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はじまりはじまり。小さな冒険?

186、今度ね。

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「今度、ね」


ゼンナーシュタットは悪戯っぽく笑うと、しっぽをゆるゆると振りながら歩き始めた。


「うん。はやくゆるしてもらえるといいね」


隣を小走りになりながら、進みつつゼンナーシュタットの背をそーっと撫でる。
……ない。
あの見事な翼は、一時的な魔法か何かだったのかな?

まぁ、監獄を脱出した直後に見た、空飛ぶ巨大な猫というのも、なかなか不思議な生き物だったわけだけれど、ゼンナーシュタットは猫の姿しか取らないから、本当の姿がどんな形状の霊獣なのかわからないのよね。


「背中、どうかした?」

「はね、ないなーって」

「あるよ。しまってるだけ」


しまえちゃうんだ……今、触った感じでは背中にそれっぽい骨格とか感触はなかったよ。
それとも獣人のように組成自体を変えて、しまっているのだろうか?


「そうなんだ……」

「翼が気になるの?」

「うん、きれいだったなぁって。あと、とってもはやいんでしょう?」

「あぁ……歩くよりはずっと速いね……飛んでみたいの?」


真白な素敵な翼。いつか見せて欲しいな。
身体を支えるためなのか、風に乗るために広げられた翼は、絵本などでよく見るユニコーンの背の翼よりもアンバランスに感じるほどに大きく広げられていた。
陽の光を受けてきらきらと浮かび上がる翼は、神々しくも感じられたんだ。

でもね、気になっているのはそこじゃないので軽く首を横に振った。


「ね、ゼンははしるのも、はやい?」

「ん?どういう事?」

「えっと…ね『しのもり』から、かえってきたときにね……」


森での疾走のことを話す。
私はフレアに大事に抱えられての移動だったはずなのに、思いっきり酔っちゃったけどね。
私以外の、それこそ3歳児ようじのカイルザークですら、とんでもない速さで森を駆け抜けていった。
私以外……セシリアわたしは人族だからしょうがない。そう言ってしまえばそれまでなのだけれど、足手まといになってるのが悔しかった。


「それなりには……速いんじゃないかな?」

「いいなぁ……」


そういや猫の姿だった……猫なら少なくとも私よりは速いよね。
4足で行動する生き物に、スピードで勝てる気はしない。
……魔法を習い始めたら、真面目に飛行魔法を覚えたいな。
筋力で勝てなくても、魔力でならなんとか追いつけるんじゃなかろうか?

あ、飛行魔法って言うのは自分がふわーっと浮いて移動すると言うよりは、魔法の箒や絨毯に乗って移動するようなやつね!
自分だけが浮いて移動とか、魔力操作が高度すぎて明らかに無理だから!
うっかり手足が胴体とは逆の方向に飛んで行きそうだし、そんなスプラッタな危険は冒したくない。


「……乗って、みる?」


隣をひょこひょこと楽しげに歩いていたゼンナーシュタットがぴたりと止まると、なぜか目をきらきらさせて私を見ていた。
期待の眼差し?ってやつだよね?これ。
……ゼンナーシュタットは騎乗が出来るタイプの霊獣なのかな?


「いいの!?でも、重いよ?」

「問題ないよ。乗れる?」


そう言うと、香箱座りになってじっとされてしまった。
乗れってことなんだろうけど……良いのかな?良いよね?良いって事にしちゃおう!

よいしょ。と、少しよじ登りながら跨がるとゆっくりと視界が高くなっていく。
ゼンナーシュタットが立ち上がったようだった。


「これで、いい?ここ、つかんで、だいじょうぶ?いたくない?」

「大丈夫だよ…ちょっとくすぐったいけど。ちゃんと掴まっててね?」


くすぐったい?首の後ろ…真横かな?
襟毛の辺りを掴んでしまっているのだけれど、痛くないなら良いのかな?

そっと上体を起こすようにして恐る恐る周囲を見渡してみると、やっぱり視界が高い。
って、あれ……ゼンナーシュタットのサイズ自体が大きくなっているようだった。
ここまで大きくなっちゃうと、ずり落ちる心配なく、安心して座れる。


「ゼン、ありがとう。……ちょっとだけ、のってみたかったんだ」


巨大猫のサイズから、すでに大型犬をも通り過ぎて…えっと、熊かな?
あ、でも熊もサイズいろいろだよなぁ。馬よりは大きくないくらいって言ったら良いのかな?
乗馬のように乗るにしても、ゼンナーシュタットの背は私の体格にしては広すぎて、すでに乗馬の姿勢は取れなくて。
ただただしっかりと、ふわふわの襟毛を掴んで座っている状態になっていた。


「ふわふわで温かくて、ぜん、いいにおいがするね」

「あ…ちょっと、そこは…くすぐったい!」


しっかりと座っていられる状態に安心してしまって、改めてぼふり。と、前へ倒れ込んだ。
倒れ込んで両手を下へと伸ばして、ゼンナーシュタットの首へと伸ばす。
すると、びくりという反応をされたので、痛かったかな?と心配したのだけど、さっきと同じでくすぐったいだけのようだった。

猫って顎の下とか首回りを優しく触られると、目を細めて気持ちよさそうにうっとりするんだけどなぁ。
かなりくすぐったそうに身をよじられてしまったので、今度は耳の後ろと付け根あたりをさわさわと触ってみる。
ここも、猫は喜ぶんだけどね……それと柔らかい毛が密に生えていて、触り心地も抜群の場所なんだよ!

王宮の廊下を疾走していく…わけもなく、くすぐったさに身をよじりなから、半ば蛇行運転のようにふらふらと進んでいくゼンナーシュタット。


「んん~。さらさらできもちいい……」

「ちょ…うぅっ。くすぐったいってば…」


私はと言えば、ゼンナーシュタットの背にうつ伏せになるように倒れ込むように乗っているので、両手は自由。両足も……スカートの中身が見えるような位置に人がいなければ、自由。
という事で、どさくさに紛れてゼンナーシュタットのもふもふをここぞとばかりに堪能していた

ゼンナーシュタットが歩いていても、馬のように筋肉の動く気配は感じられないばかりか、毛足の長いふわっふわの被毛に体が少しだけ沈み込む。
そこはゼンナーシュタットの体温でほかほかで…幸せだった。


「ふわっふわぁ……」

「う…やめて……って、え?……セシリア?」


あまりにぽかぽかと幸せすぎて、意識が遠のいていく。
私の様子に気づいて、慌てたゼンナーシュタットの声が聞こえたような気がしたけど、朝まで寝ないで頑張った宿題も…無理が祟ってたって事だよね。
抗うまでもなく、あっさりと睡魔に負けてしまった。


「……ん~…」

「…えぇぇ…ちょっと…」

「すぅ……」

「……まぁいいか。頑張ったんだもんね」


あまりの眠さに、なんの反応も出来なかったけど、声だけは聞こえてたよ!
いっぱい頑張ったからね!


「今度は、僕も連れて行ってね」


優しく囁かれた言葉を耳が拾い、完全に意識が途切れた。

……今度はって聞こえたけど、『今度』は無い!絶対に無いからね?
そうそう誘拐事件起こされちゃたまりませんっ!



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