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1巻
1-2
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お互いに苦笑して、またビールを飲んだ。
この人、話しやすい。お酒のせいもあるのだろうが、初対面の人に戸惑いもせずすらすら言葉が出てくる自分に驚く。どうせもう二度と会うことはないだろうという安心感からかもしれない。
「彼女とは、どれくらい付き合ったんですかー」
酔いが回ってきた私たちは、くだけた調子で質問し合っていた。
「俺たちが付き合ったのは一年ですよ、一年。結婚したい結婚したいって会うたびに言うもんだから、プロポーズした途端にこれですわ」
「あははっ! 一年ですかっ!」
いつの間にか「僕」じゃなくて「俺」になってるし。私も馬鹿笑いしてるし。
「笑うとこじゃないですよ、それ。あなたはどれくらい付き合ったっていうんですか」
「私はー……二年半くらい?」
もっと長く一緒にいたような気がしてたのに、そんなものだった。
「俺より長いっすね! ぶははっ!」
「そこも笑うとこじゃないですー。別れた原因って聞いてもいいですか?」
「別れた原因は……」
笑顔の彼は一瞬言葉を止めてから、目を伏せた。
「浮気されました」
「え……」
「彼女の職場の、同僚だか先輩だかに寝取られたってオチです」
ははっ、と乾いた笑いをした彼は、当然のように私へ尋ねる。
「あなたは?」
「好きな人ができたって言われて。結婚式まで二か月だったのに……婚約破棄されました」
酔った勢いで上がっていた気持ちが、一瞬で落ちた。
口に出すと改めて身に沁みる。チクチク、ズキズキと胸が痛んだ。まだこんなにひきずっている自分が悲しい。
彼はそんな私の気持ちを察したらしく、今日一番明るい笑顔を見せて大きな口を開けた。
「飲みましょう! どんどん飲みましょう! それで綺麗さっぱり忘れましょう!」
「そうですね! あなたも飲んで飲んで! 一緒に忘れましょう!」
グラスをがちんと合わせて、ふたりでまたぐびぐびとビールを飲む。
「俺は北村といいます。あなたは?」
「私は加藤です」
「よし、加藤さん、おかわりは?」
「いきまーす! あ、私シチリア檸檬サワーがいい」
「俺も! すみませーん! こっちシチリア檸檬サワーふたつー!」
そうだ、ぐだぐだ言ってないで、きっぱり忘れればいい。そのために指輪を売ったんだから。あんな男、いつかどこかで会ったら「どなたでしたっけ?」と言ってやればいいんだ。
「北村さんは何歳ですか?」
「俺は二十九です。あなたは?」
「私も今年の九月で二十九歳です! いまは二十八歳!」
「おー、タメじゃないっすか!」
「タメっすね!」
また、がちーんとグラスを合わせた。
ああ、頭がふわふわする。久しぶりに気持ちのいいお酒の飲み方だ……
「あー俺、ワイン飲みてえ」
「頼んじゃいましょうよ。あ、これうまっ! 北村さんも食べて食べて」
私はカマンベールチーズフライが並んだお皿を、彼の前にずいっと差し出した。
「もっと頼んで、じゃんじゃん食うか!」
「あ、そうだ、私が奢りますよ。今日臨時収入あったんです!」
「はははっ、それ婚約指輪のカネじゃん! 俺が奢りますって。婚約指輪のカネでな!」
「私が奢るのー」
「いや、俺が奢るんだー」
この辺りからもう何を話したのか、よくわからない。
ただただ、ふたりで愚痴を言い合って、ボケてツッコんで馬鹿笑いした。
気がつけば居酒屋を出て、北村さんと夜の繁華街を歩いている。いつの間にか手なんか繋いでいた。
酔っ払いのサラリーマンたちや客引きのお兄さん、大騒ぎで歩く大学生の集団とすれ違う。風は涼しく、ビルの合間の夜空に星がふたつだけ見えた。
私は適当な歌を口ずさみながら、おぼつかない足取りで進む。転びそうになるたびに彼が支えてくれた。こんなに楽しいのって、いつくらいぶりだろう。彼の腕にしがみつき、ワンピースの裾から覗く足がふらつくのが妙におかしくてクスクス笑っていると、目の前に美しい建物が現れた。
「綺麗なイルミネーションですね。こんなところに豪華マンションが?」
私が建物を指さすと、北村さんが歩みを止めた。私も一緒に立ち止まる。
「これはラブホテルですね」
「ふうん。全然そういうふうに見えないですね」
「入りましょうか」
「……え?」
一瞬だけ酔いが醒めたように感じた。
(この人とラブホテルに……? ということは、北村さんは私とどうにかなりたいと思っている、そういうこと?)
黙っていると、繋いでいた手を強く握られた。どきん、と胸が音を立てる。
「俺は、部屋に行きたいです、あなたと」
「……フラれんぼな私なんかが相手でも、いいんでしょうか」
あの日から私は、何をするにも自信が持てずにいた。
婚約相手を失っただけではなく、自分のなかにあった大事なものを全て否定されて、それらがどこかへ消え去ってしまったみたいに感じている。
「俺もフラれんぼですから。慰めてください」
「じゃあ私のことも慰めてください。全力で」
「わかりました。全力でお慰めします」
「……お願いします」
「あ、でも、それならここじゃなくて、ちゃんとしたホテルに行きましょうか。といっても俺、この辺はよくわからないんですが」
「いえ、ここでいいです。移動したら、気が変わりそうだから」
キラキラと光る入り口の灯りを見つめながら、決意を込めて北村さんの手をぎゅっと握り返す。
「無理はよくないですよ」
「無理なんてしてません。慰めてくれるんですよね? ……全力で」
彼の顔を覗き込むと、メガネの向こう、瞳の揺らぎが消えたように見えた。彼の迷いがなくなったのだと、伝わる。
「はい、全力で」
真剣な表情に変わった北村さんは、繋いでいた手をほどいて私の肩を抱いた。最初は優しく、でも一歩進むたびに力強くなる。
(この人の手、すごくあったかい……。なんだか安心する。そういえば今日は何日だっけ? 何か、とても大切なことがあった日だった気が……)
彼に連れられて、自動ドアから建物のなかへ入る。
「あ、そっか」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
思い出した私は、ひとり苦笑した。
――結婚式の予定日だったんだ、今日。
シャワーを浴びているうちに、私は酔いが醒めてきていた。
「何をためらうことがあるのよ」
鏡に映った情けない顔をしている自分へ言葉をかける。
(彼を慰めるんでしょ? そして私も彼に慰めてもらうんでしょ?)
出会ってすぐにこういうことをするのは初めての経験だ。だからといって怖気づくのは、いまさらではないか。
バスローブを羽織ってバスルームを出た。おずおずと彼のいるベッドルームへ入っていく。
いい香りが漂い、間接照明が暗めに調節されている部屋は、広く清潔感にあふれている。ラブホテルということを忘れてしまいそうな素敵な雰囲気だ。
「……お待たせしました」
「あ、いえ」
先にシャワーを浴びていた北村さんは、ダブルベッドの端に座っていた。私の顔を見た彼は、手にしていたスマホをサイドテーブルに置く。
「どうぞ」
「失礼、します」
促されて彼の横に座る。綺麗に整えられたベッドが、ぎしっと沈んだ。
その音が妙に現実的でよけいに意識がはっきりとする。こういう時はどうしたらいいのか、勝手がわからない。さっきまでの勢いなんてこれっぽっちもなくなって、代わりに動悸がすごいことになっている。この音がお酒のせいじゃないのはわかっていた。
「……俺」
私とおそろいのバスローブを着ている彼は前屈みになり、膝の上で手を組んだ。
「はい」
「もうだいぶ酔いは醒めてるんですが」
「私も、です」
緊張で私の手が震えてくる。
「こんな気持ちになるとは思ってもみませんでした」
意味がわからなくて顔を上げると、こちらを見た彼と目が合った。
「実は俺、勢いで女性とこういうことするのは初めてなんです」
「……え?」
「いや、付き合った女性とはもちろんホテルに入るし、アレコレもしますけど。そうじゃなくて、こういう状況が初めてなんです。出会ってすぐに、女性とホテルに入るという状況が」
「それなら、私も同じです。知り合ってすぐの人とこういう場所にくるのは、初めてですから」
この人も私と同じだったのかと思うと、少しだけ緊張がほぐれた。
私の言葉に小さく頷いた北村さんは、静かな声で話を続ける。
「そうでしたか。……そりゃ、そうですよね。婚約破棄というのはきっといままで生きてきたなかでも、かなり最悪に近い、傷ついた出来事だと思いますし、自暴自棄になるのも無理はない。……話を戻しますが」
「はい」
「だからというか、酔いが醒めればそういう気持ちがなくなっても仕方がないかと、シャワーを浴びながらなんとなく思っていました。俺だけじゃなくて、加藤さんも酔いが醒めたら俺に抱かれたい気持ちが消えてしまうかもしれないって」
「北村さん……」
「でも俺は違いました。あなたがこの部屋に入ってきたのを見て……醒めるどころか、かえってあなたを抱きたくなりました」
「っ!」
ストレートな言葉を受けて胸が熱くなる。
「あなたを抱いて約束を果たしたい。いま、心からそう思っています」
「……約束?」
「全力であなたを慰めることです」
「あっ」
肩を抱かれ、彼の体に引き寄せられた。ほどけていた緊張が再び甦る。
「あなたは? 俺と、こうすることに迷いがありますか?」
「私は……」
北村さんが今夜、私を悲しみのはけ口にしようが、いい加減に扱おうが、別にかまわないと考えていた。私だってそのつもりだったから。でもいくら酔っているからといって、それは失礼なことだと、いまの彼の言葉を聞いてわかった。
彼は私とふたりで過ごす夜をないがしろにはしない。そう言ってくれているのだ。
だから私もその気持ちに応えたいと思う。
「私も約束しましたから。あなたを慰めるって」
「全力出してくれます?」
「わ、私なりに、ですけどね。上手い下手は置いといていただいて」
「あ、俺もそこは置いといてください」
彼が笑うので、私まで笑ってしまった。一緒に笑って、くっついている互いの体が揺れる。
「私、イヤじゃないです。あなたに抱かれるの」
北村さんの胸に寄り添い、呟く。私と同じ気持ちを抱えるこの人となら、肌を合わせても大丈夫だ、きっと。
「ありがとう。……加藤さん、緊張してる?」
私の頬に、彼の手がそっと触れた。
「少しだけ」
「大丈夫。あなたがイヤがることは、絶対にしないから」
彼がメガネを外した。たいして度はきつくないのか、瞳の大きさは変わらないが、ますます私好みの雰囲気を纏うからどきりとする。
「ただ、俺も飲んだ上に緊張してるので、その、ダメだったらすみません」
「北村さんも緊張してるの?」
「してるよ、ほら」
私の右手を取った彼はバスローブの前をひらき、胸に押しつけた。手のひらに彼の鼓動が伝わる。それはどくん、どくんと大きく脈打っていた。
「……ほんとだ」
「あなたは?」
「私も、同じだと思う」
「じゃあ、直に聞かせて」
「んっ」
そっと唇を重ねられながら、ベッドへ押し倒された。
何度か軽く唇を合わせたあと、柔らかな舌が入り込んでくる。優しく丁寧に、彼の舌が私の舌を舐めた。
今日会ったばかりの人なのに、以前にもキスしたことがあるような不思議な感覚だ。あっという間に頭がぼうっとして体から力が抜けていく。彼はキスがとてつもなく上手なのだろうか……
もっと深くキスをしてほしくなったところで気づく。
(あまりにも気持ちがよくて忘れるところだった。私も北村さんを慰めてあげないと)
私は彼の両頬を両手で押さえ、自分へ近づけた。自分から舌を絡ませて彼のキスに応える。
すればするほど体の奥が疼いて、すぐに繋がりたい欲求が湧き上がってくる自分に戸惑う。キスだけでそう思ったことはないのだけれど……私の体、今夜はどうしたのだろう。
北村さんの息遣いが荒くなる。彼は自分のバスローブを脱いだあと、私のバスローブに手をかけてつるりと脱がせた。
お互い何も身につけていない姿になり、肌を直接合わせる。
「ほんとだ。……ドキドキしてるね」
北村さんが私の胸に耳をあてた。彼の低い声が私の体に浸透していく。彼の頬と私の肌が触れ合って……あたたかい。
そういえば、婚約破棄された元カレと体を重ねたのは、いつが最後だったろう。別れる前からセックスの回数が少なくなっていたのは気づいていた。けれど、それは元カレの仕事が忙しいせいだと気にも留めなかったのだ。
私はとにかく「結婚」できることが嬉しくて、新しい生活を夢見てばかりで……元カレの本当の気持ちが見えていなかったのかもしれない。
起き上がった北村さんが私の耳に唇を押しあてた。
「んっ」
「耳、弱いの?」
肩を縮める私に、彼が問いかける。
「うん、あっ」
頷くと、耳たぶをちゅっと吸い上げられた。ぞわりと肌が粟立ち、一気に首筋から背中、そして腰まで感じてしまう。お酒のせいで何もかも敏感になっているのかと思ったけれど、どうも違うような気がする。
「……んっ、んぁ」
あまり声は出さないほうだったのに、どうしても我慢ができない。熱い肌がぴったりと触れるたびに、体がびくびくと震える。彼の手も胸も足も、触れてくる全部が気持ちいいだなんて、こんなこと、初めてだ……
ふいに耳のなかにぬるりとした感触を覚えた。舐められるとさらに体中に疼きが駆け巡り、火照っていくのがわかる。
「なんか、俺……」
小刻みに息を吐く私へ、北村さんがぼそりと呟いた。彼は苦しそうに顔を歪めている。
「どうし、たの?」
「くっついてるだけなのに、ちょっと、ヤバいかも」
「え……?」
「加藤さんの全部が気持ちいいんだ。触れてる全部、が」
北村さんが私の耳もとでこぼした。私と全く同じ感想を囁かれたことに驚く。
「こんなこと、初めてだ、俺……」
「私も、さっきからなんだか変……なん、です……んぁっ、ああっ」
私の胸を彼の手のひらが丸く包み込んだだけで、声が飛び出てしまう。
「あ、すごく、感じやすいって、いうか、あっ」
「俺も……なんだ、これ……?」
太ももに彼の硬いモノがあたった。
私のほうも多分、十分準備が整ったんじゃないかというくらいに濡れているはずだ。まだそんなに時間をかけていないのに。もしかして体の相性がいいというのは、こういうことなの……?
「あっ! ん……あぁっ」
胸の先端に彼の唇が移動した。電流が通ったように体がびくびくと跳ね、胸だけで達してしまいそうになる。経験したことのない快感に怖ささえ感じた。
ぼんやりと灯る間接照明が揺らいで見える。ボディジェルの香りと、じわりと噴き出す互いの汗の匂いが混ざりあって、欲情を煽られた。
硬くなっていく先端を舐められ指で弄られるごとに、痺れるみたいな熱が体を支配していく。
我慢ができなくなった私は、彼の頭を抱えるようにして自分の胸に抱きしめる。そして体をよじり、もっと欲しいと自分から……せがんでいた。
北村さんは両方の手のひらを私の手のひらに重ねて、強く握る。次いで、私の唇から頬、首筋、肩までまんべんなくキスを落とした。
「どこもかしこも全部、綺麗だね」
「ほん、と?」
「嘘は言わないよ、綺麗だ」
「……ありがと、う……んっ」
なんとなく、彼が私の気持ちに寄り添うために言ってくれたのではないかと感じた。私が自分の全てに自信をなくしていることに、気づいているのではないか、と。
「北村さんは、優しくて、いいね」
「優しい?」
「私に触れる手が、とても優しくて……泣きそうになる」
北村さんの首に手を回して抱きしめると、彼は「泣いてもいいよ」と囁いて、私をしっかりと抱きしめ返した。胸がきゅんと痛くなる。
(そんなふうに言われたら本当に泣きたくなっちゃう。私を慰めるために応えてくれたのはわかってるけど……)
私の足の間に彼の膝が割り込み、ひらかせ、ぐいぐいと太ももを押しつけられた。それだけで体の奥が熱く疼く。汗ばんだお互いの肌が、隙間なくぴったりと吸いついた。
彼はしばらくそうしてから、膝の代わりに自分の手をそこへ滑り込ませた。長い指が私のナカにするりと挿入ってくる。
「あ、っあ」
「……ねえ」
耳もとで熱い吐息とともに尋ねられ、興奮がさらに高まる。恥ずかしいくらいの水音が響いた。
「本当に、こんなに感じてくれてるんだ……?」
「そうだって、言っ、あっあぁ」
北村さんの指が少し動くだけで、蜜がぐちゅぐちゅとあふれ出していくのがわかる。
いまにも達しそうなのを必死で我慢した。腰を上げて彼の指に夢中になりながら、どうにか自分の使命を思い出す。私も彼の下腹へ手を伸ばした。
「あ……っ!?」
硬くて熱いモノに触れると、彼が小さく喘いだ。
ゆっくり上下に動かすのに合わせ、私のナカにいる彼の指も動く。弄って、弄られているうちに全てがもどかしくなり、それをどう伝えていいかわからない私へ、彼が先に言った。
「俺、もう挿入りたい。加藤さんに」
たまらないといったその表情に、私の体の奥も切なくなる。
全力で慰め合うと約束した私たちなのに、お互いたいした奉仕もせず、繋がりたくなっていた。
「私、も……お願い」
「いいの?」
「ん、早く……」
「わかった」
頷いた北村さんは、体を起こしてベッドサイドの避妊具へ手を伸ばした。
準備の終わった彼と再び唇を合わせ、舌を絡ませて丁寧に舐め合う。体中で荒い息をして、欲しがる思いを熱に変えていく。
私の足をひらかせた北村さんは、遠慮がちに入り口を自身の硬いモノで探った。甘い予感が塗りつけられる。
そろそろと私のナカへ挿入ってきた彼のモノは、途中から一気に奥へ突き進んだ。
「あっ、んんーっ!」
瞬間、目の前がぱっと明るくなり、部屋の灯りが強くなったように感じた。けれど、私の浮いた腰と、ぴんと伸びる足先、強い快感に戦慄く下腹が、灯りのせいじゃないと教えてくれる。
(挿れられただけなのに……私、達してしまった。……何、これ……?)
「っあ、はぁ……っ」
「ちょ、ちょっと待って、あ」
蕩けそうな快感に襲われながら息を吐くと、戸惑う北村さんの声が遠くに聞こえた。
朦朧とする視界をどうにか定めて北村さんを見る。彼は顔を歪めて何かに耐え、そしてかくんと頭を下げた。
「……ごめん」
「どうし、たの……?」
「さっきから、ほんと変で、もう、もちそうに……ない」
動きを止めている北村さんが、苦しそうに吐息をこぼした。
私を気遣い、私と同じように感じていることが愛おしく思えて、胸がぎゅっと痛くなる。
「謝らない、で。私は……先にイッちゃったから、大丈夫」
すぐそばにある彼の耳もとに言葉を吐き出す。
「だから好きに、動いて。好きな時に、イッて」
私の言葉を聞いた北村さんの顔が、不機嫌なものに変わった。
「そんなに……優しくしないでよ。じゃないと、俺……加藤さんのこと――」
「え……?」
聞き返そうとしたのに、繋がったままむくりと上半身を起こした彼に、腰を打ちつけられた。
「あぁっ! や、んっあ、はぁっ」
勝手に声が上がってしまう。肌がぶつかる音が部屋中に響き渡った。
「あっ、あ、あぁ……!」
(どうして、優しくしてはダメなのだろう。慰めるって、優しくすることじゃない、の……?)
言いかけた言葉を打ち消すかのように、彼は私を揺さぶり続けた。
突き動かす激しさとは反対に、私の体にキスをする唇は、やっぱり優しい。この人はそういう人なのだ。自分本位ではなく、律儀に約束を守ってくれる人。そう思ったら、またも快感がせり上がってくる。
「もう、イク、よ……くっ」
「んっ、きてっ、あぁっ、私もっ」
私を見下ろす彼にしがみつき、嬌声を上げながら頷いた。同時に唇を強く塞がれる。
「んふうっ、んんーっ」
咬みつくような荒々しいキスと、私の下腹で暴れる彼の熱い塊に翻弄され、一気に昇りつめていく。繋がるそこが痙攣し、全身へ甘い快感が駆け抜ける。彼の低いうめき声とともに、私のナカに被膜越しの熱が放出された。
心の痛みをともなう泣きたいくらいの悦楽を……彼も共有してくれただろうか……
恍惚に浸る間もなく、気づけば再び彼に激しくキスをされていた。いま終わったばかりなのに、もう始まっている。
慰め合うって、なかなか終わりが見えなくて、そして、満足するまでに時間がかかるものなのかもしれない。
体中の気だるさを欲情の色に変えて、私は飽きることなく彼ともつれあい続けた。
この人、話しやすい。お酒のせいもあるのだろうが、初対面の人に戸惑いもせずすらすら言葉が出てくる自分に驚く。どうせもう二度と会うことはないだろうという安心感からかもしれない。
「彼女とは、どれくらい付き合ったんですかー」
酔いが回ってきた私たちは、くだけた調子で質問し合っていた。
「俺たちが付き合ったのは一年ですよ、一年。結婚したい結婚したいって会うたびに言うもんだから、プロポーズした途端にこれですわ」
「あははっ! 一年ですかっ!」
いつの間にか「僕」じゃなくて「俺」になってるし。私も馬鹿笑いしてるし。
「笑うとこじゃないですよ、それ。あなたはどれくらい付き合ったっていうんですか」
「私はー……二年半くらい?」
もっと長く一緒にいたような気がしてたのに、そんなものだった。
「俺より長いっすね! ぶははっ!」
「そこも笑うとこじゃないですー。別れた原因って聞いてもいいですか?」
「別れた原因は……」
笑顔の彼は一瞬言葉を止めてから、目を伏せた。
「浮気されました」
「え……」
「彼女の職場の、同僚だか先輩だかに寝取られたってオチです」
ははっ、と乾いた笑いをした彼は、当然のように私へ尋ねる。
「あなたは?」
「好きな人ができたって言われて。結婚式まで二か月だったのに……婚約破棄されました」
酔った勢いで上がっていた気持ちが、一瞬で落ちた。
口に出すと改めて身に沁みる。チクチク、ズキズキと胸が痛んだ。まだこんなにひきずっている自分が悲しい。
彼はそんな私の気持ちを察したらしく、今日一番明るい笑顔を見せて大きな口を開けた。
「飲みましょう! どんどん飲みましょう! それで綺麗さっぱり忘れましょう!」
「そうですね! あなたも飲んで飲んで! 一緒に忘れましょう!」
グラスをがちんと合わせて、ふたりでまたぐびぐびとビールを飲む。
「俺は北村といいます。あなたは?」
「私は加藤です」
「よし、加藤さん、おかわりは?」
「いきまーす! あ、私シチリア檸檬サワーがいい」
「俺も! すみませーん! こっちシチリア檸檬サワーふたつー!」
そうだ、ぐだぐだ言ってないで、きっぱり忘れればいい。そのために指輪を売ったんだから。あんな男、いつかどこかで会ったら「どなたでしたっけ?」と言ってやればいいんだ。
「北村さんは何歳ですか?」
「俺は二十九です。あなたは?」
「私も今年の九月で二十九歳です! いまは二十八歳!」
「おー、タメじゃないっすか!」
「タメっすね!」
また、がちーんとグラスを合わせた。
ああ、頭がふわふわする。久しぶりに気持ちのいいお酒の飲み方だ……
「あー俺、ワイン飲みてえ」
「頼んじゃいましょうよ。あ、これうまっ! 北村さんも食べて食べて」
私はカマンベールチーズフライが並んだお皿を、彼の前にずいっと差し出した。
「もっと頼んで、じゃんじゃん食うか!」
「あ、そうだ、私が奢りますよ。今日臨時収入あったんです!」
「はははっ、それ婚約指輪のカネじゃん! 俺が奢りますって。婚約指輪のカネでな!」
「私が奢るのー」
「いや、俺が奢るんだー」
この辺りからもう何を話したのか、よくわからない。
ただただ、ふたりで愚痴を言い合って、ボケてツッコんで馬鹿笑いした。
気がつけば居酒屋を出て、北村さんと夜の繁華街を歩いている。いつの間にか手なんか繋いでいた。
酔っ払いのサラリーマンたちや客引きのお兄さん、大騒ぎで歩く大学生の集団とすれ違う。風は涼しく、ビルの合間の夜空に星がふたつだけ見えた。
私は適当な歌を口ずさみながら、おぼつかない足取りで進む。転びそうになるたびに彼が支えてくれた。こんなに楽しいのって、いつくらいぶりだろう。彼の腕にしがみつき、ワンピースの裾から覗く足がふらつくのが妙におかしくてクスクス笑っていると、目の前に美しい建物が現れた。
「綺麗なイルミネーションですね。こんなところに豪華マンションが?」
私が建物を指さすと、北村さんが歩みを止めた。私も一緒に立ち止まる。
「これはラブホテルですね」
「ふうん。全然そういうふうに見えないですね」
「入りましょうか」
「……え?」
一瞬だけ酔いが醒めたように感じた。
(この人とラブホテルに……? ということは、北村さんは私とどうにかなりたいと思っている、そういうこと?)
黙っていると、繋いでいた手を強く握られた。どきん、と胸が音を立てる。
「俺は、部屋に行きたいです、あなたと」
「……フラれんぼな私なんかが相手でも、いいんでしょうか」
あの日から私は、何をするにも自信が持てずにいた。
婚約相手を失っただけではなく、自分のなかにあった大事なものを全て否定されて、それらがどこかへ消え去ってしまったみたいに感じている。
「俺もフラれんぼですから。慰めてください」
「じゃあ私のことも慰めてください。全力で」
「わかりました。全力でお慰めします」
「……お願いします」
「あ、でも、それならここじゃなくて、ちゃんとしたホテルに行きましょうか。といっても俺、この辺はよくわからないんですが」
「いえ、ここでいいです。移動したら、気が変わりそうだから」
キラキラと光る入り口の灯りを見つめながら、決意を込めて北村さんの手をぎゅっと握り返す。
「無理はよくないですよ」
「無理なんてしてません。慰めてくれるんですよね? ……全力で」
彼の顔を覗き込むと、メガネの向こう、瞳の揺らぎが消えたように見えた。彼の迷いがなくなったのだと、伝わる。
「はい、全力で」
真剣な表情に変わった北村さんは、繋いでいた手をほどいて私の肩を抱いた。最初は優しく、でも一歩進むたびに力強くなる。
(この人の手、すごくあったかい……。なんだか安心する。そういえば今日は何日だっけ? 何か、とても大切なことがあった日だった気が……)
彼に連れられて、自動ドアから建物のなかへ入る。
「あ、そっか」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
思い出した私は、ひとり苦笑した。
――結婚式の予定日だったんだ、今日。
シャワーを浴びているうちに、私は酔いが醒めてきていた。
「何をためらうことがあるのよ」
鏡に映った情けない顔をしている自分へ言葉をかける。
(彼を慰めるんでしょ? そして私も彼に慰めてもらうんでしょ?)
出会ってすぐにこういうことをするのは初めての経験だ。だからといって怖気づくのは、いまさらではないか。
バスローブを羽織ってバスルームを出た。おずおずと彼のいるベッドルームへ入っていく。
いい香りが漂い、間接照明が暗めに調節されている部屋は、広く清潔感にあふれている。ラブホテルということを忘れてしまいそうな素敵な雰囲気だ。
「……お待たせしました」
「あ、いえ」
先にシャワーを浴びていた北村さんは、ダブルベッドの端に座っていた。私の顔を見た彼は、手にしていたスマホをサイドテーブルに置く。
「どうぞ」
「失礼、します」
促されて彼の横に座る。綺麗に整えられたベッドが、ぎしっと沈んだ。
その音が妙に現実的でよけいに意識がはっきりとする。こういう時はどうしたらいいのか、勝手がわからない。さっきまでの勢いなんてこれっぽっちもなくなって、代わりに動悸がすごいことになっている。この音がお酒のせいじゃないのはわかっていた。
「……俺」
私とおそろいのバスローブを着ている彼は前屈みになり、膝の上で手を組んだ。
「はい」
「もうだいぶ酔いは醒めてるんですが」
「私も、です」
緊張で私の手が震えてくる。
「こんな気持ちになるとは思ってもみませんでした」
意味がわからなくて顔を上げると、こちらを見た彼と目が合った。
「実は俺、勢いで女性とこういうことするのは初めてなんです」
「……え?」
「いや、付き合った女性とはもちろんホテルに入るし、アレコレもしますけど。そうじゃなくて、こういう状況が初めてなんです。出会ってすぐに、女性とホテルに入るという状況が」
「それなら、私も同じです。知り合ってすぐの人とこういう場所にくるのは、初めてですから」
この人も私と同じだったのかと思うと、少しだけ緊張がほぐれた。
私の言葉に小さく頷いた北村さんは、静かな声で話を続ける。
「そうでしたか。……そりゃ、そうですよね。婚約破棄というのはきっといままで生きてきたなかでも、かなり最悪に近い、傷ついた出来事だと思いますし、自暴自棄になるのも無理はない。……話を戻しますが」
「はい」
「だからというか、酔いが醒めればそういう気持ちがなくなっても仕方がないかと、シャワーを浴びながらなんとなく思っていました。俺だけじゃなくて、加藤さんも酔いが醒めたら俺に抱かれたい気持ちが消えてしまうかもしれないって」
「北村さん……」
「でも俺は違いました。あなたがこの部屋に入ってきたのを見て……醒めるどころか、かえってあなたを抱きたくなりました」
「っ!」
ストレートな言葉を受けて胸が熱くなる。
「あなたを抱いて約束を果たしたい。いま、心からそう思っています」
「……約束?」
「全力であなたを慰めることです」
「あっ」
肩を抱かれ、彼の体に引き寄せられた。ほどけていた緊張が再び甦る。
「あなたは? 俺と、こうすることに迷いがありますか?」
「私は……」
北村さんが今夜、私を悲しみのはけ口にしようが、いい加減に扱おうが、別にかまわないと考えていた。私だってそのつもりだったから。でもいくら酔っているからといって、それは失礼なことだと、いまの彼の言葉を聞いてわかった。
彼は私とふたりで過ごす夜をないがしろにはしない。そう言ってくれているのだ。
だから私もその気持ちに応えたいと思う。
「私も約束しましたから。あなたを慰めるって」
「全力出してくれます?」
「わ、私なりに、ですけどね。上手い下手は置いといていただいて」
「あ、俺もそこは置いといてください」
彼が笑うので、私まで笑ってしまった。一緒に笑って、くっついている互いの体が揺れる。
「私、イヤじゃないです。あなたに抱かれるの」
北村さんの胸に寄り添い、呟く。私と同じ気持ちを抱えるこの人となら、肌を合わせても大丈夫だ、きっと。
「ありがとう。……加藤さん、緊張してる?」
私の頬に、彼の手がそっと触れた。
「少しだけ」
「大丈夫。あなたがイヤがることは、絶対にしないから」
彼がメガネを外した。たいして度はきつくないのか、瞳の大きさは変わらないが、ますます私好みの雰囲気を纏うからどきりとする。
「ただ、俺も飲んだ上に緊張してるので、その、ダメだったらすみません」
「北村さんも緊張してるの?」
「してるよ、ほら」
私の右手を取った彼はバスローブの前をひらき、胸に押しつけた。手のひらに彼の鼓動が伝わる。それはどくん、どくんと大きく脈打っていた。
「……ほんとだ」
「あなたは?」
「私も、同じだと思う」
「じゃあ、直に聞かせて」
「んっ」
そっと唇を重ねられながら、ベッドへ押し倒された。
何度か軽く唇を合わせたあと、柔らかな舌が入り込んでくる。優しく丁寧に、彼の舌が私の舌を舐めた。
今日会ったばかりの人なのに、以前にもキスしたことがあるような不思議な感覚だ。あっという間に頭がぼうっとして体から力が抜けていく。彼はキスがとてつもなく上手なのだろうか……
もっと深くキスをしてほしくなったところで気づく。
(あまりにも気持ちがよくて忘れるところだった。私も北村さんを慰めてあげないと)
私は彼の両頬を両手で押さえ、自分へ近づけた。自分から舌を絡ませて彼のキスに応える。
すればするほど体の奥が疼いて、すぐに繋がりたい欲求が湧き上がってくる自分に戸惑う。キスだけでそう思ったことはないのだけれど……私の体、今夜はどうしたのだろう。
北村さんの息遣いが荒くなる。彼は自分のバスローブを脱いだあと、私のバスローブに手をかけてつるりと脱がせた。
お互い何も身につけていない姿になり、肌を直接合わせる。
「ほんとだ。……ドキドキしてるね」
北村さんが私の胸に耳をあてた。彼の低い声が私の体に浸透していく。彼の頬と私の肌が触れ合って……あたたかい。
そういえば、婚約破棄された元カレと体を重ねたのは、いつが最後だったろう。別れる前からセックスの回数が少なくなっていたのは気づいていた。けれど、それは元カレの仕事が忙しいせいだと気にも留めなかったのだ。
私はとにかく「結婚」できることが嬉しくて、新しい生活を夢見てばかりで……元カレの本当の気持ちが見えていなかったのかもしれない。
起き上がった北村さんが私の耳に唇を押しあてた。
「んっ」
「耳、弱いの?」
肩を縮める私に、彼が問いかける。
「うん、あっ」
頷くと、耳たぶをちゅっと吸い上げられた。ぞわりと肌が粟立ち、一気に首筋から背中、そして腰まで感じてしまう。お酒のせいで何もかも敏感になっているのかと思ったけれど、どうも違うような気がする。
「……んっ、んぁ」
あまり声は出さないほうだったのに、どうしても我慢ができない。熱い肌がぴったりと触れるたびに、体がびくびくと震える。彼の手も胸も足も、触れてくる全部が気持ちいいだなんて、こんなこと、初めてだ……
ふいに耳のなかにぬるりとした感触を覚えた。舐められるとさらに体中に疼きが駆け巡り、火照っていくのがわかる。
「なんか、俺……」
小刻みに息を吐く私へ、北村さんがぼそりと呟いた。彼は苦しそうに顔を歪めている。
「どうし、たの?」
「くっついてるだけなのに、ちょっと、ヤバいかも」
「え……?」
「加藤さんの全部が気持ちいいんだ。触れてる全部、が」
北村さんが私の耳もとでこぼした。私と全く同じ感想を囁かれたことに驚く。
「こんなこと、初めてだ、俺……」
「私も、さっきからなんだか変……なん、です……んぁっ、ああっ」
私の胸を彼の手のひらが丸く包み込んだだけで、声が飛び出てしまう。
「あ、すごく、感じやすいって、いうか、あっ」
「俺も……なんだ、これ……?」
太ももに彼の硬いモノがあたった。
私のほうも多分、十分準備が整ったんじゃないかというくらいに濡れているはずだ。まだそんなに時間をかけていないのに。もしかして体の相性がいいというのは、こういうことなの……?
「あっ! ん……あぁっ」
胸の先端に彼の唇が移動した。電流が通ったように体がびくびくと跳ね、胸だけで達してしまいそうになる。経験したことのない快感に怖ささえ感じた。
ぼんやりと灯る間接照明が揺らいで見える。ボディジェルの香りと、じわりと噴き出す互いの汗の匂いが混ざりあって、欲情を煽られた。
硬くなっていく先端を舐められ指で弄られるごとに、痺れるみたいな熱が体を支配していく。
我慢ができなくなった私は、彼の頭を抱えるようにして自分の胸に抱きしめる。そして体をよじり、もっと欲しいと自分から……せがんでいた。
北村さんは両方の手のひらを私の手のひらに重ねて、強く握る。次いで、私の唇から頬、首筋、肩までまんべんなくキスを落とした。
「どこもかしこも全部、綺麗だね」
「ほん、と?」
「嘘は言わないよ、綺麗だ」
「……ありがと、う……んっ」
なんとなく、彼が私の気持ちに寄り添うために言ってくれたのではないかと感じた。私が自分の全てに自信をなくしていることに、気づいているのではないか、と。
「北村さんは、優しくて、いいね」
「優しい?」
「私に触れる手が、とても優しくて……泣きそうになる」
北村さんの首に手を回して抱きしめると、彼は「泣いてもいいよ」と囁いて、私をしっかりと抱きしめ返した。胸がきゅんと痛くなる。
(そんなふうに言われたら本当に泣きたくなっちゃう。私を慰めるために応えてくれたのはわかってるけど……)
私の足の間に彼の膝が割り込み、ひらかせ、ぐいぐいと太ももを押しつけられた。それだけで体の奥が熱く疼く。汗ばんだお互いの肌が、隙間なくぴったりと吸いついた。
彼はしばらくそうしてから、膝の代わりに自分の手をそこへ滑り込ませた。長い指が私のナカにするりと挿入ってくる。
「あ、っあ」
「……ねえ」
耳もとで熱い吐息とともに尋ねられ、興奮がさらに高まる。恥ずかしいくらいの水音が響いた。
「本当に、こんなに感じてくれてるんだ……?」
「そうだって、言っ、あっあぁ」
北村さんの指が少し動くだけで、蜜がぐちゅぐちゅとあふれ出していくのがわかる。
いまにも達しそうなのを必死で我慢した。腰を上げて彼の指に夢中になりながら、どうにか自分の使命を思い出す。私も彼の下腹へ手を伸ばした。
「あ……っ!?」
硬くて熱いモノに触れると、彼が小さく喘いだ。
ゆっくり上下に動かすのに合わせ、私のナカにいる彼の指も動く。弄って、弄られているうちに全てがもどかしくなり、それをどう伝えていいかわからない私へ、彼が先に言った。
「俺、もう挿入りたい。加藤さんに」
たまらないといったその表情に、私の体の奥も切なくなる。
全力で慰め合うと約束した私たちなのに、お互いたいした奉仕もせず、繋がりたくなっていた。
「私、も……お願い」
「いいの?」
「ん、早く……」
「わかった」
頷いた北村さんは、体を起こしてベッドサイドの避妊具へ手を伸ばした。
準備の終わった彼と再び唇を合わせ、舌を絡ませて丁寧に舐め合う。体中で荒い息をして、欲しがる思いを熱に変えていく。
私の足をひらかせた北村さんは、遠慮がちに入り口を自身の硬いモノで探った。甘い予感が塗りつけられる。
そろそろと私のナカへ挿入ってきた彼のモノは、途中から一気に奥へ突き進んだ。
「あっ、んんーっ!」
瞬間、目の前がぱっと明るくなり、部屋の灯りが強くなったように感じた。けれど、私の浮いた腰と、ぴんと伸びる足先、強い快感に戦慄く下腹が、灯りのせいじゃないと教えてくれる。
(挿れられただけなのに……私、達してしまった。……何、これ……?)
「っあ、はぁ……っ」
「ちょ、ちょっと待って、あ」
蕩けそうな快感に襲われながら息を吐くと、戸惑う北村さんの声が遠くに聞こえた。
朦朧とする視界をどうにか定めて北村さんを見る。彼は顔を歪めて何かに耐え、そしてかくんと頭を下げた。
「……ごめん」
「どうし、たの……?」
「さっきから、ほんと変で、もう、もちそうに……ない」
動きを止めている北村さんが、苦しそうに吐息をこぼした。
私を気遣い、私と同じように感じていることが愛おしく思えて、胸がぎゅっと痛くなる。
「謝らない、で。私は……先にイッちゃったから、大丈夫」
すぐそばにある彼の耳もとに言葉を吐き出す。
「だから好きに、動いて。好きな時に、イッて」
私の言葉を聞いた北村さんの顔が、不機嫌なものに変わった。
「そんなに……優しくしないでよ。じゃないと、俺……加藤さんのこと――」
「え……?」
聞き返そうとしたのに、繋がったままむくりと上半身を起こした彼に、腰を打ちつけられた。
「あぁっ! や、んっあ、はぁっ」
勝手に声が上がってしまう。肌がぶつかる音が部屋中に響き渡った。
「あっ、あ、あぁ……!」
(どうして、優しくしてはダメなのだろう。慰めるって、優しくすることじゃない、の……?)
言いかけた言葉を打ち消すかのように、彼は私を揺さぶり続けた。
突き動かす激しさとは反対に、私の体にキスをする唇は、やっぱり優しい。この人はそういう人なのだ。自分本位ではなく、律儀に約束を守ってくれる人。そう思ったら、またも快感がせり上がってくる。
「もう、イク、よ……くっ」
「んっ、きてっ、あぁっ、私もっ」
私を見下ろす彼にしがみつき、嬌声を上げながら頷いた。同時に唇を強く塞がれる。
「んふうっ、んんーっ」
咬みつくような荒々しいキスと、私の下腹で暴れる彼の熱い塊に翻弄され、一気に昇りつめていく。繋がるそこが痙攣し、全身へ甘い快感が駆け抜ける。彼の低いうめき声とともに、私のナカに被膜越しの熱が放出された。
心の痛みをともなう泣きたいくらいの悦楽を……彼も共有してくれただろうか……
恍惚に浸る間もなく、気づけば再び彼に激しくキスをされていた。いま終わったばかりなのに、もう始まっている。
慰め合うって、なかなか終わりが見えなくて、そして、満足するまでに時間がかかるものなのかもしれない。
体中の気だるさを欲情の色に変えて、私は飽きることなく彼ともつれあい続けた。
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