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はじまりはじまり。小さな冒険?

300、side カイルザーク。ただ、ひたすら考える。

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『初めまして、来年からここの室長となりますシシリーと申します』


固い笑顔とともに、自己紹介がされていく。
鮮やかな紫色の髪に、パイロープガーネットのような真紅の瞳。
私が数年前にその手を振り払ってしまった少女は、会えない間にとても美しい女性へと成長を遂げていた。

その再会は、酷く後悔ばかりを浮かび上がらせては感情きもちを下方へと引き込んでいった。

一緒に、成長したかった。
そばに居たかった。
この歳の差が邪魔をしたとしても、声が聞こえる場所に居たかった。

同じ敷地内にいたのは知っていたんだ。
日々芳しくなっていく匂いで、すぐわかるから。
どんな人混みにいたって、すぐに嗅ぎ分けられる。
わからなくなることなんて、絶対に無かったから。
見失うことなんて、絶対に。

……でもそれは私だけが、わかっていたことだから。


久しぶりに会った彼女は、ふと目が合うと途端に悲しそうな表情になって……目を逸らされてしまった。
……拒絶、だろうか?

──ねぇ、あの時。すぐに話ができていたら、ちゃんと見つめ返してくれてた?
研修とはいえ、同じ部署に配属になった事を、喜んでくれた?

あの時、あの時、あの時……と後悔の文字ばかりが頭に広がる。


『……と、いう事だから。…カイルザーク君?』

『は、はい!……?』

『大丈夫かい?顔色が悪く見えるんだが。とりあえず、明日からの予定の調整をお願いするよ』


今後の予定を説明してくれていた、研究員の一人に、心配そうに覗き込まれる。
ぶわりと気味の悪い、冷たい汗が広がっていく。
……ただ目を逸らされただけで、何をここまで動じているのかと、自分を叱るのだけど、落胆を抜ききることができなかった。


『えっと…申し訳ありません。もう一度説明を……』

『少し緊張しすぎちゃったかな?じゃ、もう一度説明するね?』


研究員は小さく息を吐くと、苦笑いとも取れる笑いを小さく浮かべる。


『今回の研究の内容からして、君たちにお願いする研修の内容が……』


しっかり集中して聞いていたはずなのに、全く、頭に入ってこなかった。
かろうじて、手元のメモに書き込んであったことを何度も反芻して、翌日に備えることはできたが、ただ、目を逸らされただけなのに。ただ、それだけなのに。
……本当に散々だった。

ちなみに、今日は面接で応募者5人の中から、1人が選定されるはずだったのだが、そんなそぶりは全くなく、そのまま5人ともが採用となった。
……と、私は思っていたのだが、そう思っていたのは私だけで。
元々5人とも採用の予定だったのだそうだ。


(一体どこから私は、正気を失っていたのだろうか。……情けない)


いくつもある研究室の中で、こちらの研究室は一番規模が小さく、現行の花形である大型の施設型魔道具マジックアイテムとも、研究の方向性が違うため、まさかこんなに大勢の応募があるとは思っていなかったようだ。


(再会初日から大失態だった。先輩方の説明をうわの空で聞いていただなんて、これが面接だったら間違いなく落ちていた。ありえない。失礼すぎる。何をやってるんだ私は。このまま続けていけるのか?)


思考の堂々巡りに文字通り頭を抱えるように、自室のベッドへと倒れ込んだ。
進級とともに移動した部屋のしつらえの良いベッドは、私を優しく受け止めると緩やかに沈みこむ。
この部屋も、成績優秀者に与えられる特権のようなものだ。

もちろん、成績優秀者ではなくても希望すれば、使用は可能だ。
ただし、有料になるが。

主に貴族の子息たちが、自分の世話をさせるための使用人と共に入居するために希望するグレードの部屋となるが、成績上位者になると同じグレードの部屋が基本的に無料であてがわれる事となる。

この部屋が一般の寮と違うところは、部屋の中に、使用人用の居住スペースとなる部屋が付属していることと、簡単なキッチンスペースが用意されていること。
一般であればキッチンスペースは共用だし、室内も基本的には2人ずつの相部屋となる。


(頑張って登りつめたんだ、目を逸らされたくらいで、動揺しすぎだ)


そう、あれから今までずっと1人で頑張ってきたんだ。

彼女の優しい手を振り払った先に見えた世界は、とても過酷で残酷なものだった。
獣人だからという差別、そして同じ同族からも異質と言われての差別、今までは理解はしていたけれど、一切、遭わなかったので、あまりの酷さに驚いた。
……つまりは、私の知らないところで、彼女にしっかりと守られていたんだ。


(そしてその地獄のような環境から、新たに見えてきたものも、ある)


当時の、幼くてとても生意気な私の前に立ち、その細かった両腕をいっぱいに広げて、全力で私を守っていてくれていた彼女もまた、差別される側の人間だったということを知った。

さらに、とても優秀だったことで悪目立ちをし、妨害や敵となってしまった人たちがとても多かったという事も耳にした。


(今まさに私も同じ状況だが、私は自分の身を守るだけで精一杯だ)


だが、この上で彼女は私を守ってくれていたのだ。
本当に頭が下がる。

……私を守るために傷だらけになってしまったその両腕を、今度は私が守るんだと自負していたのに。
ただ目を逸らされただけで、あんなに盛大に動揺してしまうとは、情けない。

自分が思っていた以上に、彼女の存在が大きかったことに唖然としつつ、これからの学園生活に思いを馳せる。
あんなに悲しそうに視線を逸らされてしまうとは、以前の関係へと戻るのは無理なのかもしれない。
けど、最低限の距離を保ちつつであれば……そばにいられるのだろうか?

私の時にもこっそりと手を差し伸べていたように、きっと彼女へのフォローもしていたのだろう、かの友人ルークとも生活の場が離れてしまう彼女を、今度は私が…守っていくことはできるのだろうか?

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