上 下
387 / 455
はじまりはじまり。小さな冒険?

387、side エルネスト。盗み聞き?いや、勝手に聞こえてるだけ。

しおりを挟む
 


 すでに、勉強よりも廊下の会話が気になってしょうがなくて…できれば僕も加わりたくて……セシリアの状況も気になるし。
 どうしようかとそわそわしてしまう。


「セシリアのはすごく美味しかったから……ユージアも魔力豊富だし、どうだろうね?」

「食べたのかよっ!……僕は絶対に、絶対にかからないようにするっ!」

「治療法としては、一番効くんだけどね、あははっ」


 2人の笑い声と、ぱたぱたとじゃれ合う足音……の他に、足速に接近してくる、大人2人の足音。
 片方は、最近聞き慣れてきた、父様…アルフレド様の足音。


「……公爵家の、令嬢の、部屋の前で、キミたちは、何をしているのかな?」

「「お…お見舞いに」」


 怒鳴りたい!という怒りを抑えて震える声になっている、アルフレド様と。


「無断侵入で、かな?」

「ユージアだって…」


 メアリローサ国の守護龍のアナステシアス様だった。
 アナステシアス様は、今にも歌いだしそうなほどに朗らかな、はずんだ声で、怒る。
 とても怒っている。

 その声はひどく穏やかで、優しさすら感じるのに。
 怒りの魔力オーラが、壁越しにでも感じることができて、背中のあたりがびりびりする。怖い。


「……ユージアはうちの使用人だからね……ただ、だからと言って、窓からの出入りも、どうかと思うけど」

「ご、ごめんなさい。でも、紋に呼ばれて……」

「セシリアが呼んだのか」

「はい……」


「それは…すまなかったね」と、アルフレド様の声が聞こえていた。
 ユージア…は、セシリアと奴隷の契約を結んでいたらしいんだ。
 その必要は無くなってもなお、契約破棄を嫌がっていて『花紋』という、奴隷とは違うけど、似たような契約に書き換えたらしい。と、いうのは聞いている。

 今は奴隷ではない。
 身分は『使用人』という形で、ガレット公爵家うちに。
 まぁ、使用人になるために、養成所での寄宿生活を始めたばかりだ。


「さぁ、帰ろうか。キミは一般的なマナーどころか、謹慎の意味すら理解していないようだから。もう一度しっかり教えてあげないとね」

「……はい。ごめんなさい」


 深いため息とともに、守護龍アナステシアス様の歌うように優しげな声が響く。
 優しげな声なのに…やっぱり怒りのオーラがビシビシと発せられていて、拒否は絶対にさせない・できない空気を、醸し出していた。


「ユージアも、寄宿舎へ戻りなさい」

「アルフレド様、僕は契約主セシリアが生命の危機にあると、『紋』に呼ばれます……本当に、セシリアは大丈夫ですか?」


 セシリアの熱風邪が、単なる風邪ではなくて『魔力熱』と聞いてしまった以上、この話題は聞かなかったことには、できない。
 ただ、聞きたい内容に限って、すぐには聞こえてこない。

 しかもそれぞれ、帰路につくのだろう、どんどん音が遠くなっていってしまう。


「……大丈夫なようだよ」


 少しの間があったあと、ほんの少しだけ、怒りのオーラを薄くした、守護龍アナステシアスが答えた。


「大丈夫、だそうだ。ユージア、今回はキミも危ないから、一週間はセシリアには近づかないように。それと熱が出たら直ぐに王城へ来ること」

「……はい…って、王子たちにうつしてしまいそうなので、僕は治療院へ行きますよ?」

「いや……王子たちもすでに発症している。クロウディアもヴィンセントも……ハンスも王城にいるから、必ず、行くように」

「わかりました…では必ず……」


 どうしても、しっかりと音を聞き取りたくて、無意識に人化から耳だけを元に戻していたところで、不意に不自然な風に気づいて、振り返ると……。


『面白いものが聞けたわね』

「うわぁっ!…あっ!精霊っ!!」


 白いレースのワンピースを着た……最も苦手としている精霊が目の前に立っていた。
 ふわりとスカートの裾をつかみ、カーテシーをする。


『お話しするのは随分久しぶりに感じるわね?……ハンスイェルク…ええと、廊下そこで怒られてるユージアの父親からよ』


 そんな紹介の仕方をしなくたって、もう覚えてるよ。
 キミは、ルーク先生の契約精霊じゃないか。
 ……本当は、そう言いたかったのだけど、言えばいうほど、ろくな事にならないのが容易に想像できたので、あえて黙った。

 そうこうしているうちに、薬の包みを渡される。


「これは……?」

『それ、死にたくなかったら、今すぐ飲んで。それでも熱は出ると思うから、怠くなったらすぐに私を呼んで』

「どうやって……」

『助けて!でも何でも。好きに呼んでくれていいわよ?あなたの声は聞こえやすいの』


 この反応から、この薬がさっきの会話にあがっていた、魔力熱の薬なのだろう。
『今すぐ』って言われてるということは、もう、僕もうつってしまっているのだろうか?


「わかった……あ、待って。もう1人いるんだけど」


 不貞寝中のカイルザークを指差す。
 ここ連日の魔力切れの影響か、不貞寝とはいえ、ぐっすりとよく寝ていた。
 ……まぁ、起きてたらうるさいし、勉強する時は寝てくれていたほうが、ちょうど良いんだけどさ。


『あら、その子は良いのよ。魔力熱の耐性を持ってるから。罹ってもくしゃみくらいしか出ないわよ』

「そうなのか。『ありがとうございます』とハンスイェルク様にお伝えください」


 ペコリと風の乙女シルヴェストルにお辞儀をする。
 顔を上げると、目の前に満面の笑みを浮かべた彼女の顔が間近にあり、びっくりして跳び退こうにも両手で、頬をすくい上げるように抑えられて……逃げられなかった。


『うふふ。やっぱり良い子ね。セシリアも倒れちゃってるし、みんな忙しいものね。寝る時とお風呂、寂しかったら手伝ってあげるから、いつでも呼んでね☆」

「そ…それは呼ばないっ!」

『遠慮しなくて良いのに。そうそう!あのエルフの幼生ユージアも一度、お風呂手伝ってあげたのに、あれから近づくだけで邪険にされるのよねぇ……ま、また後でね♡』


 被害者がもう1人いたことに気づいてしまったのだけど……聞かなかったことにしておく。
 ……ルーク先生、自分の息子にまで、何してるんですか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る

堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」  デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。  彼は新興国である新獣人国の国王だ。  新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。  過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。  しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。  先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。  新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

処理中です...