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はじまりはじまり。小さな冒険?

437、寝る前に少しだけ。

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「……ルナは、知ってた?」


 父様達と入れ替わりに、ベッドの近くにカートを押しながら現れたルナに、声をかけた。


『う~ん…その養母って人かどうかは、わからないけど。エルの傍に、ずっと心配してたのは、いた』


 目を細めながら『そういうのって、なんとなく見えちゃうからねぇ』と、小さく呟く。
 それ、お化け嫌いの子供が聞いたら泣いちゃうセリフだからね?!
 しかも、闇の精霊であるルナが言うと、冗談に聞こえないのが恐ろしい。


「そっか……会って、みたかったなぁ」

『そんなもん?』

「うん。ルナやフレアの時と一緒だよ。せっかく仲良くなるのだから、今までどんな環境で育ったのかとか、エルネストの『今まで』を知りたい」

『ああ……それとあれでしょ?エルの故郷の料理を食べたいんでしょう?』

「……それもある」


 ふふん…と勝ち誇ったようなルナの声に、ぎくりとなってしまったが、素直に答えた。

 エルネストの出身地である、メアリローサの南方は、どうやら和食に近い食事で、米が主食。
 でも、同じ国なのにメアリローサの王都付近はパン食。

 まぁ、パン食で育ってるから、今の私はパンも好きだけど、前世むかしを知ってしまった今では、和食がとにかく懐かしい。


王都こっちと、味付けどころか調理法から違ったからなぁ。僕も、作ってて面白かった!』

「気候的な問題でしょ…何を今更いまさら。米は暖い地方じゃないと、育たないからね」


 少し呆れ気味なゼンナーシュタットの声。

 ……そうだっけ?

 ゼンナーシュタットの声に思わず首を傾げてしまったけど、そういえばメアリローサ国の王都があるあたりの気候は、シシリーむかしの記憶によると、前世にほんの東北や北海道あたりの気候に近かったはずだ。
 ……けど、東北はお米の産地、多いよね?

 あ、そうか。
 前世にほんで食べてたお米は品種改良を繰り返して作り出されてたから、日本も、原種そのままの本来のお米だったら『日本全国どこでも稲作!ってわけにはいかない』って、そういや習ったような?

 そう考えるとすごいよね?
 私が一時期暮らしていた北海道、その中でも豪雪地帯と呼ばれていた地域があって、そこでも稲作してたもん。
 関東は真冬に最低気温がマイナスになるだけで大騒ぎだったけど、北海道の真冬はマイナス25度とか余裕だもんね。

 植物が育つ真夏だって、関東で40度!って大騒ぎしていても、30度いかなかったりする時もあったし。
 とにかく温度差がすごいんだよね。


『ま、れないから、主食にならなかったってだけだもんね。こっちでも育つ種類のお米があれば、セシリアは嬉しいかもね?』


 ルナはイタズラっぽくにやりと笑うと、ベッドの脇に少し大きめのソファを出現させる。
 そこへカートの上の衣類を綺麗に手際よく、並べて置いていった。
 明日の着替えかな?


 って……いや、待て待て待て……。
 3歳児に『今更』なんて言われても、わかるわけないからね?!






 ******






「……僕は、ちょっとだけエルが羨ましいな」

「…カイ?」


 カイルザークのぽつりと呟くような、小さな声が聞こえる。


『セシリアに抱っこされてるから?』

「そこじゃない!…いや、まぁ…そっちでもいいけど」

「……」

「あっ…ルナが変なこと言うから、警戒されたじゃないかっ!」

『自業自得でしょっ』


 ゼンナーシュタットの隣から、ひょこりとカイルザークの頭が見えた。
 月明かりを受けて、白く輝くようにぼんやりと浮かび上がる、エルネストとよく似た淡い藤色の髪が、とても綺麗で。


「いやいや…ちゃんと、エルを大切にしてくれていた人がいたんだなって思って。……僕なんか、暮らしこそ母親と一緒だったけど、ずっと嫌われてたし。ああ、でも最後の日だけ笑ってたよ。初めて見る上機嫌な笑顔でさ。……笑顔で、追い出されたもんなぁ……」

「笑顔って……」

「うん、ものすごく晴れ晴れとした良い笑顔で、2度と戻ってくるなって」

「カイ……」


 カイルザークは、にこりと笑みを浮かべてみせる。
 悲しい、笑みだ。
 月明かりだし、寝転がっている私の視界からでは、なんとなくしか見ることはできなかったけど、悲しい。

 そして、そんな話…一言ひとことも聞いたことがなかったんだけど!


(なんで、言ってくれなかったんだろう……)


 追い出された日、というのはきっと…シシリーわたしやルークと、合流した日のことだろう。
 ラディ学園長に『予定よりずいぶん早くに、里を出発してしまったようだ』と、伝えられて、大急ぎで保護に向かったのだった。


(低学年の課外実習の一つに『初等科入学予定の生徒のお迎え』というのがあったんだよなぁ…懐かしい)


 課題の通達は、当時の担任であるディオメド導師せんせいから伝えられるはずなのに、いきなり学園長先生に声をかけられて、そのまま急かされての出発となってしまったので、何事かと焦りまくった記憶がある。


(近くの街だったり、親御さんが連れてきてくれるなら特に、そういうサービスは必要ないんだけど、貧富の差は昔からあるからね)


 大切な我が子ではあるけれど、送り出す余裕が、経済的にも時間的にも無い、という環境は少なくなかった。

 それに、それこそ辺鄙へんぴな地域出身の子の場合、中央公国までの道のりが親同伴であっても厳しい……それを理由に、魔導学院への進学を諦めることがないように、との配慮でもあるんだ。

 でもまさか、そんな状況でカイルザークが『追い出されて』いたとは思わなくて、顔をしかめる。


「ん?あれ?言わなかったっけ?」

「聞いてない」

「でも僕は、里なんかよりそれからの生活いまのほうが幸せだもん。戻りたいとも思わなかったし」


 カイルザークの背後で、毛足長めのしっぽが月光を孕み、淡い光を放つように輝きながら、ゆらりと揺れる。


「で、ある日お守りを見たら、母親は死んでた」

「えっ?!」

「僕を追い出してから、数日のうちに病死してた」

「……嫌われてても、お守りは、貰ってたんだね」

「いや、自分で作った。…いつか戻ろうって思ってたから……未練があったんだと思う」


 おもむろに、手をそっと伸ばすような仕草をして『こう、寝てる隙をついて、毛をむしっちゃった!』と、くすっと笑う。
 視界の端に写る、カイルザークの笑みに、むしろ胸をぎゅっと締め付けられてしまった。
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