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はじまりはじまり。小さな冒険?
63、花の香。
しおりを挟む勧められた水は、ほのかにレモンの味がして、しっかり冷やされていて……これもお気に入りだった。
林檎をそのまま小さくした、サイズはさくらんぼの真っ赤な果実から作った酸味の強い……
クランベリージャム、これもお気に入り。
あれもこれもと、勧められるもの全てが懐かしくて。
主に学園内で食べていたシンプルな食事だけど、その習慣も調理法も、国ごと失われてしまった過去のものだったから、ここまでたくさん揃えられていると、あまりの懐かしさに、思わず涙がぽろりと零れた。
「懐かしいかい?」
私の涙に気づいたのか、琥珀色の双眸が一瞬驚いたように見開かれ、嬉しそうに目を細めて笑みを浮かべる。
「……からい」
ローストビーフのサンドイッチに入れられていた西洋山葵のせいにした。
……ルークの本日一番の残念顔が見れた気がする。ごめんね。
でも、なんか、セシリアがシシリーだと確信してるようだけど、確かにそうなんだけどさ、それを認めてしまったら、何か本当にやばそうな気がしたから。
「シシリー、はやく、思い出せると良いね……今から成長が楽しみでしょうがないよ」
私の髪をすきつつ、頭にキスを落とし、低く甘くうっとりと、しかし内緒話のように囁く。
お年頃な女の子であれば、ルークのその端正な顔立ちを間近に迫られたら、夢見心地にでもなるんだろうけど……私には、滅茶苦茶くすぐったい!
まだ3歳児ですからね?
ていうか、昔読んだことのある恋愛小説なんかの主人公とかなら、顔が真っ赤になったりするのかなぁ?
そもそもリアルでこんな体験することなんてなかったし、わかんないからね?
って、やっぱりダメだ…これはシシリーと認めたらやばいと思う。
どう考えても父様、母様や、セグシュ兄様のように、子供がただただ可愛くて愛でる意味でのキスや、愛情表現では無い、妙な熱を感じる。
(うーん、前前世、シシリーはルークに何かしてしまったのだろうか?)
何かされたような記憶はないし、そもそも、こんな扱いを受けた記憶もない。
前前世のシシリーは、セシリアほど美人じゃ無いし、家柄だなんだかんだと言う所では、そもそも孤児だった。
自分の出自なんて知らない。
大人になってそれなりの立場になると、何人もの知らない親戚が名乗りを上げてきたけど、そのどれも少し調べただけですぐわかるくらいに、私の本当の親族ではなかった。
シシリーの死因は…ん~記憶に無いけど、まぁこれもロクな死に方しなかった第一号だった気がする。
その場にルークはいなかったと思う。
(確か……ルークは、それよりもずっと前に学園から離れていたはずなんだけど)
あ、あれですよ進路の違いってやつです。
私はそのまま学園に残り、研究を続け教授職っていえば良いのかな、先生をやりつつ研究もやっている。そんな進路と生活を選んだ。
ルークはその類稀なる魔力と知識を見込まれて、今世で言う、私の父様と同じ役職についた。
ちょっと名称が違うけどね。
ただ、全く接点がなくなってしまったわけではなくて、今と同じで学園は国立だったし、ルークは国仕えの魔術師なので、挨拶程度で言えば王城で会うこともあった。
でも、学生時代が終わってしまえば、互いに特別な関係では無い限り、そういうものだよね。
「……お茶をどうぞ」
黙りこくってしまった私を覗き込むようにして、漆黒の艶髪がさらりと滑り降りてくる。
目の前ではいつもより赤みの強い紅茶が注がれていく。
レモンのスライスとお砂糖がふわりと現れて、カップに飛び込む。
お砂糖2個にレモンスライスは、紅茶で踊らせた後は、実の部分を絞って……。
絞られたレモンスライスが、ひょこりと小皿に着地した。
魔法のような光景というか、まんま魔法なんだけど、やっぱり見ていて楽しいから見惚れちゃう。
しかしだ、これは完全にシシリーの好きな飲み方ですね。
つまりこれ、ローズヒップティーだね。
ローズヒップティー自体が酸味のあるハーブティーなのだけど、さらにレモンの酸味を強く使ってお砂糖を入れると……ホットレモネードのような、幸せな味になるんです。
まぁ、甘酸っぱくて子供好きする味ではあるよ。
ローズヒップティーは…メアリローサ国でも手に入るのかな?
お取り寄せしたい勢いである。
(薔薇咲いてるし、実のなる品種を探して、お茶にする技術があれば作ることも可能か……なければ自分で作ってみようかしら)
「メアリローサ国では珍しいお茶なんだが、どうだい?」
「おいしい、でしゅ…」
「それは良かった!では後で少し持たせよう」
レモンをたっぷり加えたローズヒップティーは、いちごのような鮮やかな赤へと変化していた。
お茶というよりは何かのジュースのような色で、アイスで入れると本当にジュースみたいに見えるんだよ。
(残念。メアリローサ国には無いのか……)
ルークは相変わらず私の髪を優しくすきながら満面の笑みを浮かべている……んだけど、そろそろ脱出したい。
本当は、ルークと懐かしいお話もしたいし、シシリーの死亡後から今までにあったこととか、聞きたい。
他の友達のお話も…まぁ少しは聞きたい。
ルーク以上に長い付き合いになった友達は少ないけどね。
それと、私が研究していたモノ。
あれって私が死亡した後はどうなったのかなとか。
(まぁ、内容的に奪える類のものでは無いんだけど。むしろその研究結果をその後の技術へと利用されていけたのなら、嬉しいかな、とか)
……知りたいけど、すごく知りたいけど!今はやめておこう。
なにかが、強く危険だと鳴っている。
「るーくしゃま、おかしゃまのところにいきたいの」
ルークの膝から降りようとしたところ、するりと支えられるように元の位置に戻されてしまったので、お願いしてみる。
すると、膝の上で横座りから、正面に向きを直されて、ふわりと後ろ抱きにされる。
……体格差もあって、完全にすっぽりとおさまってしまう。
セグシュ兄様によくされてる座り方……なんだけど、これまた体格差かなぁ。
安定感が違うね!…じゃなくて、本当に周囲から完全に私の姿が隠されてしまうほどに、すっぽりとおさまる。
これってすごく温かくて、安心するんだよね。
セグシュ兄様によくされるんだけど、寝れる。
馬車の時とか、そこに程良い揺れも伴うので、もう、熟睡だったもんね。
でも、ルークのは熱い!というか、こそばゆい!
安心とは真逆に、警戒音が頭の中でがんがん鳴り響く。
聞こえる心音だって、そんなに変わらないのに。
(ぎ…ぎゃあー!くすぐったい!)
頭に軽く圧迫感があり、右耳に熱をもった呼気が降ってくる。
私の頭に頬をよせてるようなのだけど、私は絶賛、くすぐったさと格闘中である。
「……本当に、良い香りだ。呪いで抑えるのが…勿体無い……」
いつの間にやら、いつものぼそぼそ呟き会話に戻ってる……?
そう思いつつ、何とか脱出しようともがき始めると、ふわりと開放され、床に下ろされる。
「ありがとうございましゅ」
「……そうだね、独占しすぎてはいけないね。ではまた今度」
寂しげな笑みを浮かべるとぽつりと呟きを落とした。
「急く…必要も、無い……」
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