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はじまりはじまり。小さな冒険?

394、今日から頑張る…はずなのに。

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 まだまだ春の冷たい風が、気持ちいい。
 時折感じる浮遊感も、全身で感じる少し高めの温かさも……ってちょっと待って。

 私のベッドに加温機能はない!
 ついでに言えば、就寝中は窓は開けない!
 ていうか、浮遊感ってなんだ!?


「……ぅぐっ!…っは?……え?ここ」

「あっ!セシリアおはよう!もうちょっとだからっ…そのまま大人しくしてて」


 うっすらと目を開けると、突然の突風が顔に当たり、息が詰まった。
 ここどこ?と聞こうとする前に、おとなしくしてろと言われて……。
 出来るはずがない。

 何がかがすごい勢いで追いかけてくる。
 ライオンの頭、前肢、鋭利な爪が見え隠れしている。
 背には鳥の大きな翼……あ、訂正する。
 肩口からは山羊のような首がもう一つ生えており、しかし、その頭頂部にはありえないほどに大きく長くうねる、角が生えていた。


「ぐりふぉん…?」

「ざんね~ん!あれは合成魔獣キメラかな~?グリフォンは鳥頭でっす!」


 そう言いながら、たびたび伸ばされる一撃を軽くなしては、樹々の間を素早く移動していく。

 ちなみに今の私、黒のフロックコートの上から、おんぶ紐…の様な状態でロープで縛り付けられている。
 なので、正面にはユージアの背中と移動の風に煽られてふわふわと踊る濃い緑色の髪。

 横は……向きたくない。
 有り得ないくらい高速で移動中だから、見たら絶対に酔う。


「さぁて、どうしようかなぁ~」

「どうって?」


 相変わらず高速移動しながらの会話だったりするのだけど……このまま大口開けてる、あの魔物の餌にはなりたくないけど、撃退できる気もしない。


(ユージアの俊足に普通についていける動きをする魔物だから、私が魔法を撃っても避けられて終わるし、ユージア自身が反撃しようにも、武器は……?)


 そもそも、背中にくっついてる私、邪魔だよね?!


「いやぁねぇ、どうもあれが聖樹を倒しちゃった犯人っぽいんだよね。自然生成か故意の産物かまでは知らないけど、ここ最近…ずっとあのあたりに魔物の気配があって、昨日はついに襲撃までされちゃったらしくてね。見張りに怪我人が出たって聞いたから、ちょっと様子を見にきたら……遭っちゃった☆」

「まさかのエンカウント!?」

「聖樹付近を縄張りにしてるっぽいから、どのみち討伐はしないといけなかったんだけど……魔物これ連れて、今の時間に王都に逃げ込んでも、戦力いないよね?」


「あはは」と乾いた笑いをあげながら、走り続けるユージア。
 私はというと、疾走プラス攻撃や障害物を避けるための激しい上下移動の連続で、すでに気持ち悪いを通り越して重力の感覚がなくなっていた。


「このまま目眩し使って、気配を消して逃げちゃうってのも手だけど、そうするとこいつは縄張りに戻るから、見張りがまた襲撃されるだろうしっと!」


 話している最中にも、背後から何かが飛んできたのを、すんでで避ける。
 避けた物を見ると、地面をえぐり、地を焦がしたかのように煙が上がる。
 毒か強酸か……どちらにしても、接近はしたくない技だ。


「どうするの……」

「いやぁ、武器が、ねっ!まさか遭っちゃうとか思ってなかったから……護身用ナイフだけなのよね、ほら、スリングショットもあるけど…狙うタイミングなさそうだし。討伐は無理☆……というか、あいつ即死クラスの毒持ってそうだから、お近づきになりたくな~い」


 ひとまずは素早さではユージアが勝っているとはいえ、私を背負ったままの動きではかなり、動きが制限されていると思う。
 ……体温上がってきてるみたいだし、持久戦もそろそろやばそう。


精霊たちルナかフレアを呼ぶか…いや、魔法でなんとかなる?)


 とにかく、私も何か手を考えなくちゃ!と、杖を呼び出そうと手を上げた瞬間。
 耳がキーンと気圧に負けた時のように、耳鳴りを始めて……。


『……全力疾走で、どこに向かってるのかしら?』

「えっ……あっ!あぶないっ!」


 ふと、突然……透き通る様な高めの可愛らしい声が響いた。

 そして、樹々の隙間を縫う様に逃げていく視界の端に、白いワンピースの小さな女の子が、ふわりと歩いているのが見えて……。

 もちろん、合成魔獣キメラも少女に気づかないわけもなく、即座にターゲットを変更すると、地面に降り立ち、女の子に向かってその凶悪な爪の生えた前脚を振り上げ、合成魔獣キメラは……その動きを止めた。


「は、大丈夫だよ。セシリア、よく見て。あれは風の乙女シルヴェストルだっ…はぁ…」


 そう言いつつも、ユージアは女の子の姿が見えた瞬間、護身用の短剣を構えて踵を返そうとしていた。
 ……助けようとしたんだと思う。

 周囲に湧き上がり始める霧を纏うようにして、黒髪のエルフが現れた。
 ルークだ。

 さくさくと、キメラを中心に立ち上がった霜柱を踏みながら、精霊たちに話しかける。


「……間に合った…な。風の乙女シルヴェストル……それと、水の乙女オンディーヌありがとう…」

『どういたしまして!』


 すっと霧が集まり形を取るようにして、カーテシーをしながら、青を基調としたパールの装飾とシフォンをふんだんに使ったフレアのドレスが印象的な、美しい精霊が姿を現す。


『……ルナは初動が鈍かったようなので、私が動いてしまいました。申し訳ありません』


 水の乙女オンディーヌだ。
 そして、その華奢に見える腕には、彼女と同じ体格の男の子を、首根っこを掴むようにして吊り下げられていた。

 えっと……ルナ?
 私の契約精霊のルナ。
 なんで猫掴みされてるんだ……しかもなんか、しょんぼりしてる。


『いきなり戦闘とか……ムリ』

「……」


 ぽつりと発せられたルナの言葉に、それはそれは深いため息とともにルークは眉間を軽く押さえてしまった。
 うん、そんな表情でも相変わらずの美貌でさらさらと流れる黒い艶髪が素敵です……じゃなくて!

 見惚れてる場合じゃなくて!


(……属性的にはこの中では1番ルナが戦闘向きなはずだぞ?と言おうと思ったけど、あえて言わないでおく)


 指導は私じゃなくて風の乙女シルヴェストルだもんね。
 ルナ頑張れ!


『セシリア……言わなくても僕には聞こえてるんだからね?』

『……主人マスターに八つ当たりする下僕が何処にいるっ!っと……セシリア、ごめんなさいねぇ。お先に失礼させてもらうわね。ふふふっ』


 ルナの恨めしそうな声にびくりとしていると、風の乙女シルヴェストルの可愛らしくもドスのきいた声が響く。
 直後、ルナの背を掴むと、引きずるようにして姿を消していった。
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