上 下
48 / 455
はじまりはじまり。小さな冒険?

48、帰ろう。

しおりを挟む



「ゆーじあも、ここにいたの?」

「……うん。ずっとね……僕だけ、耐性が高いのか死ななかったけど」


声は囁くように小さくなったのにもかかわらず近くなった事で、俯いているのだろうことがわかった。
今まで何があったのかなんて簡単に想像できるものではないし「辛かったよね」の一言で済むことでも絶対にないけど……こういう辛いことって、それでも、少しずつでも口に出して話してしまったほうが、良いのだと、スッキリするのだと確か、習った記憶がある。


「たしゅかって、よかった……ゆーじあ、いっぱい、がんばったね……」

「僕だけ……死ななくて。僕だけ……助かってしまってっ……!」


ぽたりと頭に雫が降ってくる。

泣いてるんだろうか?辛いよね…。
『隷属の首輪』に意識を支配された状態でも、その間の記憶はしっかり覚えているようだし「助けなかった自分を責める」という後悔はよくあるけど、ユージアの場合は「その場にいた」という記憶はあっても、自らの行動は制限されていたから……ただ、何も出来ずに失われていく命を眺めるような状態だったのかもしれない。

視界では、母様と治療院の人たちが懸命に2人の治療に当たっていた。
腕がたまに動いたり、何か会話しているようなそぶりが見えるので、状態はかなり良くなってきてるような気がする。


「後から来た子達も……!僕だけっ……」

「それでも、ゆーじあがぶじでよかったのよ」


一度感情が爆発してしまったら制御がきかないのか、頭上からとめどなく涙の雫が降り注ぐ。
ぎゅうっと抱きしめられていて、私からでは表情を伺い知ることは出来ないけれど、今はいっぱい泣いてしまったほうがいい。


「みんな、どんどんいなくなっ…て、いれ、かわっ…て…ぅ……」

「ねぇ、ゆーじあが、たしゅかったから、わたしもあのこたちも、たしゅかったのよ?」

「でもっ……!」

「ゆーじあはわるくないの。いっぱいがんばったから、いまがあるのよ」


言葉を続けることができなくなってしまったのか、声を殺すようにして泣いている。
……今すぐには無理でもいつか、その辛さを昇華させて行けますように。


「わたしには、ゆーじあがいてくれて、よかった……って、そういえば!」

「……へっ?」


ふと思い立ったように声を上げると、びっくりしたのか私を抱きしめていた腕が緩められた。
その隙をついて、くるりと向きを変えて座り直し、顔を見上げると……やっぱり泣いてた。
顔を真っ赤にして、目まで腫らして。
あどけなさの残る美少年が台無しですよ!

今は私の突飛な行動に、金色の瞳から未だ止まらない涙をぽろぽろとこぼしつつ、きょとんとしていたので、おもむろにユージアの脇腹付近に手を当てて、魔力を込めて呟く。

……今回は、母様と使った麻痺の解除の効果も入れて。

状態異常となると、本格的に光の魔法の領分となってしまう。
前前世むかしの私はあんまり得意ではなかったんだ。

攻撃魔法のように、魔法の効果そのものが目視できないから……ちゃんと出来てるかどうかがはっきりわからないんだよ。
それが怖いところでね、何か違う所に毒として作用するかもしれないと思うと、どうしても二の足を踏んでしまっていたんだ。

……それでも癒したいと思ったから。

平気な顔をしていても、毒がきかなかったと思っていても、身体の中で蓄積している何かはあると思うから、辛い気持ちも一緒に癒せることを願って、呟いた。


『いたいの、いたいの、とんでけー!』


私の呪文ことばを聞いて、泣き笑いのようにふっと笑いかけ……。


「飛んでけって、飛んで……きたっ…う…ぐぉ……」

「ぎゃー!くるしい!くるしいよっ!」


直後に治療の痛みがこみ上げてきたのか、全身に力が入り、縮こまりながらそのまま横倒しに転がる。
つまり抱き締められてた私も、力一杯抱き締められて……。


「……癒しの手ヒール、大聖女様に教えてもらってきたんじゃないの……?なんでセシリアのは激痛なの~……痛いよぉ~」

「きゃー」

「こらっ!逃げちゃダメ~!──至近距離で良い威力の攻撃魔法を打たれるくらい痛いんだからね?」


先ほどの絞り出すような声とは違って、脱力した泣き出しそうな声で苦情が来た。
……実際、泣いてるし。

そんなに痛いかなぁ…母様が癒す時は、みんなこういう反応しないのになぁ。


「……ていうか、痛いの痛いの飛んでけは、こんなに痛くなりません!」


ユージアの身体の痛みが落ち着いたのか、私を抱きしめる腕の力が緩んできたので、必死に抜け出そうとしていると、説教とともに転がったままで再度しっかり抱きしめ直されてしまった。


「……ふふっ。ユージア君の治療は……大丈夫そうね?2人とも、一緒に帰りましょう?」


なんとか抜け出そうとジタバタしていると、いつの間にやら側まできていた母様に、一部始終を見られていたのか、思わずこぼれてしまった笑みとともに声をかけられる。

気づいて周囲を見渡してみれば、治療を受けていた子達も安定したのか、すでに治療院へと搬送された後で、今、室内にいるのは治療院の人達より騎士団と魔術師団が増えてきていた。


「ぼ、私は…」

「あら『僕』でいいわよ。今ね、私の里帰り中なの。だからお城に帰ることになるんだけど、セシリアも王城のお泊まりは初めてなのよ。だからユージア君も一緒に来てくれると、セシリアも寂しくなくていいかなって思うの。行きましょう」


「きっと楽しいわよ」とにこりと笑うと、すたすたと歩き出していってしまう。

一仕事終えた母様が私に近づいてこないのは……一見冷たそうな印象かもしれないけど、違うからね。
家にいる時は何かあればすぐに「セシリアちゃん可愛いわぁ」と親バカ丸出しでたくさん抱きしめてくれる。

でもね、今は仕事後だから。
しっかり身を清めてからではないと、って決めてるんだ。
家族へ病気を持ち込まないためのルールだね。

今は私もだけど血みどろだし。
母様に至っては直接に治療を頑張ってたから、ね。


「じゃあ、お言葉に甘えて行こうか……って、あれ?おおっ?んんんっ?」


私を抱えたまま、立ち上がると、ぴょこぴょこ飛び跳ねたり、しゃがんだりしてみてる。
挙げ句の果てには私を「たかいたかい」するように持ち上げて……真上に放り投げた。


「ぎゃあ!」

「うん、キャッチ♡あれ~?なんかすごく身体が軽いんだよねぇ。なんだこれ?」


お姫様抱っこの要領で、軽々と受け止められた。
また投げられまいと必死にユージアの首にしがみつくと、耳元で優しい笑い声が聞こえた。


「セシリア、助けてくれて、本当にありがとう」


抱き上げる力が一瞬強くなって、顔を見上げると、その瞳に涙を湛えてはいたが、今までに見たことのない、屈託のなく晴れやかな笑顔があった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る

堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」 「お前を愛することはない」  デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。  彼は新興国である新獣人国の国王だ。  新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。  過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。  しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。  先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。  新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

断罪される1か月前に前世の記憶が蘇りました。

みちこ
ファンタジー
両親が亡くなり、家の存続と弟を立派に育てることを決意するけど、ストレスとプレッシャーが原因で高熱が出たことが切っ掛けで、自分が前世で好きだった小説の悪役令嬢に転生したと気が付くけど、小説とは色々と違うことに混乱する。 主人公は断罪から逃れることは出来るのか?

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

運命の番でも愛されなくて結構です

えみ
恋愛
30歳の誕生日を迎えた日、私は交通事故で死んでしまった。 ちょうどその日は、彼氏と最高の誕生日を迎える予定だったが…、車に轢かれる前に私が見たのは、彼氏が綺麗で若い女の子とキスしている姿だった。 今までの人生で浮気をされた回数は両手で数えるほど。男運がないと友達に言われ続けてもう30歳。 新しく生まれ変わったら、もう恋愛はしたくないと思ったけれど…、気が付いたら地下室の魔法陣の上に寝ていた。身体は死ぬ直前のまま、生まれ変わることなく、別の世界で30歳から再スタートすることになった。 と思ったら、この世界は魔法や獣人がいる世界で、「運命の番」というものもあるようで… 「運命の番」というものがあるのなら、浮気されることなく愛されると思っていた。 最後の恋愛だと思ってもう少し頑張ってみよう。 相手が誰であっても愛し愛される関係を築いていきたいと思っていた。 それなのに、まさか相手が…、年下ショタっ子王子!? これは犯罪になりませんか!? 心に傷がある臆病アラサー女子と、好きな子に素直になれないショタ王子のほのぼの恋愛ストーリー…の予定です。 難しい文章は書けませんので、頭からっぽにして読んでみてください。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...