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サマータイムメモリー
しおりを挟む父の東京にある実家に
家族で移り住むと聞かされたのは
高校2年に夏だった。
元々、東京に住んでいた私たち家族は
東京の生活に疲れた母親の為に
私が小学生に上がる時に
引っ越したのに
また、あそこに戻るのかと思ったのを
覚えている。
毎日2時間近くかけて通っていた
男子高校のみんなは
私の住んでいる村を知っていたので、
仕方がないといった感じで
引っ越す直前まで本当に親切にしてくれた。
あれから、もうすぐ10年が経つ
当時は東京でしかできなかった事も、2024年になり、ますます便利になった社会では、ここでしかできない事なんてなくて、人々は週末を待って、東京から必死に脱出しようとしているように感じる。
私も大人になり、東京の実家を離れ、同じ東京に生活できる最低限の設備がついた。小さなマンションで、なんとか生活しているが、ふいにあの頃の生活を思い出す。
ぼろぼろだった民家を譲り受けた私たち家族は
村の人達と一緒に汗だくになりながら
家を修理した。
結局、その日は時間がなく
納屋の修理は屋根を残した所で
日が暮れて終わりになった。
後日やろうなんて
話になったが、遠慮深い母親が
後は自分達でなんとかすると
断ったせいで引っ越すまで
納屋の屋根には隙間があるままだった。
私はまだ馴染めない村での生活に
時間を持て余すと
ツギハギされた屋根の隙間から
溢れ落ちる夏の空を横になりながら
よく眺めていた。
やがて時が経ち
友達ができ
恋人もできた。
なんとなく彼女とは
これからもずっと一緒に
生きていくと勝手に思い込んでいたが
あの日、東京に行くと言われた時、
儚くも思い込みは砕かれた。
それから私は引っ越しまでの
残された時間ばかり
気になるようになって、
時計の秒針まで
うるさく感じた。
ただ涙を流す事しかできない無力な私は
一人納屋でうずくまる毎日を過ごしていると
彼女が現れた。
その日は毎年二人で行っていた
花火大会の日だった。
私の父親から東京に引っ越す事を聞いた
彼女は私に微笑みながらこう言った。
「少しの間だけ、さよならだね」
彼女は私の横に寝転ぶと
ふふっと笑って
「さ、今日は花火大会だよ、毎年一緒に見るって約束だったでしょ」
と嬉しそうに言った。
屋根の隙間から見える夜空はピンクや緑に照らされてはいたけど、花火は見えなかった。
瞬く間に色を変える空を眺めながら
この一瞬が永遠に続くように祈った。
やがて、花火の上がる音が止むと
彼女は立ち上がり、
「また見に行こうね」
と背中を向けて私に言うと
そのまま、振り向かずに立ち去った。
しかし、東京に引っ越すと
すぐに彼女と連絡を取ることが
できなくなった。
まもなく彼女を探そうとしたが
過疎化が進んだ村は廃村となることが決まり、村人は皆、別の場所へ引っ越す事がわかった。
彼女が何をしているかはわからないが
私は彼女をいつまでも思い出す事ができる。
それでいいと自分に言い聞かせ、自分の
気持ちに蓋をしたのを覚えている。
「ねぇ、引っ越しの準備は進んでる?」
物思いふける私は現実に戻った。
妻が赤ん坊を抱えながら部屋に入ると
引っ越しの準備で整理していた
高校時代の写真を手に取った。
「懐かしい、若いね、、」
私は引っ越した後に
東京の大学に進学した。
一人で学食を食べていると少し大人びた、見慣れた女性が目の前に座った。
彼女は私の顔を見ると涙をぬぐい、優しく微笑むとこう言った。
「久しぶりだね、、あなたのお父さんから聞いて、私もここにしたのよ」
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