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はじまりはじまり。小さな冒険?

50、side ユージア おかえりなさい。

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******49話からのユージア視点となります******



ガレット公爵家が現在滞在している離宮には、到着した。
魔力切れもあるのだろうか、セシリアは馬車に乗った途端に寝てしまって、何度か声をかけてみたりはしたのだけど、全く起きる気配がない。

セシリアの身体は小さくて柔らかくて、幼児特有の高めの体温と普段使われている石鹸の香りだろうか、花のような甘い香りが仄かにあり、抱いていて心地良い。


「セリカ、セシリアをお願い」

「あ、このままベッドまで連れて行きます。これ……しがみつかれちゃってるし」


離宮に入ってすぐに、セシリアの専属メイドのセリカっていってたかな?が、俺の腕からセシリアを受け取ろうとしたのだけど、腕をしっかりと抱え込むように寝てしまっていて、渡すのは難しかった。
……できれば、もう少しこのままでいたかったし。


「あら…ふふっ。セシーったら、ずいぶんお気に入りなのねぇ。ユージアにはこの後すぐ、会ってほしい人がいるから可哀想だけど……ちょっとごめんなさいね」


セシリアに準備された部屋に着き、ベッドに降ろそうとしたのだけど、思っていたよりがっちりと強固にしがみつかれていて、離れてくれない。
大聖女様は俺の首元にすっと手を伸ばすと、ぼろぼろになってしまった魔術師団のローブを脱がしにかかる。

そう、セシリアはローブ越しに俺の腕にしがみついていたので、脱皮をするかのように、そーっとローブを脱ぎ、そのままそのローブでセシリアを包み込むようにして、ベッドに寝かし直す。
ベッドに寝かされたことに気づいたのか、姿勢が気に入らなかったのか、ぎゅーっとローブを強く抱き直すと、またすやすやと寝息をたて始めた。可愛い。

その様子を確認してから、大聖女はくるりと振り返ると、後ろにいた専属メイドのセリカに声をかけた。


「……少し席を外すわね。このあと、セシリアも晩餐会に出席の予定なの。先触れが来るまでは寝かしておいてあげてね」

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」

「さぁ、急ぎましょう」


大聖女が踵を返し退室していく。その様子を専属メイドのセリカが軽く会釈をして送り出す。
その後ろに続いて退室、の前に。


「……あの時は、ごめんなさい…言い訳になってしまうけど…」


セシリアを起こさないように、そっと声を抑えて専属メイドのセリカに謝罪をする。

この専属メイドセリカはガレット公爵家襲撃時、セシリアの側で一時も離れず、隙をついて攫うはずだった暗部が業を煮やして襲撃しても、武道の心得もあり最後まで抵抗していた。
複数の暗部からの攻撃を、セシリアを守りつつ防ぎ切るには流石に体力の限界がきたのか、隙を突かれ動きを封じられた上で、トドメを刺されそうになっているのに気づき、拘束させた。

俺は『殺すな』と命令されていたから。
まぁ、今考えるに『魔力の残滓が残るから切るな』っていう意味だったんだろうけど。


「……事情は聞いています。私はあなたのおかげで怪我もほとんどなかったし、セシリア様が無事ならいいです。今後はセシリア様を守るためにその力を使ってください」

「……ありがとう、それと、これからよろしくお願いします」


ぺこりとお辞儀をして、退室した。だって、これから同僚とまではいかないけど、一緒に働くことになるんだろうし。
部屋から出ると、大聖女様は廊下を進みながら真っ黒なワンピース姿?違うな。汚れてしまっていた治療院の白いローブを脱いで、新しいものと取り替えている最中だった。

「どうぞ」とメイドから俺の分も渡された。
同じく真っ白なローブ。これは防寒用なのかな?魔法の匂いはしなくて、少し厚手にできていた。


「外は寒いから…さぁ、急ぎましょう」


……まだ春になったばかりだから、日が傾き始めると一気に暗くなるし気温が下がる。
先程、離宮に着いた時には夕方くらいだったんだけど、今はもうかなり暗くなり始めてしまっていた。
離宮前に準備されていた馬車に乗り込むと、隣の席に座っていた大聖女様から「美味しいわよ」と、焼き菓子を渡される。


「さて、改めて言わせてね。……セシリアを助けてくれてありがとう。あなたも…長い間辛くて、いっぱい頑張ってきたと聞きました…もう無理はしないでね」

「まだ大丈夫ですから。それにセシリアに助けられたのは私の方です」


「もう…」という声とともに、頭をぐいっと引かれ、視界が塞がれる。
大聖女様に頭を抱え込むように抱きしめられていた。
……セシリアに似た甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。
片手で頭を抱え込まれ、もう片手で背をさすられているようだった。


「あなたのそれは『まだ我慢できる、の大丈夫』でしょう?そんなの大丈夫なんかじゃ無いから。セシリアから見たらユージアはお兄ちゃんかもしれないけど、あなただってまだまだ子供なんだからね。我慢しなくて良いのよ……今はまだ、ちょっと我が儘なくらいで良いのよ?」

「でも…!大聖…」

「子供の我が儘を叶えるのが、大人の仕事なの。辛いことも乗り越えられるように、手伝ってあげるのがお仕事なの。それを我慢されたら……悲しいわ。少しくらい甘えてちょうだい。…それと私はクロウディアよ」

「クロウディア、さま…」


──意外に、自分って涙脆かったんだなと思った。
セシリアがよく泣くから、あんな小さな身体のどこにあの水分が蓄えられているのかと思うくらい、ぽろぽろと涙を流れるのを見てて、不思議だったのだけど。
……俺の目からも出るんだね、涙。


「もう、無理に笑ったり、おどけたりしなくて良いの。辛かったら、辛いって泣いても良いの。嫌なことは嫌って言って良いの。やっと心の自由を取り戻せたんだから…ね?」


……そっか、好きにして良いんだ。
そう思ってしまった瞬間、急激に眼が熱を持ち、涙が次から次へと溢れ出す。

『籠』にいた仲間達……彼らをおいて俺だけ無駄に長く生き延びてしまった。
助けたくとも手段を知らずに、寄り添おうにも声をかけようにも、『服従の首輪』の呪縛から体は動かず、ただただ、失われていくもの達を眺めるだけだった日々。

あの時もこの時も……好きに動けたなら、また違った未来があったのかな……。


「これからいっぱい、思いっきり笑ったり、驚いたり、怒ったり。感情を楽しんでちょうだい。絶対に、無理しちゃダメよ……おかえりなさい、ユージア」


クロウディア様は涙が止まるまで、落ち着きを取り戻せるまで、ずっと優しく背をさすり続けてくれていた。

大聖女というよりは、お母さん、って感じだった。
……本当のお母さんには、もう会えないけど、会えたら同じように言ってもらえたのかな?

おかえりなさいって。


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