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はじまりはじまり。小さな冒険?
243、夢か現か。
しおりを挟む「彼女は人間だったわ。貴方の番でもなかったのでしょう?」
「ああ……」
「私に言ったわよねぇ?『身体の構造こそ人族と変わらないが、圧倒的に時の流れが違う。人族が恋愛対象になる事はない』って」
訳がわからない!
私は王位継承権が遠目とはいえ、王族だ。
その私が騎士団の上層部へと一気に昇り詰めた優秀な騎士へと、降嫁するという話が上がった。
これはきっとハンスの事だと内心楽しみにしながら、王からの呼び出しに応じてみれば、ハンスは王の打診を、その場で!即答で!断わった。
(その場の私の居た堪れなさと言ったら…もう、ね)
私としては、職務上とはいえ警護でも何度も顔を合わせていたし、それなりに会話だって交わせていたし、親愛とは言わずとも少しくらい情が生まれていても良いものなのに。
『人族は恋愛対象ではありません』と、バッサリだった。
王族の姫君だからさ…自分の想う人とは番えないだろう事は覚悟していたのだけどね。
番う以前に、気持ち良いくらいにバッサリと切り捨てられたのだった。
……まぁ、おかげで今の縁談があったのだから、文句は言えないけどね。
で、そのバッサリと私を切ったこの騎士は…幼馴染みだったという女性の死で凹んでいた。
私も知っていた女性だが、容姿も才能も可もなく不可もなく、少し変わった特徴があったとは聞いていた。
それなりに綺麗な人でもあったけれど、でも、それだけで普通の人間だった。
「あれは…人族だが、花だった」
「あ~高嶺の花ってやつ?……って、余計にダメじゃない!横恋慕とか最低よ?貴方ほどの人が…横恋慕だなんて認めないわよ?!」
「そして……恩人だ」
「恩人……ね。あーもう!また泣くっ!!!鬱陶しすぎだから!」
絞り出す様な声で、歯を食いしばるようにして呟くと、再び俯いてボロボロと涙を零す姿に、思わず頭を抱えてしまう。
それと同時に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
「あのね!今日は私の人生の門出なのよ?華々しく国を出発するの!……なのに、外は記録的な大雨!側近は杖抱えて泣いてて使い物にならんからと同行拒否の知らせが来る!……とか…ほんと、なんなのよっ?!」
そして、この国は解散する。
公国だから、高官たちもそれぞれの地元に帰っていく。
中央公国は姫の嫁入りを見送ったあと、今日を以て、終わりを告げる。
そんな歴史的にも大切な日になるはずなのに……。
「……許さないわよ?いきなり騎士団辞めるとか、爵位の辞退も認めないわ」
「要らない。要らないんだ…爵位なんて」
「はぁ?…自分から望んでおいて、どの口が言ってるの?!」
「騎士団だって、シシリーがいないなら、なんの価値もない……」
「価値も、だなんて…っ!貴方まさか……」
私の声に反応するどころか、言葉の続きを聞かずとも肯定するかのように、そのまま顔を膝にうずめてしまう。
つまりだ、我が国の騎士団の花形ともいえる第一師団所属の超エリートな地位へと、短期間のうちに昇り詰めた、この顔良し見栄え良しのエルフ。
……その原動力は正義感や騎士団のトップに立ちたいという向上心や野心からではなく、ただただ『シシリー』という女性を手に入れたいが為の求愛行動の一環としての行動だった、という事か。
(国王が知ったら寝込んでしまうかもしれないわね)
まぁ、もう治世に悩むこともないのだろうけれど。
「あああもう!若いエルフは面倒臭いって聞くけど、貴方も大概ねっ!」
「……なにも要らない。面倒ならこのまま捨て置いてくれ……」
「逢えるわよ?その彼女が番に殺されたのでなければ、また生まれ変わるもの。貴方の寿命なら、それくらい余裕で待てるんじゃないの?」
拗ねた子供のようになっている姿からは、騎士であるということすら想像できないほど情けなくて……呆れからのため息しか出てこない。
しかもだ、その表情すら絵になるほどに美しくて…余計にムカついてくる。
「逢えると思うか?」
「さぁ?……詠む?」
「いや……いい」
まぁ取り敢えずこの男は連れて行くの決定だから、彼の部下に準備をまかせて、さらに早足で移動をする。時間が無いからね?!
次は……。
「父様母様、そして兄様……最後のお別れに参りました」
騎士団宿舎前のゲートから、一気に王宮内へと飛ぶ。
このゲートもそろそろ使い納めね。そう思いながら、いつもみんながくつろいでいるサロンへと足を向けた。
「あぁ……クロウディア…本当に一緒に行かなくていいのかい?」
「父様、私は人族として生をうけましたから…人族として生を全うしたいと思います」
私だけ人族として生まれてしまったんだもの。しょうがないじゃない。
一緒について行っても、そこに私の幸せは存在しないわ。
それくらいに寿命も身体の性能も残念な方向に、家族とは違ってしまった。
先祖返り、というものらしいけど、なんで私だけ人族だったのか……納得はできないけれど、でも、生まれたからには後悔はしたくない。
「あの子も帰ってしまったし……このまま2度と会えなくなるかもしれないのよ?」
「もとより…お別れが少し早くなっただけですよ。それに私には、待っていてくれている方もいますから」
優しい家族たちが本当に心配してくれているのはわかるけど、でも、貴方達の寿命、私の何十倍あるんですかね?ってくらい長いじゃない!
そんな人たちにしたら、私が長生きしようが今すぐ死のうが、時差も感じないほどの一瞬でしかないじゃないの。
それならせっかく人族として生まれついたのだもの、人族らしく生きることにしようと決めたのだから、心配ならむしろ頻繁に会いに来れば良いのよ。
少し鼻息が荒くなりかけたところで、ソファーに深く沈み込むようにして本を読んでいた兄様が顔をあげた。
短髪のくせに子供のように柔らかな金の髪が、ふわりと揺れた。
「クロウディアらしいね。嫁ぎ先は……メアリローサ王国か。縁があればもしかしたら一度くらいは会えるかもしれないな。あそこは薔薇がとても綺麗なんだ」
「……私が生きてるうちに兄様の気が向いてくれるといいのですけど。兄様、早く素敵な番を見つけて幸せになってくださいましね?まぁ、私の方が先に幸せになってしまいますけど」
「うーん、耳が痛いね。まぁきっと父さんと母さんが心配してるみたいな、一家離散みたいにはならないと思うけどね……それでも、すぐには助けに行けない距離くらいには離れてしまうのだから…クロウディア、頑張って。必ず幸せになってね」
「もちろんよ!」
任せなさい!と胸を張ったところで、周囲が明るくなっていった。
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