどうかって、私に確認してきたから、本人が良ければ大丈夫ですと答えておいたの」

 それにしても誰が合コンのことを社長に教えたのかしらね? と室井が首をひねる。

「で、私は夕美ちゃんが帰ってきたのを見かけたから、その件で声を掛けようとしたら、社長が先に夕美ちゃんと話し始めてたってわけ」

 ふむふむと室井の話を聞きつつも、夕美はこの後のことで頭がいっぱいだった。

 合コンのためにキレイめコーデの服装をしてきたものの、失礼はないだろうか。
 そもそも、どこで話をするのだろう。まさか一緒に食事をしながら……!?

 頭の中をぐるぐると巡る思考のせいでのぼせそうになっているところに、室井が追い打ちをかける。

「神原社長は真面目だから危険はないだろうし、きっと有意義な時間が過ごせるはず。……っていうか、社長ってあれだけモテるわりになんの噂もないのよね。これは夕美ちゃん、合コンよりチャンスかもよ~?」

「んなっ、はっ、はあああ!? 先輩といえどもですね、社長に大変失礼になる言動は良くないと思いますっ! わ、私なんぞが、そんなっ!」

 何度も噛みそうになりながら室井に抗議をする。顔と頭が沸騰しそうなくらいに熱くなっていた。

 神原社長は夕美の推しであり、崇高な存在であり、彼が幸せになることが夕美の幸せでもあるのだ。

 その社長に対して、いち社員の、それもまだぺーぺーの存在でしかない自分が、チャンスなどと……!?!?
 
「ごめんごめん、冗談よ。夕美ちゃんは社長のこと尊敬してるもんね。でも、夕美ちゃん可愛いくて本当にいい子なんだから、卑下しちゃダメよ。とにかく今夜は気負わずに楽しんできてね」

 夕美の肩を優しく叩いた室井とともに、ブースを出た。
 そして夕美は自分のデスクに着き、ひと息つく。そして深呼吸をした。

 まずは仕事を終わらせなければならない。……ならないのだが。

(頭の中は社長のことでいっぱいだし、緊張で体が上手く動かない……)

 神原社長とは社内で挨拶をしたり、社外での集まりなどで会話をしたことはあるが、ふたりきりで話をするのは初めてだ。

(ん? ちょっと待って。社長は腕時計のブランドについて詳しく聞きたいと言っただけ。きっと事業に関係のあることなんだから、他にも社員の人が来るかもしれない。とにかく、ふたりきりじゃないにしても失礼のないようにしないと)

 夕美はどうにか気持ちを落ち着け、作業に集中して仕事を進めた。

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