アスチルベ

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君を知れた日 (後編)

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慣れた口調でどうぞと千春を通した。

(もしかして夏目くんすっごくモテたりするのかな、高身長だしイケメンだし優しいもんなぁ。ありえる。)

より第三者目線で見るため、律は店に入らず外で待つことにした。
その頃2人は席に座りメニューを眺めている。

「デザートってケーキだけじゃなかったんだな、パフェとかパンケーキもある」

小さな子どものような動き。興奮気味にそう言いメニューに熱い視線を向ける。数分経っても悩んでいる千春をいつまでも見ていられるが話しかけることにした。

「先輩、決まりそうですか?」

ここでやっと待たせていたことに気づき焦りをみせる。

「ごめん待たせて…!このケーキセットにするかこっちのうさぎさんパンケーキにするか迷ってて」

内心うさぎさんパンケーキというパワーワードに夏目は胸をうたれながらも提案をしてみる。

「では、先輩が良ければどちらも頼んで分けませんか?」


「良いのか?!」

「もちろんです」

(先輩、なんて無邪気な人なんだろう…)

無事、店員さんに注文をとってもらい食事が届くまで他愛もない話をしていた。
学校は楽しいか

休みの日は何をしているのか

友達はできたか

最後の質問は夏目にとってあまり良いものでは無いと聞いて直ぐに察した。顔や態度に出やすい方ではないが何となくそんな感じがしたのだ。
入学式して数ヶ月が経過しているが周りの人間は、ほとんど友達という存在ができている。
目の前に居る1人を除いては。
目線を下ろした千春を見て笑って見せた。

「すみません、気を使わせてしまって」

その笑顔は何となく他人事のような、曇った目をしている気がした。

「こちらこそごめん、もし良ければ話とか聞く。相談にも乗るから」

嬉しかった。だがこの言葉は本音で、友人がほしいと望んだことは1度もなかった。だから相談するような事などない。
ここは変に話を変えるよりはっきり言うほうが無礼にならないと考えた夏目は口を開いた。

「ありがとうございます。だけど大丈夫です、僕は友人が欲しいと思ったこと無いので。それに僕には頼れる先輩方が居ますから」

乾いた笑顔。遠くを見る目。自分から分厚い壁をつくっているようにみえる。

返す言葉が見つからずにいると丁度食事が届いた。

「気を取り直して、頂きましょうか」

「そうだな」

結局何も言えなかった。踏み込んでは行けない、見えない一線がある気がした。
きっと無理やり超えることはできる。だけど今それを超えては行けないと直感した。

それからはまた、変わらずくだらない話をしては笑い合い美味しいケーキを食べた。先程とは違う千春だけに向けられた笑顔になんだかホッとする。

食べ終わり一段落着いた頃に店を出た。


ありがとうございました~!


「美味しかったですね」

「そうだな、また行こうか」

「はい、僕で良ければまたいつでも」

少しはしゃいだ様な笑顔を返してくれる夏目を見て嬉しそうに微笑み返した。

しばらく歩いていると聞きなれた声がした。

「やめてって言ってるでしょ!」

「いいじゃーん、ちょっと遊ぶくらい」

「いや、ほんとにしつこいんだけど!」

そこには強引に腕を掴まれている律の姿があった。千春が急いで駆けつけようとすると夏目が止める。

「先輩はここで待っていてください」

「なんでだ!急がねーと律が連れてかれる」

次は必ず守る。2人でした約束を千春はしっかりと覚えていた。それ故に冷静な判断より焦りが上回り冷たく言い放ってしまった。

「良いから、ちょっとだけ待ってて」

そんなことにはお構い無し、一言残すと夏目が走って行ってしまった。
いつも笑顔で接してくれている後輩から、睨まれるようなキツい目を向けられ身体がすくむ。まるで夏目じゃないみたいだった。


「待たせてすみません、こちらの男性はお知り合いですか?」

律の肩にそっと手を置き、あからさまに圧をかけてみせる。ただでさえ相手より身長が高くハイスペックの彼を見てどもりながら男どもは消え去った。

「律先輩大丈夫ですか?怪我してませんか?」

優しく話しかけながら律の頭を撫でて安心させる。
大丈夫、ありがとうと笑顔を見せるとホッとした様子で良かったと言ってくれた。
『女の子』として扱ってくれ心配してくれたことに、こんな時だが不意に嬉しいと思ってしまう。

「律、大丈夫か?また、遅くなってごめん」

千春も続いて到着するとすぐに謝罪した。

「違うんです。僕が千春先輩に待っててもらうようお願いしたんです」

庇っているというより、それが事実なのだと分かった。

「2人ともありがとう!」







「夏目、なんであの時俺を待たせたんだ。やっぱり頼りないか?」

3人で帰る途中ずっと疑問に思っていたことをぶつける。男としてのプライドを傷つけてしまったのだろう。もちろん、そんな意味で待つよう言ったのではない。

「違いますよ。先輩はとても優しいし、なにより人の変化にすぐ気づけて行動する勇気がある」

真剣な眼差しで夏目は話を続けた。

「きっと先輩があの場に行けばすぐアイツらも居なくなったと思いますが、万が一のことがあったとき通報できる人が必要でしょう?」

一理あると理解し自分が冷静さを失っていたことに気づいた。夏目は先のことまで瞬時に考えていたのだ。

「それに、女性には手を出さないとして、男である千春先輩に暴力で解決しようと考える浅はかな考えの人間だった場合、俺はアイツらに優しくできないと思ったので」

一瞬空気がピリついた。彼はきっと本気。

「あの、夏目…?」

恐る恐る声をかけると、無事で良かったですなんて言いながらいつもの緩く優しい口調に戻って誤魔化すように笑った。

(みんなを守るために…)

(夏目くんも俺って言うんだぁ)

「ありがとな夏目、なんか今日だけで夏目の色んな部分が見れた気がするよ」

「先輩のえっち」

「ご、誤解だ!!」

こんな茶番までいつも通り。3人で笑いあった。


しばらく歩き続け、律とは別れる。手を振り改めてお礼を言って帰って行った。
その後直ぐに千春の家にも着く。

「ここだから、今日はありがとな」

そう告げ手を振り千春も家に入っていった。
2人には言ってないが実は夏目の家もこの近く。

(偶然とは凄いものだ)

ゆっくりと歩き始めると後ろからさっき別れたはずの千春の声がした。

「夏目、またカフェ行こうな!じゃあまた明日!」

返事も聞かず走り去る。台風のようだ。
聞こえないとは分かっているが

「はい、もちろんです。楽しみにしています」

と笑いまた歩き始める。

(この感じ懐かしいな)

幼少期、近くの公園で1人で遊んでいると声をかけられた。

「1人なの?一緒に遊ぼう!」

その子は夏目の返事も聞かないで強引に手を取り走った。最初は嫌々付き合っていたが時間が経つにつれ笑顔がこぼれる。
夕方になり帰る間際に約束をした。

『また明日遊ぼう』

相変わらず返事を聞かずに台風のように去って行き姿が見えなくなってしまった。

結局、その約束は果たすことはできず、引越しが決まっていた夏目はこの街から去った。
明日、その子が来て待っていてくれたのかは分かまたこの街に来てずっと心残りだった。
自分を明るい世界へ引っ張ってくれたあの笑顔。

夏目の甘酸っぱい初恋の相手。
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