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はじまりはじまり。小さな冒険?

203、黒い。

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それは『子供』だから、言われたのかしら?
『公爵家の子息』だから言われたのかしら?
……『獣人』だから言われたのかしら?

そんなに分不相応かしら?

少し胸がむかむかしてきた。
ちゃんと自分の力で手に入れた物に対して言われたと考えると、そのどれを言われても、納得できない。


「その武器達は、僕のために作られたものだから。疑う前に銘を見るくらいの頭は無いわけ?」


その言葉に怒り心頭といった感じに顔を上気させた団員の1人が、こちらへ怒気を放ちながら走り寄ってくる。
……王宮内での攻撃魔法の使用は、緊急時以外は禁じられていたはず。
もしかしたら殴られる?

そう思って恐ろしさに身構えた瞬間、カイルザークが一歩、私を庇うように前へ出る。

何かを叫び、腕を大きく振り上げながら私達の手前まで近づいて……直後、ずぶり。と団員の足が地面に沈み始めた。
まるで地面が溶けたかのように膝まで沈んだところで、その動作を引き継ぐかのように、黒くてドロドロとしたスライム状の粘液が周囲から湧き上がると、溶けた地面ごと飲み込むかのように包み始めた。


『はい、お疲れ様。カイ、ごめんね。こいつは僕の獲物なんだ……用が済んだらあげるかえすけど……いる?』


声とともに漆黒の髪の少年の姿が、ふわりと浮かび上がってきた。

……少年の姿をしたルナだ。

声ではおどけた風を装っていたけど、その表情は笑顔でも怒りでもなく…私が絶対にさせない!と前前世むかしルナと約束した、今にも泣きそうな顔をしていた。
それに気づくと、思わず胸をぎゅっと締め付けられる。


「要らない。僕の分の憂さも晴らしといて」


カイルザークが『要らない』というころには溶けるように足を捉えていた土は跡形も無くすっと引いていき、代わりに黒いスライムのようなゲル状の物体に肩まで沈められるような状態になっていく。

表情も地面に捉われている間は、罵声だと思うのだけど叫び声を上げていた団員だったが、今は、蝋人形のように蒼白で虚な表情となり、ぴくりとも動かなくなっていた。


『りょーかい!じゃ…』


どろりとした黒い塊と共に、すーっと地面に沈み込むように姿を消し始めたルナと目があって、はっと我に返る。

なんでルナは勝手に力を行使しているんだ?
私はなにも命令してないよ?
なのになんで、あんな泣きそうな顔をしながら、人を襲っている?
……暴走にしてもこれはダメだ。


「まって……ルナ。あなたのあるじはだれ?」

『セシリア』

「わたしは、こんなめいれいはしていないよ?なにをしているの?」

『それは……』


ルナが下を向いて言い篭る。
普段ならいらないことまですらすらと喋る子なのに。


「……禍々しい!…魔族か?!」

「いや、あれは…精霊のようだが」

「それより、団長を呼ぶんだ!!」

「あんな技は見たことがない、あの精霊の属性は…」


私たちの武器のそばにいた他の魔術師団の団員たちも何かざわざわと話している。
それは聞き取れるのに、さっきの怒鳴り散らしながら間際まで走り寄ってきていた団員の声は聞き取れなかった。
……これもおかしい。


「わたしだけ、そのひとのこえ、きこえなかったの。これもルナがやったの?」

『それは、僕じゃない!……でも、聞こえてないなら良かったよ』


うっすらと儚げに笑う。
ルナは漆黒の長い髪に金の瞳。
緩やかな甘い春風に林檎の花びらが舞い踊りながら落ちる中、ルナの髪も服も微動だにしない。
ホログラムのような半実体化の状態なのだろうか?

……契約精霊が力を行使する時、それは契約者からの命令があってというのが大前提になる。
そして行使のために、契約者から魔力を分けてもらって、自分の力と合わせて行使をする。

精霊はもらった魔力を、自分へのご褒美として貰う分と、命令への力の行使へと振り分ける。
つまり、こうやってルナが勝手に力を使うこと自体が言葉のあやではない、本来の『暴走』なのよね。
命令もしてないのに勝手に契約者わたしの魔力を使い込まれてるってことだから。

しかもさ……ルナが力を使って『人を襲っている』ということは、ルナの契約者であるセシリアわたしが、命令してあの団員へと襲い掛かったということになる。

ここはほら、前世にほんのペット事情と思ってもらえたらわかりやすいかな?
私の子供の頃は……あ、いや、今も子供だけど。
住んでいた場所が田舎だったってのもあるのだろうけど、犬も猫も普通に放し飼いが当たり前だったんだよ。


(野良じゃなくて『放し飼い』ってことは飼い主がいるのよね。ちゃんと首輪も鑑札もかちゃかちゃと着けてたし)


でも、そうやって放し飼いにした愛犬が、公園で遊んでいた子供に噛み付いたら……誰が悪くなるんだろうね?
もちろん、放し飼いにしている飼い主になるよね?


(……まぁ、昔でも流石にそういう凶暴な犬は放し飼いにされてはいなかったけどね。ほら、祖父じいちゃんの飼っていた猟犬みたいな仔はどんなに頭がよくたって、攻撃性も攻撃力も高いからね、クマ用の檻みたいな鉄格子の……当時の私の個室より広い小屋に住んでたよ)


ちなみに昔、ちょっと噛まれてミミズ腫れ程度とか、大怪我でなければ「ちょっかい出した子供が悪い」って言われてました。
でもさ、何もしてなかったのに問答無用で襲われたのだとしたら?
犬にもだけど、放し飼いにしている飼い主にも嫌な気持ちを抱いてしまうよねぇ……。


(まぁ前世にほんでも最近は放し飼い禁止の方向になったから。これは良かったと思ってる)


そこらに転がる糞尿被害は減ったし……まぁお散歩マナーの悪い飼い主がたまにいるのは悲しいところだけど。
庭へ侵入されての悪戯もなくなった。キウイフルーツの樹とか、よく猫に食われちゃうんだよね…あれってマタタビの仲間だから、根元掘り返されたり、枝を思いっきりガリガリされてたりする。
1番無くなって欲しいと思っていたこともほとんど見なくなった。
放し飼いの犬や猫が、車に轢かれて死ぬ事と、その遺体を見かけるという事。
……たまに野生動物が轢かれてたけど。


(……ていうかあれ、交通量が激しいところだと道路管理者に連絡しても、遺体を道路の端に除けてやることも危なくてできないし、保健所の人が回収に来る頃には何度も轢かれて、毛皮だけになってたりするんだよね……可哀想だった)


おっと……話を元に戻そう。
飼い主にしてみれば『うちの可愛いペットにちょっと噛まれた程度で』とか言うけどさ、被害を受けた側にしてみれば、それでも怪我は怪我だし。
それが大人ではなくて自分の子供とか孫……いやずっと小さな対象で…乳幼児だったらと思うとゾッとする。

小さな子であれば、甘噛みだって、十分な殺傷能力を持つよ?
雑菌もあるよ?
そもそも予防接種、その犬は本当にやってる?大丈夫?

それも、飼い主の知らない場所で起きた事件な訳で、苦情を言いに行っても『それ本当にうちの犬だった?』って言われることもあるわけで。
ひたすらに揉めるよねぇ。

それと同じことを今まさに、というか目の前でルナがやってるわけなんですよ。
ただ、放し飼いにしたつもりもないから、脱走犬かな?

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