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はじまりはじまり。小さな冒険?
230、フィリー姉様。
しおりを挟む「にいしゃま?だいじょうぶ?」
「うん…セシリアが無事でいてくれたから、大丈夫。本当によかった」
ぎゅっと込められた力と一緒に、セグシュ兄様は私の髪に顔を埋めてしまった。
怖い思いをしてきたのだろうか?
「護衛に来てくれたはずの魔術師団員が護衛対象に守られてどうすんのよねっ?しょうもないわ……」
……怖いよね。
警備はするけど、基本的には対魔物、もしくは野獣などの討伐が基本だもの。
訓練だって実戦を意識したものとはいえ、対人というのは模擬戦や武術大会等のルールや礼儀込みがほとんどだろう。
今世のメアリローサ国は、辺境といえど街道があんなに綺麗に整備されていて、夜営広場も薪が自由に使えるように置かれているほどに治安が良かった。
……まぁ人攫いはいたが。
あれはイレギュラーと考えても、治安の良さからいえば、野盗や盗賊と呼ばれる集団もほとんどいないのだろうね。
そうなると対人を意識した討伐隊が編成されることも無かったはずだ。
「そうキツく言ってくれるなよ。相手もセグシュと同じ騎士団や魔術師団員だったのだろう?一番信頼しているはずの先輩や仲間に裏切られたようなものなんだ、動揺だってするさ」
そういえばそうだね。
むしろセグシュ兄様の場合、初任用のローブが支給されたばっかりって事は、思いっきり新人なのだから、同僚というよりは色々とお世話になった先輩方だったのかもしれない。
教会の『籠』に入れられそうになった時に、救援に駆けつけてくれた治療院、そして魔術師団員たちに襲われたのだったら。
……不意に「無理するな」と怪我を負ったユージアを気遣って笑っていた団員の顔が浮かんで…うん、あの人たちに敵意を向けられたら私でも、やっぱり…悲しいな。
「兄様は甘過ぎるのですわっ!私が居合わせて無かったら、セグシュはまた瀕死の重症を負うところでしたのよ?!」
「…確かにフィリー姉さんのおかげで大怪我は免れたけど。現在進行形でそれ以上に心がゴリゴリと削られていくのは……なんでだろうね」
「五体満足でいられるだけ有難いと思いなさいっ」
哀しそうな儚さすらも感じる声に、ぎょっとしてセグシュ兄様を見上げた。
頬にかかる長めの鮮やかな赤髪は、所々が返り血が乾いたものだろう、黒く固まっている。
よくよく見てみれば、ローブの中は軽めのドレスシャツを着ているのだけど、襟元は破けこそしていなかったが、大きくはだけていてボタンが飛んでいた。
タイを着けるタイプのシャツだったと記憶していたのだけど、タイは着いていなくてピンがあったと思われる部分が大きくほつれていた。
「にいしゃま、がんばりました」と、しがみつくために首に回していた手で、肩をいいこいいこと思わずさすった。
「あ~もうっ!セシリアにまで心配されてるんじゃないわよっ!」
「ありがとう、セシリア…」
ふわりと儚げに笑むと、ぎゅっと私を抱く腕に力がこもる。
セグシュ兄様……いつもの花が開く様な、鮮やかで優しげな笑顔の方が良いですよ!そう伝えようと思って、セグシュ兄様の瞳を見て……やめた。
眼が…死んでたよ。ものすごく疲れ切った遠い目をしてるよ。本当に大丈夫なの?!
「フィリー姉さんに守られちゃったしね、次回はそうならない様に頑張るよ」
「こんなことが何度もあってたまるものですかっ!」
ふん。と、怒りつつもセグシュ兄様を見てにやりと笑うフィリー姉様。
やっぱり、セグシュ兄様を嫌いで怒ってるというよりは、可愛すぎて怒ってる様に感じた。
いくつになっても頼りない弟としてうつってたりするんだろうか?それとも。
「ねえしゃま、つよいのでしゅか?」
「お姉さんだからね?弟よりは強いわよ?」
優雅にそして自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
フィリー姉様は母様やセシリアと同じ、オパールの様な銀髪をしている。
光の加減によっては遊色し、虹色に輝く不思議な髪色だ。
つり目がちの意志の強い瞳は、父様やセグシュ兄様と同じ翠色をしている。
お顔の雰囲気としては、父様似のキリッとした感じの美人さんです。
髪色が父様そっくりでお顔の雰囲気が母様似のセグシュ兄様と、見た目が対称的な感じで面白いなとは思っていたのだけど、性格もここまで違うとは思っていなかったよ。
「強さに姉とか弟は関係ないって…セシリアも目を輝かせてるんじゃありません……まぁ、そうだね…キミのフィリー姉様はね、口から雷をガンガン飛ばして来るけど、魔法でも、ばしばしと雷を飛ばしてくる人だからね、と~っても怖いんだよ。悪さすると感電させられるから……大人しくしておいた方が良いよ」
「あら?そんなに怖くないわよ。なんなら、久しぶりに体験してみるのも悪くないかもしれないわよ?セシリアはセグシュと違ってとても良い子だと聞いているから、こんな体験はしないでしょうし。ほら、セグシュ、受けて見せて?」
ぎくり。と、セグシュ兄様の動きが止まった。
いや、私もぎくりとなっちゃうんだけどね……だって、今、雷をびりっとされたら、抱っこされてる私も感電しますよね?!
「無理……さっきの団員だって、フィリー姉さんの反撃で泡吹いて意識失ってたじゃないか…まだ死にたくない」
……泡吹く威力って、どれだけ全力だったんですかっ?!
流石にそんなのは、お試しで受けるとかしたくないですよ!
そう思っていると視界の端に、カートに新しいティーポットとカップのセット、お茶菓子のおかわりを乗せてユージアが奥の部屋から出てくるのが見えて、フィリー姉様もふとそちらの方へと首が動いたかと思いきや。
「やだっ…何この可愛い生き物っ!!!」
「ぐぇ」
タックルでもするかという勢いで、ユージアを抱え上げた。
あ、確かに可愛いね。
魔力の温存のためか3歳児の姿だもんね…それとも魔力が回復しきってなかったのかな?
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