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異世界巨大迷宮攻略大作戦:前編
part 3
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ガデリオン平原巨大迷宮に何者かが侵入した。
最下層にて玉座に座る、武藤ひろしの元にその情報が届けられた。
それを目を閉じ、頭の中に流れる情報として捉え、一瞬にして理解した。
そして、玉座から立ち上がると、各階層のしもべ達へと指示を出すのであった。
彼は元々は、地球の日本に暮らす高校生の引き篭もりであった。
毎日ゲームやネット閲覧に勤しみ、何日も太陽の光を浴びないという日々を送っていた。
彼は、自身の生きるこの世界に、自分自身に絶望していた。
そんなある日、彼は異世界へと転生する。
天性の瞬間までプレイしていたゲームのキャラクターとなって、異世界へと。
その原因はわからなかったが、彼は歓喜した。
この世界なら、きっと自分を受け入れ、希望をもたらしてくれると…
そして三年の月日が流れた。
彼は魔王となった。
この世界における、人類、魔族に次ぐ、第三の勢力となった。
侵入者…三人…それぞれ別の入り口から侵入…か…舐められたものだな。
彼の頭の中には、彼の生み出したこの巨大なダンジョンの見取り図が広がっていた。
そこに赤く光る点が三つ。
それらは地下の大広間からそれぞれ別々の入り口へと入り、そこから下へ下へと進んで行っていた。
このダンジョンには最下層への三つの侵入経路があり、そのどれもがこの世界のどんなダンジョンよりも難易度危険度が高く、そのサイズや距離も比較にならないほどに広く長い。
まさに、この世界における最恐のダンジョンであると言える。
そんなダンジョンに侵入者。
たったの三人、おまけにそれぞれが別々の入り口から入る。
これを見れば、大抵の者は恐れ知らずの馬鹿と笑うだろう。
しかし、武藤ひろしは油断しない。
この三人が、この世界における最強と歌われる存在…人類勢の剣聖や、魔族勢の魔王かもしれない。
なれば、油断と地震による驕りは命取りとなる。
彼は自分の失態で仲間を死なせるつもりは毛ほども無かった。
すぐにしもべに念話を繋げる。
それは、自身の最も信頼する、この世界へ転生した時からの親愛なる下僕であった。
『カサンドラ、侵入者だ。数は三人…それぞれ別々の入り口から侵入した』
『かしこまりました、ムトウ様』
これで、他のしもべへと連絡が届き、すぐにでも戦闘態勢に入るだろう。
侵入者がどこまでやれるのか…
武藤ひろし…ムトウはニヤリと笑い、玉座へと腰を下ろした。
久しぶりに、自分へは向かう愚か者と出会えた。
存分に、遊んでやろう。
ムトウの高笑いが、玉座の間に木霊した。
[ガデリオン平原巨大迷宮内 A区画:森林系ダンジョン『創世の世界樹』]
木々は風に揺れ、鳥が歌う。
虫は鳴き、川のせせらぎが聞こえてくる。
土と草と木と花の匂いが鼻をくすぐり、澄みきった空気に満ち溢れていた。
生命のエネルギーであたりが満たされていた。
ここは地下のダンジョンに広がる巨大な空間。
しかし、地上と変わりない太陽の光と森林が広がっていた。
これも全て、魔王ムトウの力によるものだった。
地上に存在したエルフの住処を丸ごと地下へと移し、その際ついでに周りの森を移動させたのだった。
空には人工的に魔法で作り出された太陽の光が、森を照らしていた。
そんな森を見下ろすかのように、巨大な、ビルよりも山よりも巨大な大樹が聳えていた。
これこそが、エルフ達や森に住む生き物達の神ともいうべき存在…『創世の世界樹』であった。
この世界樹が存在する限り、エルフや森に住む生き物達の魔力や身体能力は常に向上し、森全体に結界が張られ、ちょっとやそっとの火では木々は燃える事は無くなっていた。
彼女達は、ここを楽園と呼び、神のような力を持ったムトウに忠誠を誓っていた。
その忠誠は、自身の命よりも、世界樹よりも優先されるものであった。
「…了解しました、シズク様」
一人のエルフが世界樹を見上げながら、念話先の相手と会話をしていた。
彼女はツユ。
この区画を担当している支配者シズクの忠実なる部下である。
シズク直々に、彼女へと侵入者の侵入が伝えられた。
そしてすぐさま、ツユは配下へと伝達を行う。
「侵入者だ。数は一人…現在、侵入口を降りて世界樹の最上階から出てくるだろう。全員持ち場に入れ!」
そう念話によって伝達すると、森がざわめき、そこかしこで生物の気配がした。
徐々にざわめきが収まっていくと、あたりを静けさが包んだ。
緊迫した雰囲気が辺りを漂った。
「我らがムトウ様の住まいへと土足で踏み込んでくるとは…やはり地上の者達は愚かな連中ばかりのようだな」
ツユはそう呟き、自身の持ち場へと向かう。
その胸には、何人たりとも生きて返さぬという決意に満ちていた。
熱気
熱を含んだ風を感じた瞬間、ツユは世界樹の天辺、この空間の天井へと視線を向けていた。
天井と世界樹の最も高い枝が交わる部分。
そこから、真っ赤に光る液体のようなものが溢れ出ていた。
その液状の何かは、まるで世界樹を覆い尽くさんとする勢いで下へと進み、蠢いていた。
それは何なのか。
森に住むエルフには判断できないものであった。
いや、ツユは知っている。
過去にムトウが使った超位魔法に、似たようなものがあった。
火と土による複合魔法、『ガイア・イーター』
地を裂き、山が吠え、地上のありとあらゆるものを飲み込む獄炎を纏い、ドロドロに溶けた岩。
それを初めて目にした時、ツユは今まで味わった事の無い恐怖を感じた。
絶対に勝つ事のできない、厄災の姿。
ツユのムトウに対する忠誠心が強まったきっかけの一つでもあった。
いや、しかし今、世界樹を覆い隠し包み込もうとするそれは、その時見た溶けた石よりも、遥かに高い熱量とエネルギー、眩い輝きを放っていた。
それは、常に冷静なツユの思考を何十秒も奪う程の、圧倒的かつ圧巻の光景を生み出していた。
しかし、ツユはすぐに冷静さを取り戻した。
「空を飛べるものはすぐに状況を把握しにゆきなさい!残りの者は遠距離攻撃による迎撃準備!」
そうツユが叫ぶと、ライオンの体に鷲の頭と翼を持ったグリフォンと、妖精のような羽の生えたフェアリーエルフが上空へと飛び立った。
それを見上げているツユの側へと、誰かがやって来た。
地を駆ける巨大な狼に乗ったエルフの少女。
ツユの妹であるシグレであった。
「お姉ちゃん!」
「シグレね、あなたも直ぐに戦闘準備をなさい」
「勿論よ!…それでお姉ちゃん…あれは何なの…?」
「…前にムトウ様の魔法で似たようなのを見せてもらったことがあるわ…でもあれは、その魔法よりも何倍も強いものだわ」
「…!お、お姉ちゃん!せ、世界樹が燃えてる!?」
「!?」
ツユはシグレの言葉に驚いたように目を見開き、直ぐに世界樹へと視線を向けると、シグレの言った通り、世界樹の葉や枝に火がつき、燃えた部分が炭と化していた。
「常に木全体に魔力が通っている世界樹に火をつけるなんて…恐ろしいほどの魔力だわ…」
「ど、どうしよう!?」
「慌てないで!ここはシズ…」
気配!
上空から!!
ツユとシグレの乗った巨大な狼は直ぐにその場を飛び退いた。
二人と一匹が着地した頃には、先程まで立っていた場所に膨大な熱を含んだドロドロに溶けた岩…溶岩が降って来た。
その量は、二人と一匹を十分に包み込める程のものだった。
ツユ達が剣や弓を構え、警戒しながら溶岩の落ちた場所を睨んでいると、溶岩に動きがあった。
…正確には、溶岩の”内部”に動きがあった。
溶岩から腕が突き出された。
岩のような表面の黒い左腕が飛び出すと、もう一本の腕…左腕が突き出て来た。
そして、徐々にその腕の真ん中が盛り上がっていった。
角。
黒い肌。
光る目玉。
顔らしきものが現れると、徐々に溶岩の盛り上がりが大きくなっていった。
そこから出て来たものは体…半袖半ズボン姿…で、曲がっていた背を徐々に伸ばしながら、起き上がっていった。
完全に立ち上がると、それは首を回し、高温の息を吐いた。
そして一歩踏み出す。
ツユ達は警戒を最大限強め、構えながらそれが動くのを睨みながら見つめていた。
一歩、また一歩と踏み出してゆき、完全に溶岩から出てくると、それは目玉だけの顔でニヤリと笑った。
「おーおー、こんな美人のお出迎えをしてもらえるとわな…モテ期到来か~?」
それが喋り出し、意味のわからないことを話したが、それを無視してツユは怒鳴った。
「貴様!何者だ!ここを何処だと心得る!」
「んー?歓迎してるわけじゃあねえんだな…な、当たり前か」
それは手を組んで、指の骨を鳴らすと、ツユ達へ不敵な笑みを向けた。
「火山の悪魔、ヴォルケイノス。気軽にヴォルケって呼んでくれや」
「悪魔だと…?魔族勢の者か」
ツユがそう呟くと、悪魔は眉を顰めて首を傾げた。
「あん?魔族?んな連中とは俺はなんも関係ねえよ」
「では何の用でここへと足を踏み入れた?」
「そりゃあ言えねえな」
悪魔はヘラヘラ笑いながそう言うと、今度はこちらの番とばかりにツユを指差した。
「先に言っておくが、服従するってんなら殺さねえでおいてやる」
「服従だと…?笑わせるな!我等は魔王ムトウ様の忠実なるしもべ、あのお方の期待を裏切ることなどもってのほか!」
そう叫ぶと、ツユとシグレは魔力を高まらせる。
それを合図にしたかのように、周りの木々からに人影が飛び降りる。
そこには、大勢のエルフが敵意剥き出しで、体から魔力を立ち上らせた。
「貴様の首をムトウ様への手土産として献上してくれる!」
エルフ達の雄叫びが森中を駆け巡った。
その力の漲るエルフ達の叫びは、その場の空気と悪魔の体をビリビリと震わせた。
しかし、悪魔はその叫びを聞いてなお、そのにやけた笑顔が収まることはなかった。
「上等だ!せいぜい一瞬で終わんねえように頑張れよ!」
悪魔とエルフ、両者構え、一瞬の間ののち、両者一斉に力を解き放った。
「シズク様、ツユ達エルフ部隊が侵入者へと攻撃を開始しました。」
「わかりました、報告ありがとうございます…」
世界樹の内部、地面近くの部分に広い部屋が作られていた。
ここは、シズクの部屋でもあり、侵入者を迎え撃つための場所でもある。
世界樹の力をその前身に巡らせながら、シズクは思案していた。
「ここからでも感じる侵入者の禍々しさ…簡単にことが運ぶことはないでしょう…」
しかし、シズクはツユ達を、自身の部下達を心から信頼していた。
もし倒すことが叶わなかったとしても、最大限相手の情報を入手し、かつ森への被害を少なくしてくれるだろう…と。
だからこそ、彼女達のためにと、相手の情報を少しでも部下達へと伝えんとスキルを発動させた。
「スキル【森の神秘:鑑定】」
そのスキルは、自身の支配する森の中にいるものの情報を収集することができるもの。
森の中限定とは言え、通常の【鑑定】スキルよりも出力が高く、多くの情報を読み取ることができる。
それは、本来閲覧することのできない、対象の過去の記憶すらも読み取ることができた。
彼女はこの力を使い、アマタの強敵を打ち破ってきたのだった。
(対象を選択…見えてきたわ…これがそうね)
目を閉じたシズクの頭の中には、一触即発の雰囲気を醸し出すエルフ達の姿と、そんなエルフ達に囲まれた一人に人影の姿が現れた。
(人の頭の中を覗き見るなんてあまり行儀の良いことではないけれど、これをムトウ様の、私達のため…悪く思わないでちょうだいね)
ツノの生えた人影へと意識を向け、スキルを発動し、記憶の中へと介入した。
暗闇
暗闇
暗闇
目玉
目玉、目玉、目玉
目玉、目玉、目玉、目玉、目玉
目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉…
シルクハットと杖
『マナーがなってないぞ?お嬢さん』
脳みそを鷲掴みにされる
急激に意識が覚醒していく。
頭の中がめちゃくちゃにかき乱され、頭を割れたのかというくらいに、頭痛が頭の中に響いた。
「こ…これは…記憶への侵入を阻害された…!?その上…わ、私の記憶を…読み取られた…!?」
これは、一体どんなスキルを…魔法を使ったのか…
いや、こんなことができる力など聞いたこともない!
私は…私達は…一体何を相手に戦おうとしているの…?
意識の戻ったシズクの頭の中を、恐怖が支配した。
「人様の頭ん中覗こうなんて、手癖の悪い女だ」
ディメがそう呟いたのを耳にして、マァゴが不思議そうにその顔を見上げた。
「どうしたの?」
「いや、どうやら相手もなかなか手練れのようだ…あいつらには間違っても油断なんてしてもらいたくないね」
「そんなに強い相手なの?」
「まさか、あいつらに限って負ける事は無いよ」
「俺達は常に絶対的強者なんだからな」
最下層にて玉座に座る、武藤ひろしの元にその情報が届けられた。
それを目を閉じ、頭の中に流れる情報として捉え、一瞬にして理解した。
そして、玉座から立ち上がると、各階層のしもべ達へと指示を出すのであった。
彼は元々は、地球の日本に暮らす高校生の引き篭もりであった。
毎日ゲームやネット閲覧に勤しみ、何日も太陽の光を浴びないという日々を送っていた。
彼は、自身の生きるこの世界に、自分自身に絶望していた。
そんなある日、彼は異世界へと転生する。
天性の瞬間までプレイしていたゲームのキャラクターとなって、異世界へと。
その原因はわからなかったが、彼は歓喜した。
この世界なら、きっと自分を受け入れ、希望をもたらしてくれると…
そして三年の月日が流れた。
彼は魔王となった。
この世界における、人類、魔族に次ぐ、第三の勢力となった。
侵入者…三人…それぞれ別の入り口から侵入…か…舐められたものだな。
彼の頭の中には、彼の生み出したこの巨大なダンジョンの見取り図が広がっていた。
そこに赤く光る点が三つ。
それらは地下の大広間からそれぞれ別々の入り口へと入り、そこから下へ下へと進んで行っていた。
このダンジョンには最下層への三つの侵入経路があり、そのどれもがこの世界のどんなダンジョンよりも難易度危険度が高く、そのサイズや距離も比較にならないほどに広く長い。
まさに、この世界における最恐のダンジョンであると言える。
そんなダンジョンに侵入者。
たったの三人、おまけにそれぞれが別々の入り口から入る。
これを見れば、大抵の者は恐れ知らずの馬鹿と笑うだろう。
しかし、武藤ひろしは油断しない。
この三人が、この世界における最強と歌われる存在…人類勢の剣聖や、魔族勢の魔王かもしれない。
なれば、油断と地震による驕りは命取りとなる。
彼は自分の失態で仲間を死なせるつもりは毛ほども無かった。
すぐにしもべに念話を繋げる。
それは、自身の最も信頼する、この世界へ転生した時からの親愛なる下僕であった。
『カサンドラ、侵入者だ。数は三人…それぞれ別々の入り口から侵入した』
『かしこまりました、ムトウ様』
これで、他のしもべへと連絡が届き、すぐにでも戦闘態勢に入るだろう。
侵入者がどこまでやれるのか…
武藤ひろし…ムトウはニヤリと笑い、玉座へと腰を下ろした。
久しぶりに、自分へは向かう愚か者と出会えた。
存分に、遊んでやろう。
ムトウの高笑いが、玉座の間に木霊した。
[ガデリオン平原巨大迷宮内 A区画:森林系ダンジョン『創世の世界樹』]
木々は風に揺れ、鳥が歌う。
虫は鳴き、川のせせらぎが聞こえてくる。
土と草と木と花の匂いが鼻をくすぐり、澄みきった空気に満ち溢れていた。
生命のエネルギーであたりが満たされていた。
ここは地下のダンジョンに広がる巨大な空間。
しかし、地上と変わりない太陽の光と森林が広がっていた。
これも全て、魔王ムトウの力によるものだった。
地上に存在したエルフの住処を丸ごと地下へと移し、その際ついでに周りの森を移動させたのだった。
空には人工的に魔法で作り出された太陽の光が、森を照らしていた。
そんな森を見下ろすかのように、巨大な、ビルよりも山よりも巨大な大樹が聳えていた。
これこそが、エルフ達や森に住む生き物達の神ともいうべき存在…『創世の世界樹』であった。
この世界樹が存在する限り、エルフや森に住む生き物達の魔力や身体能力は常に向上し、森全体に結界が張られ、ちょっとやそっとの火では木々は燃える事は無くなっていた。
彼女達は、ここを楽園と呼び、神のような力を持ったムトウに忠誠を誓っていた。
その忠誠は、自身の命よりも、世界樹よりも優先されるものであった。
「…了解しました、シズク様」
一人のエルフが世界樹を見上げながら、念話先の相手と会話をしていた。
彼女はツユ。
この区画を担当している支配者シズクの忠実なる部下である。
シズク直々に、彼女へと侵入者の侵入が伝えられた。
そしてすぐさま、ツユは配下へと伝達を行う。
「侵入者だ。数は一人…現在、侵入口を降りて世界樹の最上階から出てくるだろう。全員持ち場に入れ!」
そう念話によって伝達すると、森がざわめき、そこかしこで生物の気配がした。
徐々にざわめきが収まっていくと、あたりを静けさが包んだ。
緊迫した雰囲気が辺りを漂った。
「我らがムトウ様の住まいへと土足で踏み込んでくるとは…やはり地上の者達は愚かな連中ばかりのようだな」
ツユはそう呟き、自身の持ち場へと向かう。
その胸には、何人たりとも生きて返さぬという決意に満ちていた。
熱気
熱を含んだ風を感じた瞬間、ツユは世界樹の天辺、この空間の天井へと視線を向けていた。
天井と世界樹の最も高い枝が交わる部分。
そこから、真っ赤に光る液体のようなものが溢れ出ていた。
その液状の何かは、まるで世界樹を覆い尽くさんとする勢いで下へと進み、蠢いていた。
それは何なのか。
森に住むエルフには判断できないものであった。
いや、ツユは知っている。
過去にムトウが使った超位魔法に、似たようなものがあった。
火と土による複合魔法、『ガイア・イーター』
地を裂き、山が吠え、地上のありとあらゆるものを飲み込む獄炎を纏い、ドロドロに溶けた岩。
それを初めて目にした時、ツユは今まで味わった事の無い恐怖を感じた。
絶対に勝つ事のできない、厄災の姿。
ツユのムトウに対する忠誠心が強まったきっかけの一つでもあった。
いや、しかし今、世界樹を覆い隠し包み込もうとするそれは、その時見た溶けた石よりも、遥かに高い熱量とエネルギー、眩い輝きを放っていた。
それは、常に冷静なツユの思考を何十秒も奪う程の、圧倒的かつ圧巻の光景を生み出していた。
しかし、ツユはすぐに冷静さを取り戻した。
「空を飛べるものはすぐに状況を把握しにゆきなさい!残りの者は遠距離攻撃による迎撃準備!」
そうツユが叫ぶと、ライオンの体に鷲の頭と翼を持ったグリフォンと、妖精のような羽の生えたフェアリーエルフが上空へと飛び立った。
それを見上げているツユの側へと、誰かがやって来た。
地を駆ける巨大な狼に乗ったエルフの少女。
ツユの妹であるシグレであった。
「お姉ちゃん!」
「シグレね、あなたも直ぐに戦闘準備をなさい」
「勿論よ!…それでお姉ちゃん…あれは何なの…?」
「…前にムトウ様の魔法で似たようなのを見せてもらったことがあるわ…でもあれは、その魔法よりも何倍も強いものだわ」
「…!お、お姉ちゃん!せ、世界樹が燃えてる!?」
「!?」
ツユはシグレの言葉に驚いたように目を見開き、直ぐに世界樹へと視線を向けると、シグレの言った通り、世界樹の葉や枝に火がつき、燃えた部分が炭と化していた。
「常に木全体に魔力が通っている世界樹に火をつけるなんて…恐ろしいほどの魔力だわ…」
「ど、どうしよう!?」
「慌てないで!ここはシズ…」
気配!
上空から!!
ツユとシグレの乗った巨大な狼は直ぐにその場を飛び退いた。
二人と一匹が着地した頃には、先程まで立っていた場所に膨大な熱を含んだドロドロに溶けた岩…溶岩が降って来た。
その量は、二人と一匹を十分に包み込める程のものだった。
ツユ達が剣や弓を構え、警戒しながら溶岩の落ちた場所を睨んでいると、溶岩に動きがあった。
…正確には、溶岩の”内部”に動きがあった。
溶岩から腕が突き出された。
岩のような表面の黒い左腕が飛び出すと、もう一本の腕…左腕が突き出て来た。
そして、徐々にその腕の真ん中が盛り上がっていった。
角。
黒い肌。
光る目玉。
顔らしきものが現れると、徐々に溶岩の盛り上がりが大きくなっていった。
そこから出て来たものは体…半袖半ズボン姿…で、曲がっていた背を徐々に伸ばしながら、起き上がっていった。
完全に立ち上がると、それは首を回し、高温の息を吐いた。
そして一歩踏み出す。
ツユ達は警戒を最大限強め、構えながらそれが動くのを睨みながら見つめていた。
一歩、また一歩と踏み出してゆき、完全に溶岩から出てくると、それは目玉だけの顔でニヤリと笑った。
「おーおー、こんな美人のお出迎えをしてもらえるとわな…モテ期到来か~?」
それが喋り出し、意味のわからないことを話したが、それを無視してツユは怒鳴った。
「貴様!何者だ!ここを何処だと心得る!」
「んー?歓迎してるわけじゃあねえんだな…な、当たり前か」
それは手を組んで、指の骨を鳴らすと、ツユ達へ不敵な笑みを向けた。
「火山の悪魔、ヴォルケイノス。気軽にヴォルケって呼んでくれや」
「悪魔だと…?魔族勢の者か」
ツユがそう呟くと、悪魔は眉を顰めて首を傾げた。
「あん?魔族?んな連中とは俺はなんも関係ねえよ」
「では何の用でここへと足を踏み入れた?」
「そりゃあ言えねえな」
悪魔はヘラヘラ笑いながそう言うと、今度はこちらの番とばかりにツユを指差した。
「先に言っておくが、服従するってんなら殺さねえでおいてやる」
「服従だと…?笑わせるな!我等は魔王ムトウ様の忠実なるしもべ、あのお方の期待を裏切ることなどもってのほか!」
そう叫ぶと、ツユとシグレは魔力を高まらせる。
それを合図にしたかのように、周りの木々からに人影が飛び降りる。
そこには、大勢のエルフが敵意剥き出しで、体から魔力を立ち上らせた。
「貴様の首をムトウ様への手土産として献上してくれる!」
エルフ達の雄叫びが森中を駆け巡った。
その力の漲るエルフ達の叫びは、その場の空気と悪魔の体をビリビリと震わせた。
しかし、悪魔はその叫びを聞いてなお、そのにやけた笑顔が収まることはなかった。
「上等だ!せいぜい一瞬で終わんねえように頑張れよ!」
悪魔とエルフ、両者構え、一瞬の間ののち、両者一斉に力を解き放った。
「シズク様、ツユ達エルフ部隊が侵入者へと攻撃を開始しました。」
「わかりました、報告ありがとうございます…」
世界樹の内部、地面近くの部分に広い部屋が作られていた。
ここは、シズクの部屋でもあり、侵入者を迎え撃つための場所でもある。
世界樹の力をその前身に巡らせながら、シズクは思案していた。
「ここからでも感じる侵入者の禍々しさ…簡単にことが運ぶことはないでしょう…」
しかし、シズクはツユ達を、自身の部下達を心から信頼していた。
もし倒すことが叶わなかったとしても、最大限相手の情報を入手し、かつ森への被害を少なくしてくれるだろう…と。
だからこそ、彼女達のためにと、相手の情報を少しでも部下達へと伝えんとスキルを発動させた。
「スキル【森の神秘:鑑定】」
そのスキルは、自身の支配する森の中にいるものの情報を収集することができるもの。
森の中限定とは言え、通常の【鑑定】スキルよりも出力が高く、多くの情報を読み取ることができる。
それは、本来閲覧することのできない、対象の過去の記憶すらも読み取ることができた。
彼女はこの力を使い、アマタの強敵を打ち破ってきたのだった。
(対象を選択…見えてきたわ…これがそうね)
目を閉じたシズクの頭の中には、一触即発の雰囲気を醸し出すエルフ達の姿と、そんなエルフ達に囲まれた一人に人影の姿が現れた。
(人の頭の中を覗き見るなんてあまり行儀の良いことではないけれど、これをムトウ様の、私達のため…悪く思わないでちょうだいね)
ツノの生えた人影へと意識を向け、スキルを発動し、記憶の中へと介入した。
暗闇
暗闇
暗闇
目玉
目玉、目玉、目玉
目玉、目玉、目玉、目玉、目玉
目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉…
シルクハットと杖
『マナーがなってないぞ?お嬢さん』
脳みそを鷲掴みにされる
急激に意識が覚醒していく。
頭の中がめちゃくちゃにかき乱され、頭を割れたのかというくらいに、頭痛が頭の中に響いた。
「こ…これは…記憶への侵入を阻害された…!?その上…わ、私の記憶を…読み取られた…!?」
これは、一体どんなスキルを…魔法を使ったのか…
いや、こんなことができる力など聞いたこともない!
私は…私達は…一体何を相手に戦おうとしているの…?
意識の戻ったシズクの頭の中を、恐怖が支配した。
「人様の頭ん中覗こうなんて、手癖の悪い女だ」
ディメがそう呟いたのを耳にして、マァゴが不思議そうにその顔を見上げた。
「どうしたの?」
「いや、どうやら相手もなかなか手練れのようだ…あいつらには間違っても油断なんてしてもらいたくないね」
「そんなに強い相手なの?」
「まさか、あいつらに限って負ける事は無いよ」
「俺達は常に絶対的強者なんだからな」
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