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はじまりはじまり。小さな冒険?
115、死因。
しおりを挟む隣に座っていたはずの風の乙女の姿が、焼き菓子の盛り合わせとともにいつの間にかに消えていた。
朝まで見回り続けるって言ってたし、上のゲートの安全確認へ行ってくれたのかな?
「それにしても……この卵、なんだろう?本当に記憶に無いんだけど…どうしよう」
「卵に見覚えは……本当に、ないのか?」
「ない。なんだろうこれ?」
ルークは酷くショックを受けたように目を見開いて、悲しげに視線を伏せてしまった。
本当に、全くもって、記憶にない。
でも、知らないといけない事なのだろうか?
なにか思い出せないかと、隣に置かれた卵に触れてみる……温かい。
卵は、ほんわかと内側から発光しているのかと見紛うほどに、白い。
魔物の氾濫があったあの日から、ずっと眠り続けているという時点で、精霊か聖獣……神獣と呼ばれるような種族の卵なのだとは思う。
いや、待って?『獣』ってつくから哺乳類みたいに、お母さんから生まれてくるんじゃないの?
卵で良いのか……?
(……あの夢でシシリーが助けようとしたのは、子供だったはずだ…卵は知らない)
あの子供は無事だったのだろうか?
どうしても思い出せず、助けを求めるようにルークを見ると、視線は伏せられたまま、言いにくそうにポツリと言葉を発した。
「あぁ……それは、まぁ……端的に言えば、シシリーの死因だ」
「死因って……」
まさかの死因!
……これ、起こしたら、また死んじゃうとかいうフラグじゃないよね?!
フレアを『どんな理由で縛りつけていた』のか……。
もしかして手に負えない魔物を封じた『封印』なのか。
もしくは守るために閉じ込めた『保護』なのか。
ざーっと寒気が背を駆け巡る。
(理由、聞いてないや…でも、起こしてあげてって言ってたし、害のあるモノじゃ無いよね?)
ていうか、1000年放置の時点で…起こしても恨まれてたりしない?
今回のタイミングでもなければ、下手すると2000年後とかにもなってたかも知れないわけで……。
「シシリーは、それを守るために、死んだらしい」
「らしいってのは?」
手が、寒くもないのに、かじかんでくる。
腕に震えが……ぞわり、と背にも寒気が襲ってくる。
(あ、これはヤバイかも……あぁ、でも知りたい!)
そう思っていると、膝の上で抱えていたユージアの、私に抱きつく腕にぎゅううっと力がこもった。
……3歳児に聞かせる話ではないのはわかっているのだけれど、どうしても気になる。
「……私が駆け付けた時には、卵と子供しか残されていなかった……遺体は確認できなかった」
「遺体が無いって?」
「無いんだ。ただ、目撃者はいた。シシリーは持てる全てを使ってその卵と子供を守ったらしい……それだけだ」
「全て……」
『全てを使う』……咄嗟に足りない魔力を補うために、自分の身体の一部を生贄のように捧げて魔力へと還元、使用するという事がある。
『大きな魔法を使った反動で、視力を失った』とか『普段は使えない魔法を必死に発動させたら、腕を失った』こういうものは無意識に行われてしまう事もあるのだけれど、流石に命どころか身体全てとなると……確実に本人の同意があってのことだと思う。
自殺同然の行動だ。
絶対にやってはいけないし、誰かがやらなくてはいけないような状況を作ってはいけない。
……それをやってしまったのなら、シシリーはどんな気持ちだったのだろうか?
せめて状況を知りたいと思ったのだけど……怖い。
身体が強張っていくのがわかった。
「その時に、精霊を縛り付けちゃってたのかな?」
「多分だが、シシリーの死の記憶が無いのは、自らの死を認識する前に、消滅したからなのでは……と思う」
「守らせたまま、それも忘れてたとか、ダメダメだね……フレア、ごめんね」
視界が一気に歪む。堪えようとしたのに、決壊したかのように止まらなくなる。
酷く緊張したときのように、呼吸が難しくなる……。
(あぁ、やっぱりダメか……怖いよね。いきなり死ぬ話とか。しかも脳内で覚えてるだけは再生されちゃうから……恐怖映像だよね)
精霊への罪悪感よりも自分の死への恐怖が止まらない。
怖い、怖い、怖い……。
「親父、ストップ。紋が痛い」
「わかった……」
ユージアが胸を掴むようにおさえている。
紋…奴隷紋の事だよね。
護衛契約がメインの奴隷紋の場合、雇い主の生命の危機に際して、奴隷門が反応して、主人のもとへ呼び寄せる、というのがあった気がするのだけど。
……生命の危機を感じるほどの、恐怖だったのだろうか。
まさか痛みで知らせるなんて……ユージアも痛かったんだね、ごめん。
謝らないと……と思ったら余計に涙が止まらなくなってしまった。
「ねぇ、多分だけど、離宮の屋根を吹き飛ばした時も、その辺りの怖い夢だったんじゃないかな?紋の痛み方が同じ感じだし」
「離宮で見た夢は……街で……魔物がいて、子供を助けようとする夢だったの。でもすごく、怖かった」
多分、あの夢は、ルークの説明してくれた、そのときの記憶の一部なんだろうね。
記憶としてははっきりと覚えていないのだけど。
目撃者がいたということは、いずれははっきりと理由を知る事ができるんだろうか?
……そして、シシリーが全てをかけてまで、守ろうとしたものは、ちゃんと守られたのか?
今は無理でも、いずれは知りたいです。
そう伝えたくて、ルークにお願いしようと思って……でも、呼吸でいっぱいいっぱいの口からは言葉が出てこなくて、そのまま泣き続けることになってしまった。
「……大切な話ではあるから、いずれまた……学園入学前くらいには、説明の場を作ろう」
「うん……お願い」
でも、ルークが先に言ってくれた。
ありがたい。
いずれは知りたい事、入学前だったら、落ち着いて聞けるようになれるかな?
「セシリアも辛そうだし、帰りの道も安全そうだし?明日の朝早いなら、さっさと寝ちゃおうよ。あとは食料持つだけでしょ?体調を整えておくのも大事だよ?」
相変わらず、胸を鷲掴みにしたままで、少し苦しそうに顔を歪ませつつ笑顔を作っているユージアを見て、ただただ申し訳なくて、余計に涙が止まらなくなる。
本当にごめん。
心配かけちゃって、ごめんね。
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