筆談による恋愛小説

ちちまる

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言葉なき愛の手紙

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高校三年生の春、私が彼と出会ったのは、新学期が始まったばかりのことだった。桜の花びらが舞い散る校庭に、初めての登校の緊張感が漂っていた。教室の後ろの席に座った新しい転校生、彼の名前は直也。彼の端正な顔立ちと、どこか寂しげな目が印象的だった。

直也はクラスの誰とも話さず、授業中も一人で静かにノートに向かっていた。私は、彼の存在が気になって仕方なかった。ある日、彼が筆談をしているのを見かけた。彼が耳が聞こえないことを知った瞬間、私の胸は高鳴った。彼と話してみたい、そんな思いが湧き上がったのだ。

放課後、図書室で彼が一人で本を読んでいるのを見つけ、私は思い切って話しかけた。

「こんにちは、直也君。私は美咲。筆談って、どうやるの?」

直也は驚いたように顔を上げたが、すぐに微笑んでノートを差し出してくれた。「こんにちは、美咲さん。こうやって文字を書くんだ。」

それからというもの、私たちの間には一冊のノートが存在するようになった。授業中、休み時間、放課後、いつでもそのノートを使って会話を交わした。直也の書く文字は丁寧で、美しく、彼の心をそのまま映し出しているようだった。

「今日はどうだった?」

「数学の授業が難しかった。でも、美咲さんと話せて嬉しかった。」

彼の文字は誠実で、読むたびに彼の思いが伝わってきた。次第に私たちの会話は深まり、互いの夢や悩みを共有するようになった。

「美咲さんは将来何になりたい?」

「私は翻訳家になりたいの。世界中の人と繋がりたいから。」

「素敵だね。僕は音楽が好きだから、何か音楽に関わる仕事がしたい。」

直也の夢を聞いて、私は胸が熱くなった。彼の耳が聞こえないことを知っているからこそ、彼の夢がどれだけ大切か分かる。そんな彼を、私は尊敬していた。

季節は巡り、夏がやってきた。私たちは毎日のように直也と過ごし、その度に彼への気持ちが深まっていった。ある日、放課後の図書室で直也がノートを差し出してきた。

「今日は特別な日だから、ここで待ってて。」

彼の言葉に胸が高鳴った。何が特別なのだろう? 期待と不安が入り混じる中、私は待った。

やがて、直也が戻ってきた。手には大きな紙袋を持っている。袋から取り出したのは、美しいレターセットだった。

「これを君に。」

直也の手渡してくれたレターセットには、手紙と封筒が入っていた。手紙を開くと、直也の綺麗な文字が並んでいた。

「君に伝えたいことがある。君と出会ってから、毎日が楽しくなった。君のおかげで、自分に自信が持てるようになった。だから、君に感謝の気持ちを伝えたくて、この手紙を書いた。」

涙がこぼれそうになった。直也の気持ちが痛いほど伝わってくる。

「直也、ありがとう。私も、君と出会えて本当に良かった。」

私たちは手紙を通じて、さらに深く繋がった気がした。互いの心の中を覗き込むような、そんな感覚だった。

夏休みも終わりに近づき、秋の風が吹き始めた頃、直也から突然の知らせがあった。

「美咲、僕、転校することになった。」

青天の霹靂だった。直也がいなくなるなんて、考えもしなかった。私たちは別々の道を歩むことになるのだ。

「どうして、直也?」

「父の仕事の都合で、遠くの町に引っ越すことになったんだ。美咲、君と過ごした時間は一生の宝物だよ。」

涙が止まらなかった。直也の手を握り締め、私は一言も言葉が出てこなかった。

「でも、僕たちの絆はずっと続くよ。手紙を書き続けよう。」

そう言って、直也は私にもう一度レターセットを渡してくれた。

別れの日、駅のホームで私たちは最後の手紙を交換した。直也の手紙には、こう書かれていた。

「美咲、君がいる限り、僕はどこにいても頑張れる。だから、これからも手紙を書いて、君のことを忘れない。」

私は涙を拭き、直也の手を握り返した。

「直也、ありがとう。私も、ずっと手紙を書くよ。君がいる限り、私も頑張れる。」

列車が発車する音が鳴り響き、直也が去って行く。その背中を見送りながら、私は心の中で誓った。彼との絆を大切にし、手紙を通じていつまでも繋がり続けることを。

それから何年も経ち、私は翻訳家として働いている。直也とは手紙を通じて連絡を取り合い、お互いの夢を応援し合った。彼は音楽の道を進み、成功を収めていた。

ある日、仕事が終わって自宅に戻ると、一通の手紙が届いていた。差出人は直也だった。

「美咲、久しぶりだね。今度、久々に会えないかな? 君と話したいことがたくさんあるんだ。」

心が躍った。手紙を書き続けてきた彼と、再び会えるなんて。私はすぐに返事を書いた。

「もちろん、直也。会えるのを楽しみにしているよ。」

約束の日、私たちは再び駅で会った。直也は少し大人びて、けれど変わらない優しい笑顔を浮かべていた。

「美咲、久しぶり。」

「直也、元気そうだね。」

私たちは再会の喜びを分かち合い、話が尽きることはなかった。過去の思い出や、今の生活、お互いの夢について。手紙を通じて繋がっていた私たちは、まるで昨日の続きのように自然に話し始めた。

夕暮れの公園を歩きながら、直也がふと立ち止まった。

「美咲、君に伝えたいことがあるんだ。」

胸が高鳴った。直也の真剣な表情に、私も緊張してしまった。

「美咲、君と過ごした時間は、本当に宝物だった。君のおかげで、自分を信じることができた。だから、これからもずっと一緒にいたいんだ。」

直也の言葉に、涙が溢れた。彼の気持ちが痛いほど伝わってくる。

「私も、直也。ずっと君と一緒にいたい。」

その言葉を聞いて、直也は静かに微笑み、私の手を握り締めた。

それから、私たちは一緒に未来を歩むことを決めた。筆談を通じて築いた絆は、どんな困難も乗り越える力を与えてくれると信じている。

静寂の中で交わした恋文は、私たちの心を永遠に繋ぎ続ける。
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