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同期で理工学部である太田は、去年は、茶道教室を開いている母親が、アメリカのJAPANフェスタに参加するので通訳のバイトが入りアメリカ各地を回る事になって、夏休みが潰れてしまい、去年の文化祭は作品が作れなかった。今年こそはと思っていた。
いつもお世話になっている母親へ菓子鉢を作る事にしたが、手捻りで大きめの鉢は難しく困っていると敬介はさりげなくアドバイスをくれ、釉薬に関しても右と左が違う感じにする事で器の左右のずれをカモフラジュできて、出来上がりはおしゃれな鉢になった。
「敬介君、上手くできたよ」
「太田君とっても良い感じですね。これならお母様も喜んでお使いになると思う」
「敬介君のご指導とアドバイスのおかげです。ありがとうございました。君の作品も素敵だな、さすがだと思う」
「ありがとう、姉への結婚祝いなんだ、これぐらいの大きさなら普通使いに良いと思っている」
太田は、ろくろの前に座ってコップや皿を作っている敬介が、時折寂しげな表情をするのを見て、胸が締め付けられた。それでも、彼が、淡々と陶器市に出す作品を作る姿に頭が下がるのであった。
文化祭の当日は、太田の母親も来ていた。お茶の先生だけあって焼き物には目がない上に審美眼もある。ついでに言えばこだわりが強いので太田も少し緊張していた。
「あなたのも良い感じにできているけど、本当に自分で作ったの?始めてにしてはすごいじゃない。アレ私使って良いよね。ありがとうね、楽しみにしている。だけど、あの薄紅色の銘々皿が素敵過ぎるんだけど、アレって売り物じゃないよね」
「俺の作品はちゃんと俺が作ったよ、同期から見栄えが良いようになる知恵はもらった。あの薄紅色の5枚の銘々皿は、同期の東山君がお姉さんの結婚祝いに作ったものだよ」
「同期の子が作ったの?もっと上級生の作品かと思った」
「東山君は、真面目で努力家で笑顔が素敵な男だよ。大学に入ってから陶芸を始めて今やあのクオリティを持っている人だから、陶芸部のレジェンドだよ。来年は大賞を狙えるんじゃないかって言われている」
「そうなのね、青田買いじゃないけど、応援したくなるわ、彼の作品とかないの?」
「多分陶器市の方を探せば敬介君の器があると思う。買ってあげたら東山君にもインセンティブが入るから喜ぶよ」
「えっそうなの、それじゃ探して帰るわ、今日は遅くなるんでしょう」
「あぁ、いつもと同じぐらいだと思う」
太田の母親は陶器市の方に帰って行った。そして、敬介の皿を全て買い上げる事に成功したと太田に報告をして来た。
「敬介君、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「痩せていない?今日俺の母親が来て君の銘々皿を絶賛してたよ。茶道の先生をしているから良い物を見てきているから目利きだよ。あまり褒めないのに褒めていたからすごいよ。それで、母親が君の皿を全て買い上げたって言ってきた」
「そんな、恥ずかしいなぁ」
「そんなことより、自分の身体の事を気遣えないと、皆んな声には出さないけど心配しているから」
「ありがとう、そうかやっぱり痩せた事は皆んな知っているか、そうだよね。だけど姉貴に毎食○インで食事画像を送るようになって、少しはましにはなってきたんだ」
「原因は蓮先輩だろ、あの人も大概だよ、こんなに敬介君に心配かけるなんて本当困った人だ。だけど、蓮先輩は夏から全然大学には来ていないようだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、俺の友人からの情報だけど」
「やっぱり、家が忙しいのかなぁ、俺も授業入れすぎていっぱいいっぱいだから、連絡もできない」
「敬介君は地元就職組だと聞いているけど」
「そうだよ、都会はどうもリズムが違うから大変なんだ」
「その割に、良く安芸島さんとかと一緒にいるよね」
「多分、安芸島先輩が合わせてくれているんだと思う」
「そうなんだ。陶芸部のみんなも敬介君の事が好きだから心配もしているよ。ちょっとずつでも良いから頑張ってしっかり食べて欲しい」
「心配してくれて、ありがとう」
文化祭最終日の最後に安芸島が久しぶりに顔を出した。
「お久しぶりです。就活終わりましたか?」
「就活は夏休み前に終わって今は卒論が大変なんだ、殆ど図書館に通っている」
「失礼ですが、就職は、何処ですか?」
「実家の出版社だよ」
「今年の初め大手の出版社に決まったって言ってませんでした?」
「そうだった事もあったが辞めた」
「はぁ、凄いですね」
「凄い訳じゃないよ、お前今回の作品良いなぁ」
「ありがとうございます」
「お前の色だな」
「本当にそう思ってくださいますか?嬉しいです。この色がなかなか難しくて大変でした。ところで、安芸島先輩、蓮先輩はどうしていますか?」
「この優しい色は絶対敬介の色だと思っているよ。それと、蓮は、実家の仕事が忙しいだけじゃないんだ。叔父さんが海外で、体調を崩して夏休みは殆どアメリカだったと聞いている。何の連絡が無いのか?」
「ええ、7月の初めにS県の被災状況を見に行って以来会ってません。後期に入って、僕もゼミが始まり就活の準備もあって忙しくて、俺は地元希望なんで来年は結構行ったり来たりと忙しくなりそうなんです。だから、今とれる単位は取っておかないと後が苦しくなるってゼミの先輩に言われて、目一杯授業入れているので、毎日レポートが多くて大変なんです」
「そうか、蓮の事は情報程度で、本人からの連絡はないよ。お前もそろそろ就活があるから大変だな。だが、蓮も来月には戻るだろう、卒論を提出もしないと卒業できない」
「そうですよね」
敬介は、寂しそうに呟いた。
そして、いつもように敬介は、展示室の蓮の皿の前にひとり佇んで一言『会いたい、愛しています』呟くのであった。
文化祭も終わって、敬介の学年が執行役に立つ事になり全員一致で敬介は部長を務める事になった。敬介は、自分はそんな器じゃないと言ったが、陶芸部の総意だと言われれば受けざる得なかった。敬介の学年は、仲もいいので彼に押し付ける事もない。それが、敬介には有り難かった。
いつもお世話になっている母親へ菓子鉢を作る事にしたが、手捻りで大きめの鉢は難しく困っていると敬介はさりげなくアドバイスをくれ、釉薬に関しても右と左が違う感じにする事で器の左右のずれをカモフラジュできて、出来上がりはおしゃれな鉢になった。
「敬介君、上手くできたよ」
「太田君とっても良い感じですね。これならお母様も喜んでお使いになると思う」
「敬介君のご指導とアドバイスのおかげです。ありがとうございました。君の作品も素敵だな、さすがだと思う」
「ありがとう、姉への結婚祝いなんだ、これぐらいの大きさなら普通使いに良いと思っている」
太田は、ろくろの前に座ってコップや皿を作っている敬介が、時折寂しげな表情をするのを見て、胸が締め付けられた。それでも、彼が、淡々と陶器市に出す作品を作る姿に頭が下がるのであった。
文化祭の当日は、太田の母親も来ていた。お茶の先生だけあって焼き物には目がない上に審美眼もある。ついでに言えばこだわりが強いので太田も少し緊張していた。
「あなたのも良い感じにできているけど、本当に自分で作ったの?始めてにしてはすごいじゃない。アレ私使って良いよね。ありがとうね、楽しみにしている。だけど、あの薄紅色の銘々皿が素敵過ぎるんだけど、アレって売り物じゃないよね」
「俺の作品はちゃんと俺が作ったよ、同期から見栄えが良いようになる知恵はもらった。あの薄紅色の5枚の銘々皿は、同期の東山君がお姉さんの結婚祝いに作ったものだよ」
「同期の子が作ったの?もっと上級生の作品かと思った」
「東山君は、真面目で努力家で笑顔が素敵な男だよ。大学に入ってから陶芸を始めて今やあのクオリティを持っている人だから、陶芸部のレジェンドだよ。来年は大賞を狙えるんじゃないかって言われている」
「そうなのね、青田買いじゃないけど、応援したくなるわ、彼の作品とかないの?」
「多分陶器市の方を探せば敬介君の器があると思う。買ってあげたら東山君にもインセンティブが入るから喜ぶよ」
「えっそうなの、それじゃ探して帰るわ、今日は遅くなるんでしょう」
「あぁ、いつもと同じぐらいだと思う」
太田の母親は陶器市の方に帰って行った。そして、敬介の皿を全て買い上げる事に成功したと太田に報告をして来た。
「敬介君、大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
「痩せていない?今日俺の母親が来て君の銘々皿を絶賛してたよ。茶道の先生をしているから良い物を見てきているから目利きだよ。あまり褒めないのに褒めていたからすごいよ。それで、母親が君の皿を全て買い上げたって言ってきた」
「そんな、恥ずかしいなぁ」
「そんなことより、自分の身体の事を気遣えないと、皆んな声には出さないけど心配しているから」
「ありがとう、そうかやっぱり痩せた事は皆んな知っているか、そうだよね。だけど姉貴に毎食○インで食事画像を送るようになって、少しはましにはなってきたんだ」
「原因は蓮先輩だろ、あの人も大概だよ、こんなに敬介君に心配かけるなんて本当困った人だ。だけど、蓮先輩は夏から全然大学には来ていないようだよ」
「えっ、そうなの?」
「うん、俺の友人からの情報だけど」
「やっぱり、家が忙しいのかなぁ、俺も授業入れすぎていっぱいいっぱいだから、連絡もできない」
「敬介君は地元就職組だと聞いているけど」
「そうだよ、都会はどうもリズムが違うから大変なんだ」
「その割に、良く安芸島さんとかと一緒にいるよね」
「多分、安芸島先輩が合わせてくれているんだと思う」
「そうなんだ。陶芸部のみんなも敬介君の事が好きだから心配もしているよ。ちょっとずつでも良いから頑張ってしっかり食べて欲しい」
「心配してくれて、ありがとう」
文化祭最終日の最後に安芸島が久しぶりに顔を出した。
「お久しぶりです。就活終わりましたか?」
「就活は夏休み前に終わって今は卒論が大変なんだ、殆ど図書館に通っている」
「失礼ですが、就職は、何処ですか?」
「実家の出版社だよ」
「今年の初め大手の出版社に決まったって言ってませんでした?」
「そうだった事もあったが辞めた」
「はぁ、凄いですね」
「凄い訳じゃないよ、お前今回の作品良いなぁ」
「ありがとうございます」
「お前の色だな」
「本当にそう思ってくださいますか?嬉しいです。この色がなかなか難しくて大変でした。ところで、安芸島先輩、蓮先輩はどうしていますか?」
「この優しい色は絶対敬介の色だと思っているよ。それと、蓮は、実家の仕事が忙しいだけじゃないんだ。叔父さんが海外で、体調を崩して夏休みは殆どアメリカだったと聞いている。何の連絡が無いのか?」
「ええ、7月の初めにS県の被災状況を見に行って以来会ってません。後期に入って、僕もゼミが始まり就活の準備もあって忙しくて、俺は地元希望なんで来年は結構行ったり来たりと忙しくなりそうなんです。だから、今とれる単位は取っておかないと後が苦しくなるってゼミの先輩に言われて、目一杯授業入れているので、毎日レポートが多くて大変なんです」
「そうか、蓮の事は情報程度で、本人からの連絡はないよ。お前もそろそろ就活があるから大変だな。だが、蓮も来月には戻るだろう、卒論を提出もしないと卒業できない」
「そうですよね」
敬介は、寂しそうに呟いた。
そして、いつもように敬介は、展示室の蓮の皿の前にひとり佇んで一言『会いたい、愛しています』呟くのであった。
文化祭も終わって、敬介の学年が執行役に立つ事になり全員一致で敬介は部長を務める事になった。敬介は、自分はそんな器じゃないと言ったが、陶芸部の総意だと言われれば受けざる得なかった。敬介の学年は、仲もいいので彼に押し付ける事もない。それが、敬介には有り難かった。
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