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白き獣の少女
白き獣の少女 1
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「かんぱーい!」
ガラスのコップが打ち合わされ、チンッという音が部屋の中に響いた。
それはさながら勝利のファンファーレのようであった。
ともすれば、ここにいる者達は勝利の凱旋をした英雄となるのか。
しかし、その英雄たる者達の姿は皆一様に不気味なものだった。
ある者は三つの目玉だけしかない頭で喋り、ある者は大きな目玉の頭でコップに入った酒を飲み、またある者はトゲの生えた鉄球の手で唐揚げを食べていた。
一体どうやってそんな手でコップを掴んで、一体どうやって口の無い顔で酒を飲み飯を食らっているのかは不明だが、多様な姿をした人外達が、宴会を開いていた。
ここはとある悪魔の住まい。
温かい色の照明、こだわりの家具、隅々まで掃除され、塵一つ無いかのようだった。
誰もが妄想するような機能的かつデザイン性に優れた、理想的な住まいである。
そんな家の広いリビングルームにて、何十人とまではいかないが、それでも多くの悪魔達が集まって、背の低いテーブルを囲んであぐらをかいて座っていた。
リビングに入りきらない者は、すぐ隣のキッチン…カウンターのようにリビングの様子がわかる窓が空いている…でリビングにいる者達と同じように食べては飲んでいた。
そうした集団の中の一人…白いコートとズボン、緑色のとんがり帽子をかぶった目玉頭の人外が、コップを掲げて喋り出した。
「ぎゃははは!!神の連中のあの顔を見たか!?抱腹絶倒もんだぜ!」
それに同調するようにして、隣に座る別の人外が口を開いた。
「まったくだ!あんな連中が神だなんて、今日はエイプリリングフールかっての!」
「それを言うなら、エイプリルフール」
別の人外が発言の間違いを正すが、言われた人外は特に気を悪くすることも無く、手に持ったコップの中身を飲み干した。
「どっちでも一緒だろ!」
「そうだな!エイプリリリングでも一緒だな!」
「リが一個増えてるぞ」
重ねて訂正されたが、間違えた人外はもはや気にしておらず、聞いてもいなかった。
彼らは仕事を終えて、その”お疲れ会”なるものを開いて飲み明かそうとしていた。
仕事にいなかった者も、仕事の時にはいたがこの会に参加していない者もいたが、そんなこと御構い無しに飲めや歌えやの騒がしい宴会だった。
自身の武勇伝を話し、殺した相手の死に様を思い出してはゲラゲラと笑った。
そうして酒が進み、酔いが加速しどんちゃん騒ぎが大きくなっていく。
皆一様に笑い食い飲み、この瞬間を思い思いに楽しんでいた。
彼らは悪魔である。
しかし彼らの出身は地獄でもなければ魔界でも無く、そもそも地球生まれですらこの場においては少数だった。
では、彼らの多くはどこからやってきたのか。
それは、異世界である。
では、異世界からどうやってこの場に集まっているのか。
それにはある悪魔の力が関係している。
その者こそ、次元の悪魔ディメ・ディメンション。
彼ら悪魔を形式上のまとめ上げるリーダーであった。
酒を飲んでいた悪魔の一人が、ふと口にした。
「そういやあ、ディメのやつはどうしたんだ?さっきから姿が見えねえが?」
すると、とんがり帽をかぶった目玉頭の悪魔がコップ片手に答えた。
「ああ、あいつなら近くのコンビニに買い出しに行ってるぜ?」
「雨が降ってるのにか?」
「あいつはたまに雨ん中出歩くことがあるからな」
「ふーん…変なの」
質問した悪魔がそう言うと、目玉の悪魔はそれに同意するように大きく頷いた。
「まったくだ。おまけにあいつにゃおかしな趣味があるからな…」
「何々!?どんな趣味どんな趣味!?」
周りの悪魔達が身を乗り出してきた。
キッチンにいた悪魔達もリビングへとやかましい足音を立てて入って来た。
悪魔の面々は、興味津々といった様子で目玉頭を見つめた。
目玉頭はやれやれ…といった様子でコップをテーブルに置いて、コートの内側からタバコとライターを取り出すと、タバコを一本目玉の下瞼部分にあてて、火をつけた。
何故かタバコが目玉で加えることができるのかは甚だ疑問だが、この場でそれを機にするものは一人としていなかった。
目玉頭は煙を一息吐くと、片膝を立ててそこに腕を置いて喋り出した。
「あいつな、しょっちゅう…」
ガチャリ…
玄関の方から扉の開く音がした。
悪魔達は顔を見合わせた。
「あーあ…当の本人が帰ってきたんじゃあ、その話は聞けないな…」
「なんだよ、残念だなあ…」
悪魔達は残念そうに自分の座っていた席に戻るが、目玉頭は待て待てと、話を続けた。
「俺としては治して欲しい趣味なんでね。こうしてお前らに話せば多少は治してくれるかもしれねえ」
そう目玉頭が言うと、席に戻りかけた悪魔達は再び目玉頭の周りへと集まった。
酒を飲み、飯を食いながら集まるその様は、正に他人の噂を酒の肴にしようとする様だった。
そうこうしているうちに、徐々に足音がリビングへと近づいていった。
玄関を出て廊下を歩いているようだ。
その足音は真っ直ぐにリビングへと向かっていた。
その足音を聞いていた悪魔のうち、特に耳の良い悪魔が一人、その足音に違和感を抱いた。
(…ディメの足音にしては、いつもより足音が重い…何か大荷物でも運んでいるのか…?)
「それでな、あいつはよく…」
その疑問を遮るようにして、目玉頭が話し出した。
話し出すのと同時に、リビングのドアが開かれた。
「ただいま帰ったよ」
「おかえりー!」
一人の悪魔が元気よく返事をした。
と、その悪魔の三つの目が大きく見開かれ、一点を見つめたまま固まってしまった。
その様子に、他の悪魔達も不思議に思い、視線を上げた。
すると、返事をした悪魔と同じように固まってしまった。
最後残ったのは、目玉頭の悪魔だった。
嬉々として話していたが、周りから相槌やリアクションがないことを不審に思い、顔を上げる。
周りの悪魔が邪魔でその視線の先が見えなかったので、億劫に思いながらも立ち上がった。
そしてリビングの扉へと目を向けて、周りと同様固まった。
その視線の先にいるのは、悪魔達の予想通りだった。
真っ黒な肌に白いシャツと黒いベストを着て黒いズボンを履いており、頭にはこれまた黒いシルクハットをかぶっていた。
シルクハットをかぶった頭には、大きな一つ目が顔の中心に闇夜の月のように白く輝いていた。
その血のような赤黒い瞳は悪魔達を眺めていた。
彼こそは、次元の悪魔ディメ・ディメンション。
悪魔たちをまとめるリーダー的存在である。
しかし、彼は悪魔たちから見ても何を考えているか分からない不気味な男であり、慕うことはなかったが、それでも仲間であることはまず間違い無かった。
そんな悪魔が優しげであり、見られると背筋がゾワりとて緊張しそうな目で笑っていた。
しかし、悪魔たちが最も目を惹いたのはそんな笑顔ではなく、ディメがその腕に抱いていたものであった。
それは生物であった。
悪魔達が最初見たときは、犬か猫のような動物かと思った。
しかしその考えはすぐに払拭される。
それは明らかに犬猫よりも大きかったのだ。
では、大型犬や大型の動物ではないかと思った。
しかしその考えもすぐに打ち砕かれる。
それはボロボロの服を着ていた。
それだけではない。
明らかに人と同じ体のつくりをしていた。
二足で歩けるような体の構造をしていた。
サイズからしてそれはどうやら子供のようであった。
では、それは人間だったのか?
否。
体を真っ白な毛で覆われ、犬か狼のような尖った大きな耳が、頭と思われる部位の真っ白な髪の生えた頭から生えていた。
顔は人間のような顔の作りではなく、人と何かの動物を混ぜたかのような、犬系の獣人のような顔だった。
足も犬や猫のような後ろ足を人間サイズにしたかのようなものだった。
では獣人であるか?
それも怪しい。
確かに一目見たときは獣人だと悪魔達は思ったが、だとするとおかしい点が出てきた。
それの腕の肘から先がトカゲのような焦げ茶色の鱗に覆われ、手からは黒く鋭い爪が生えていたのだ。
臀部(尻)から生える尻尾も、トカゲのような先に行くにつれて細長くなるものだったが、その全てが毛で覆われていた。
では、それは一体なんなのか?
…それは誰も答えを導き出せなかった。
そうして皆が一様に黙ってそれを見つめていると、ディメは不思議そうに悪魔達を見回した。
そうして口は無いが、口を開いて喋り出した。
「ん?どうしたお前ら?俺の顔に何かついてるか?」
ディメがそう話すと、目玉頭の悪魔がプルプルと震えながら、ディメの持つ白い生き物を指差しながら言った。
「お…おい…お前が持ってる、それはなんだ…?」
目玉の頭全体を使って睨んでいるその様子から、どうやら彼は怒っているようであった。
ディメはそんな目玉頭の様子を気にする様子もなく、あっけらかんと言った。
「これか?買い出しの帰りに拾った。どうやら行き倒れみたいでな」
そう言ってディメは腕に抱えた白い毛皮の子供の顔を覗き込んだ。
ディメの言う通り、子供は目を閉じてすうすうと寝息を立てていた。
その様子を見ていた悪魔達は、ふと自分たちの背後で急速に魔力が高まるのを感じて、一斉に振り返った。
そこには、怒りのオーラを立ち上らせながら震えている、目玉頭の悪魔の姿があった。
その様子に危機感を覚えた悪魔一同は、蜘蛛の子を散らすようにして一斉にその場から飛び退いた。
瞬間、目玉頭の体を覆う魔力が爆発した。
「テェンメェェェエエエエエエエエエエエ!!!またかこのやろがああああああああああああああああああああああ!!!」
その爆風に悪魔達やテーブルに乗った料理や食器、他にも目玉頭の周りにあったものがことごとく吹き飛ばされた。
爆音や爆風が収まって、徐々に注を待った埃が落ち着いてくると、爆心地の中心にて喚き散らす目玉頭の姿があった。
地団駄を踏み、腕をブンブンと振り回し、頭を掻きむしっていた。
その様子からも、どれだけ怒っているかが容易に想像できた。
まさに、”ブチ切れ”ていた。
そんな中、ディメだけは平然と立っており、片腕で子供を抱え、もう片方の腕で自分と子供の体についた埃を払っていた。
ディメが埃を払い終えるのと、目玉頭の怒りが少し落ち着くのがほぼ同時であった。
目玉頭はディメを睨みつけ、ディメは目玉頭を感情の読み取れない目で見ていた。
周りの悪魔達は、二人のやりとりを固唾をのんで見守っていた。
目玉頭は頭上に腕を上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
そして、指先をディメへと向けた。
「いい加減にしろ!テメェのそのクソみてえな趣味にはうんっざりしてんだ!」
叫ぶ目玉頭を見ながら、ディメはキョトンとした表情を浮かべた。
まるで、自分がどうして怒鳴られているのか分からないといった様子だった。
「いい加減そんなガキを拾ってくんじゃねえ!これで何人目だ!?あ゛あ゛ん!?」
目玉男が地団駄を踏み、怒鳴り散らした。
その様子を眺めながら、ディメは何か言おうとした。
しかし、何かに反応して腕に抱える子供へと視線を向けた。
「うう…」
子供が声を出した。
それを合図に徐々に瞼が開かれてゆく。
それを見て、目玉男も怒鳴るのをやめた。
子供の目が半分ほど開かれ、寝ぼけたように首を動かして辺りを見回した。
「こ…ここは…わ、わたしは…」
子供がか細い声を口にした。
何かに怯えるように辺りを見回した後、自分が誰かに抱えられていることに気がついたようで、自分を抱える腕から肩、体に首と徐々に上へと視線を上げてゆき、自分の顔を覗き込む大きな一つ目と目が合った。
その一つ目はニヤリと笑うと、その一つ目のある真っ黒な顔から声がした。
「やあ、気がついたかい?」
目でその顔を見て、耳でその声を聞いた瞬間、子供はそのままコテンッ、と首から力が抜けてしまった。
…どうやら気絶してしまった様で、いくらディメが声をかけても目を覚まさなかった。
ディメは顔を上げて、周りでその様子を見守っていた悪魔達を見渡した。
一通り見回した後、一言だけ、漏らした。
「…どうしよう…?」
その言葉を聞いた瞬間、この場にいた悪魔全員がずっこけたのだった。
ガラスのコップが打ち合わされ、チンッという音が部屋の中に響いた。
それはさながら勝利のファンファーレのようであった。
ともすれば、ここにいる者達は勝利の凱旋をした英雄となるのか。
しかし、その英雄たる者達の姿は皆一様に不気味なものだった。
ある者は三つの目玉だけしかない頭で喋り、ある者は大きな目玉の頭でコップに入った酒を飲み、またある者はトゲの生えた鉄球の手で唐揚げを食べていた。
一体どうやってそんな手でコップを掴んで、一体どうやって口の無い顔で酒を飲み飯を食らっているのかは不明だが、多様な姿をした人外達が、宴会を開いていた。
ここはとある悪魔の住まい。
温かい色の照明、こだわりの家具、隅々まで掃除され、塵一つ無いかのようだった。
誰もが妄想するような機能的かつデザイン性に優れた、理想的な住まいである。
そんな家の広いリビングルームにて、何十人とまではいかないが、それでも多くの悪魔達が集まって、背の低いテーブルを囲んであぐらをかいて座っていた。
リビングに入りきらない者は、すぐ隣のキッチン…カウンターのようにリビングの様子がわかる窓が空いている…でリビングにいる者達と同じように食べては飲んでいた。
そうした集団の中の一人…白いコートとズボン、緑色のとんがり帽子をかぶった目玉頭の人外が、コップを掲げて喋り出した。
「ぎゃははは!!神の連中のあの顔を見たか!?抱腹絶倒もんだぜ!」
それに同調するようにして、隣に座る別の人外が口を開いた。
「まったくだ!あんな連中が神だなんて、今日はエイプリリングフールかっての!」
「それを言うなら、エイプリルフール」
別の人外が発言の間違いを正すが、言われた人外は特に気を悪くすることも無く、手に持ったコップの中身を飲み干した。
「どっちでも一緒だろ!」
「そうだな!エイプリリリングでも一緒だな!」
「リが一個増えてるぞ」
重ねて訂正されたが、間違えた人外はもはや気にしておらず、聞いてもいなかった。
彼らは仕事を終えて、その”お疲れ会”なるものを開いて飲み明かそうとしていた。
仕事にいなかった者も、仕事の時にはいたがこの会に参加していない者もいたが、そんなこと御構い無しに飲めや歌えやの騒がしい宴会だった。
自身の武勇伝を話し、殺した相手の死に様を思い出してはゲラゲラと笑った。
そうして酒が進み、酔いが加速しどんちゃん騒ぎが大きくなっていく。
皆一様に笑い食い飲み、この瞬間を思い思いに楽しんでいた。
彼らは悪魔である。
しかし彼らの出身は地獄でもなければ魔界でも無く、そもそも地球生まれですらこの場においては少数だった。
では、彼らの多くはどこからやってきたのか。
それは、異世界である。
では、異世界からどうやってこの場に集まっているのか。
それにはある悪魔の力が関係している。
その者こそ、次元の悪魔ディメ・ディメンション。
彼ら悪魔を形式上のまとめ上げるリーダーであった。
酒を飲んでいた悪魔の一人が、ふと口にした。
「そういやあ、ディメのやつはどうしたんだ?さっきから姿が見えねえが?」
すると、とんがり帽をかぶった目玉頭の悪魔がコップ片手に答えた。
「ああ、あいつなら近くのコンビニに買い出しに行ってるぜ?」
「雨が降ってるのにか?」
「あいつはたまに雨ん中出歩くことがあるからな」
「ふーん…変なの」
質問した悪魔がそう言うと、目玉の悪魔はそれに同意するように大きく頷いた。
「まったくだ。おまけにあいつにゃおかしな趣味があるからな…」
「何々!?どんな趣味どんな趣味!?」
周りの悪魔達が身を乗り出してきた。
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悪魔の面々は、興味津々といった様子で目玉頭を見つめた。
目玉頭はやれやれ…といった様子でコップをテーブルに置いて、コートの内側からタバコとライターを取り出すと、タバコを一本目玉の下瞼部分にあてて、火をつけた。
何故かタバコが目玉で加えることができるのかは甚だ疑問だが、この場でそれを機にするものは一人としていなかった。
目玉頭は煙を一息吐くと、片膝を立ててそこに腕を置いて喋り出した。
「あいつな、しょっちゅう…」
ガチャリ…
玄関の方から扉の開く音がした。
悪魔達は顔を見合わせた。
「あーあ…当の本人が帰ってきたんじゃあ、その話は聞けないな…」
「なんだよ、残念だなあ…」
悪魔達は残念そうに自分の座っていた席に戻るが、目玉頭は待て待てと、話を続けた。
「俺としては治して欲しい趣味なんでね。こうしてお前らに話せば多少は治してくれるかもしれねえ」
そう目玉頭が言うと、席に戻りかけた悪魔達は再び目玉頭の周りへと集まった。
酒を飲み、飯を食いながら集まるその様は、正に他人の噂を酒の肴にしようとする様だった。
そうこうしているうちに、徐々に足音がリビングへと近づいていった。
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その足音は真っ直ぐにリビングへと向かっていた。
その足音を聞いていた悪魔のうち、特に耳の良い悪魔が一人、その足音に違和感を抱いた。
(…ディメの足音にしては、いつもより足音が重い…何か大荷物でも運んでいるのか…?)
「それでな、あいつはよく…」
その疑問を遮るようにして、目玉頭が話し出した。
話し出すのと同時に、リビングのドアが開かれた。
「ただいま帰ったよ」
「おかえりー!」
一人の悪魔が元気よく返事をした。
と、その悪魔の三つの目が大きく見開かれ、一点を見つめたまま固まってしまった。
その様子に、他の悪魔達も不思議に思い、視線を上げた。
すると、返事をした悪魔と同じように固まってしまった。
最後残ったのは、目玉頭の悪魔だった。
嬉々として話していたが、周りから相槌やリアクションがないことを不審に思い、顔を上げる。
周りの悪魔が邪魔でその視線の先が見えなかったので、億劫に思いながらも立ち上がった。
そしてリビングの扉へと目を向けて、周りと同様固まった。
その視線の先にいるのは、悪魔達の予想通りだった。
真っ黒な肌に白いシャツと黒いベストを着て黒いズボンを履いており、頭にはこれまた黒いシルクハットをかぶっていた。
シルクハットをかぶった頭には、大きな一つ目が顔の中心に闇夜の月のように白く輝いていた。
その血のような赤黒い瞳は悪魔達を眺めていた。
彼こそは、次元の悪魔ディメ・ディメンション。
悪魔たちをまとめるリーダー的存在である。
しかし、彼は悪魔たちから見ても何を考えているか分からない不気味な男であり、慕うことはなかったが、それでも仲間であることはまず間違い無かった。
そんな悪魔が優しげであり、見られると背筋がゾワりとて緊張しそうな目で笑っていた。
しかし、悪魔たちが最も目を惹いたのはそんな笑顔ではなく、ディメがその腕に抱いていたものであった。
それは生物であった。
悪魔達が最初見たときは、犬か猫のような動物かと思った。
しかしその考えはすぐに払拭される。
それは明らかに犬猫よりも大きかったのだ。
では、大型犬や大型の動物ではないかと思った。
しかしその考えもすぐに打ち砕かれる。
それはボロボロの服を着ていた。
それだけではない。
明らかに人と同じ体のつくりをしていた。
二足で歩けるような体の構造をしていた。
サイズからしてそれはどうやら子供のようであった。
では、それは人間だったのか?
否。
体を真っ白な毛で覆われ、犬か狼のような尖った大きな耳が、頭と思われる部位の真っ白な髪の生えた頭から生えていた。
顔は人間のような顔の作りではなく、人と何かの動物を混ぜたかのような、犬系の獣人のような顔だった。
足も犬や猫のような後ろ足を人間サイズにしたかのようなものだった。
では獣人であるか?
それも怪しい。
確かに一目見たときは獣人だと悪魔達は思ったが、だとするとおかしい点が出てきた。
それの腕の肘から先がトカゲのような焦げ茶色の鱗に覆われ、手からは黒く鋭い爪が生えていたのだ。
臀部(尻)から生える尻尾も、トカゲのような先に行くにつれて細長くなるものだったが、その全てが毛で覆われていた。
では、それは一体なんなのか?
…それは誰も答えを導き出せなかった。
そうして皆が一様に黙ってそれを見つめていると、ディメは不思議そうに悪魔達を見回した。
そうして口は無いが、口を開いて喋り出した。
「ん?どうしたお前ら?俺の顔に何かついてるか?」
ディメがそう話すと、目玉頭の悪魔がプルプルと震えながら、ディメの持つ白い生き物を指差しながら言った。
「お…おい…お前が持ってる、それはなんだ…?」
目玉の頭全体を使って睨んでいるその様子から、どうやら彼は怒っているようであった。
ディメはそんな目玉頭の様子を気にする様子もなく、あっけらかんと言った。
「これか?買い出しの帰りに拾った。どうやら行き倒れみたいでな」
そう言ってディメは腕に抱えた白い毛皮の子供の顔を覗き込んだ。
ディメの言う通り、子供は目を閉じてすうすうと寝息を立てていた。
その様子を見ていた悪魔達は、ふと自分たちの背後で急速に魔力が高まるのを感じて、一斉に振り返った。
そこには、怒りのオーラを立ち上らせながら震えている、目玉頭の悪魔の姿があった。
その様子に危機感を覚えた悪魔一同は、蜘蛛の子を散らすようにして一斉にその場から飛び退いた。
瞬間、目玉頭の体を覆う魔力が爆発した。
「テェンメェェェエエエエエエエエエエエ!!!またかこのやろがああああああああああああああああああああああ!!!」
その爆風に悪魔達やテーブルに乗った料理や食器、他にも目玉頭の周りにあったものがことごとく吹き飛ばされた。
爆音や爆風が収まって、徐々に注を待った埃が落ち着いてくると、爆心地の中心にて喚き散らす目玉頭の姿があった。
地団駄を踏み、腕をブンブンと振り回し、頭を掻きむしっていた。
その様子からも、どれだけ怒っているかが容易に想像できた。
まさに、”ブチ切れ”ていた。
そんな中、ディメだけは平然と立っており、片腕で子供を抱え、もう片方の腕で自分と子供の体についた埃を払っていた。
ディメが埃を払い終えるのと、目玉頭の怒りが少し落ち着くのがほぼ同時であった。
目玉頭はディメを睨みつけ、ディメは目玉頭を感情の読み取れない目で見ていた。
周りの悪魔達は、二人のやりとりを固唾をのんで見守っていた。
目玉頭は頭上に腕を上げ、真っ直ぐに振り下ろした。
そして、指先をディメへと向けた。
「いい加減にしろ!テメェのそのクソみてえな趣味にはうんっざりしてんだ!」
叫ぶ目玉頭を見ながら、ディメはキョトンとした表情を浮かべた。
まるで、自分がどうして怒鳴られているのか分からないといった様子だった。
「いい加減そんなガキを拾ってくんじゃねえ!これで何人目だ!?あ゛あ゛ん!?」
目玉男が地団駄を踏み、怒鳴り散らした。
その様子を眺めながら、ディメは何か言おうとした。
しかし、何かに反応して腕に抱える子供へと視線を向けた。
「うう…」
子供が声を出した。
それを合図に徐々に瞼が開かれてゆく。
それを見て、目玉男も怒鳴るのをやめた。
子供の目が半分ほど開かれ、寝ぼけたように首を動かして辺りを見回した。
「こ…ここは…わ、わたしは…」
子供がか細い声を口にした。
何かに怯えるように辺りを見回した後、自分が誰かに抱えられていることに気がついたようで、自分を抱える腕から肩、体に首と徐々に上へと視線を上げてゆき、自分の顔を覗き込む大きな一つ目と目が合った。
その一つ目はニヤリと笑うと、その一つ目のある真っ黒な顔から声がした。
「やあ、気がついたかい?」
目でその顔を見て、耳でその声を聞いた瞬間、子供はそのままコテンッ、と首から力が抜けてしまった。
…どうやら気絶してしまった様で、いくらディメが声をかけても目を覚まさなかった。
ディメは顔を上げて、周りでその様子を見守っていた悪魔達を見渡した。
一通り見回した後、一言だけ、漏らした。
「…どうしよう…?」
その言葉を聞いた瞬間、この場にいた悪魔全員がずっこけたのだった。
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