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第三章 連戦〈restless battle〉
12話
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12
グラウゼオは大きく右足を上げ、おもむろに地面を踏みつけた。ズゥンッ! 重厚な音が響き渡ったかと思うと、バキバキッ! グラウゼオを中心とした全方位の地面が腰の高さまで盛り上がり始めた。
(やばい、避け──)蓮は必死に周囲を見回すも、逃げる場所など存在しない。
直後、蓮は真上に跳躍。強化された身体能力で躱そうとするも、少し遅かった。地面の突き上げが足首に当たり体勢を崩す。
一瞬頭が真っ白になるが、なんとか受け身を取った。即座に立ち上がって状況を確認する。
蓮と違って完全に回避したのか、二人は既にグラウゼオに躍り掛かっていた。アキナの蹴撃、クウガの拳打が次々と降るが、グラウゼオは体勢を崩すものの痛みなどを感じている様子はない。
突如、グラウゼオの瞳が紅く輝いた。すると直径十五メートルにも届こうかという無限高さの円柱状の空間が、黒色の靄が生じたかのように黒みを帯びた。
次の瞬間、蓮は後方に強い引力を受けて空中を進み始めた。目を遣ると、アキナとクウガも全力で後退していっていた。
蓮は靄の領域から抜け出た。着地するや否や、かつてないほどの爆音がして靄の範囲が不透明な漆黒に染まった。
一秒、二秒。黒色は三秒ほどしてから次第に薄くなっていく。完全に元に戻ると、蓮は視界の端に倒れ伏す人の姿を発見した。
クウガだった。蓮を逃がすために退却が遅れたのだろう。遠目からでは生死の判断がつかないが、重傷なのは間違いがなかった。
(くそっ! 俺のせいで!)蓮は歯噛みした。クウガの近くでは、アキナが険しい瞳をグラウゼオに向けている。
翼を開いたグラウゼオはふわりと浮上した。アキナには目もくれずに、宙を滑るかのように蓮に向かってくる。
(もう人には頼らない! 俺がやる! やるんだ!)
覚悟を決めた蓮は、敵が迫る中、目を閉じた。丹田に気が集まる様を思い浮かべつつ、深い呼吸を一度した。
蓮は目を開けてグラウゼオを認めた。だが極度の集中状態にある蓮には、もはやその動きに速さを感じない。
グラウゼオが爪を振るう。蓮は左手を突き出す。捻りの加わった腕でグラウゼオの腕を弾く。右手の牛舌掌でグラウゼオの胸を狙う。
刹那、蓮の右腕を白銀の紐のようなものが纏った。驚く蓮だが、そのままグラウゼオに全力の突きを放つ。
攻撃が命中するや否や、グラウゼオの身体はぐるんと回転。一瞬にして墜落し、そのまま地面を何度も跳ねて社殿の柱に激突した。
蓮は自分の右腕を注視する。紐かと思われた物体は、よく見ると顔、胴体、尾に分かれていた。顔には二本角と長い髭があり、胴体には鱗に加えて腕と足が二本ずつ生えている。
ゆったりと腕の表面すれすれを行き来する姿に、蓮はあまりにも鮮明に脳裏に浮かんだ言葉を口に出す。
「……白神龍?」
わけもわからず呟く蓮を尻目に、アキナはすぐさま地を駆けていった。
(って何を戦闘中にぼけっとしてんだ)はっとした蓮は、慌ててアキナに従いていく。
前方ではアキナがダンっと踏み込み、右脚を真上ほぼ百八十度に上げていた。そのまま一直線に下ろしていくと、瞬時に右足に黒雷が出現した。
アキナのネリョチャギ(踵落とし)が雷とともにグラウゼオを襲う。だがグラウゼオはふわりと斜め横に浮上。蹴撃をぎりぎりで躱し、宙を舞った後に十五メートル弱の距離の位置に着地した。
蓮はアキナの隣に至り停止した。アキナは注意深い眼差しをグラウゼオに向けている。
「蓮くんの右腕の龍は念武術のたまものだね。直感が教えるところによると、『龍を纏った四肢の強度を飛躍的に向上させる』って能力かな。今は右腕に宿ってるけど、左手にも脚にも移動させられるはず」
アキナの静かな調子の分析を受けて、蓮は意識を左手、右脚、左脚の順に移してみた。白神龍は左手、右脚、左脚と位置を変えていった。
「うん、私の予想大当たり。にしても『神人の血が混じっていないと念武術は使えない』はずだったんだけど、まーた私たちの研究結果がひっくり返されちゃった。あ、いやいやごめんね。蓮くんを責めてるわけじゃあないんだよ。気にしないで気にしないで」
アキナの言葉は気易いが、固めの口調には緊張感が感じられた。
「やっぱりそうなのか。嬉しい反面、持て余すというか恐れ多いというか、うまく言えない気分だよ。……というかクウガは無事なのか?」
「蓮くんは優しいよね。クウガは私も心配だよ。でも助けようとして隙を見せたらやられる。だからこそ、二人であいつをソッコーでぶっ飛ばそう。それしかないよ」
アキナが言葉を切り、二人は目配せを交わした。直後、同時にグラウゼオに向かって走り出す。
グラウゼオは地を蹴った。翼をはためかせて地面のすれすれを超速で進んでくる。
蓮にグラウゼオの突きが迫る。アキナはシャーパ(足刀蹴り)で割り込んだ。黒炎を纏った斜め上方四十五度の蹴撃で、グラウゼオの飛行軌道を変える。
グラウゼオの魔手が空を切った。ダメージこそないが、姿勢を崩して蓮たちの後ろに着地する。
素早く振り返った蓮は、全速でグラウゼオに詰め寄る。白神龍を右脚に移し、足指での蹴りを振るった。
しゃがむような姿勢で背中を見せていたグラウゼオだったが、機敏に前方へ跳んで逃げた。蓮の攻撃は空振りに終わる。
アキナが蓮を追い抜いた。グラウゼオの手前でくるりと一回転し、パンデトルリョチャギ(後ろ回し蹴り)を放つ。
回避できなかったのか顔面に食らい、グラウゼオはバランスを失ってよろけた。
蓮は痛む身体を押して疾駆。白神龍を纏う左手を龍爪掌にし、グラウゼオの顎を打ちつけた。
グラウゼオは斜め後方へと吹っ飛んでいった。三回ほど地を跳ねてしばらく伏せていたが、やがておもむろに立ち上がった。
「うんうん、蓮くんのパワーアップのおかげで勝ち目が見えてきたよ。霧があるから私はあいつを傷つけられないけど、思いっきり蹴ってやりゃあ体勢は崩せる! そこを蓮くんが攻撃すれば良いんだ! 勝利条件、もひとつ追加だね。いよいよ勝ちの目が見えてきた!」
希望を湛えた瞳で蓮を見据えて、アキナは熱弁をふるった。
グラウゼオはふいに、射貫くような視線を蓮たちに向けてきた。次の瞬間、紅い光がグラウゼオの目から発せられる。
すると二人の頭上から黒い靄がそれぞれに降ってきた。今度は範囲は広くなく、どちらかに少し行けば出られる大きさである。
「さっきの技か! でもこれなら回避は簡単だ!」
自信満々に叫ぶと、蓮は右方に一歩行った。しかし靄はまったく遅れずに蓮に追随する。
「くっ! 極悪すぎでしょ! この靄、自動で私たちを追ってくる! こんなのどうすりゃ良いんだよ!」
靄から逃れるべく四方八方に動きつつ、アキナは悲痛な声を漏らした。アキナの身体能力を以ってしても、靄の追尾を逃れられない様子だった。
先ほど同様、靄がしだいに透明さを失っていく。
(あんなの食らったらひとたまりもない! 何が何でも避けないと!)蓮は焦りを加速させる。
するとピキピキッ! 蓮の頭上に分厚い氷壁が生じた。
(アキナ! けど氷程度で耐えられんのか?)
蓮はとっさにアキナを見遣った。アキナの頭上にも同じような氷壁の姿があった。どうやら回避を諦めて、氷の防壁で凌ぐ算段らしい。
蓮の視界が真っ暗になった。同時に、凄まじい音とともに頭上から何かが降ってくる気配がした。氷壁は二秒と保たずに打ち破られ、何かが蓮に到達する。
(がっ!)未体験の痛みが全身を襲い、蓮は吐血した。しかし視界は黒いまま。気が狂いそうな激痛がいつまで経っても終わらない。
黒色が引いた。うつ伏せ姿勢の蓮の眼前には、平安神宮の黄土色の砂地があった。どうやら即死だけは免れたらしい。
(アキナ、どうなった──)蓮はとてつもなく重い顔をどうにか上げた。
すると四つん這いになっているアキナを発見した。華奢な身体は傷だらけ、面持ちは苦渋に満ちていた。顔の下の砂は赤く変色しており、おびただしい量の血を吐いたようだった。
(良かった、生きてた。俺より丈夫だから、俺ほど酷い状況じゃないのか。けどあんなにぼろぼろで勝てるわけが……。くそっ、こんなところで終われるかよ)
蓮は必死に自分を奮い立たせるも、四肢はまったく言うことを聞かなかった。相変わらずの無慈悲な様のグラウゼオが、ゆっくりとアキナに歩み寄っていく。
グラウゼオは大きく右足を上げ、おもむろに地面を踏みつけた。ズゥンッ! 重厚な音が響き渡ったかと思うと、バキバキッ! グラウゼオを中心とした全方位の地面が腰の高さまで盛り上がり始めた。
(やばい、避け──)蓮は必死に周囲を見回すも、逃げる場所など存在しない。
直後、蓮は真上に跳躍。強化された身体能力で躱そうとするも、少し遅かった。地面の突き上げが足首に当たり体勢を崩す。
一瞬頭が真っ白になるが、なんとか受け身を取った。即座に立ち上がって状況を確認する。
蓮と違って完全に回避したのか、二人は既にグラウゼオに躍り掛かっていた。アキナの蹴撃、クウガの拳打が次々と降るが、グラウゼオは体勢を崩すものの痛みなどを感じている様子はない。
突如、グラウゼオの瞳が紅く輝いた。すると直径十五メートルにも届こうかという無限高さの円柱状の空間が、黒色の靄が生じたかのように黒みを帯びた。
次の瞬間、蓮は後方に強い引力を受けて空中を進み始めた。目を遣ると、アキナとクウガも全力で後退していっていた。
蓮は靄の領域から抜け出た。着地するや否や、かつてないほどの爆音がして靄の範囲が不透明な漆黒に染まった。
一秒、二秒。黒色は三秒ほどしてから次第に薄くなっていく。完全に元に戻ると、蓮は視界の端に倒れ伏す人の姿を発見した。
クウガだった。蓮を逃がすために退却が遅れたのだろう。遠目からでは生死の判断がつかないが、重傷なのは間違いがなかった。
(くそっ! 俺のせいで!)蓮は歯噛みした。クウガの近くでは、アキナが険しい瞳をグラウゼオに向けている。
翼を開いたグラウゼオはふわりと浮上した。アキナには目もくれずに、宙を滑るかのように蓮に向かってくる。
(もう人には頼らない! 俺がやる! やるんだ!)
覚悟を決めた蓮は、敵が迫る中、目を閉じた。丹田に気が集まる様を思い浮かべつつ、深い呼吸を一度した。
蓮は目を開けてグラウゼオを認めた。だが極度の集中状態にある蓮には、もはやその動きに速さを感じない。
グラウゼオが爪を振るう。蓮は左手を突き出す。捻りの加わった腕でグラウゼオの腕を弾く。右手の牛舌掌でグラウゼオの胸を狙う。
刹那、蓮の右腕を白銀の紐のようなものが纏った。驚く蓮だが、そのままグラウゼオに全力の突きを放つ。
攻撃が命中するや否や、グラウゼオの身体はぐるんと回転。一瞬にして墜落し、そのまま地面を何度も跳ねて社殿の柱に激突した。
蓮は自分の右腕を注視する。紐かと思われた物体は、よく見ると顔、胴体、尾に分かれていた。顔には二本角と長い髭があり、胴体には鱗に加えて腕と足が二本ずつ生えている。
ゆったりと腕の表面すれすれを行き来する姿に、蓮はあまりにも鮮明に脳裏に浮かんだ言葉を口に出す。
「……白神龍?」
わけもわからず呟く蓮を尻目に、アキナはすぐさま地を駆けていった。
(って何を戦闘中にぼけっとしてんだ)はっとした蓮は、慌ててアキナに従いていく。
前方ではアキナがダンっと踏み込み、右脚を真上ほぼ百八十度に上げていた。そのまま一直線に下ろしていくと、瞬時に右足に黒雷が出現した。
アキナのネリョチャギ(踵落とし)が雷とともにグラウゼオを襲う。だがグラウゼオはふわりと斜め横に浮上。蹴撃をぎりぎりで躱し、宙を舞った後に十五メートル弱の距離の位置に着地した。
蓮はアキナの隣に至り停止した。アキナは注意深い眼差しをグラウゼオに向けている。
「蓮くんの右腕の龍は念武術のたまものだね。直感が教えるところによると、『龍を纏った四肢の強度を飛躍的に向上させる』って能力かな。今は右腕に宿ってるけど、左手にも脚にも移動させられるはず」
アキナの静かな調子の分析を受けて、蓮は意識を左手、右脚、左脚の順に移してみた。白神龍は左手、右脚、左脚と位置を変えていった。
「うん、私の予想大当たり。にしても『神人の血が混じっていないと念武術は使えない』はずだったんだけど、まーた私たちの研究結果がひっくり返されちゃった。あ、いやいやごめんね。蓮くんを責めてるわけじゃあないんだよ。気にしないで気にしないで」
アキナの言葉は気易いが、固めの口調には緊張感が感じられた。
「やっぱりそうなのか。嬉しい反面、持て余すというか恐れ多いというか、うまく言えない気分だよ。……というかクウガは無事なのか?」
「蓮くんは優しいよね。クウガは私も心配だよ。でも助けようとして隙を見せたらやられる。だからこそ、二人であいつをソッコーでぶっ飛ばそう。それしかないよ」
アキナが言葉を切り、二人は目配せを交わした。直後、同時にグラウゼオに向かって走り出す。
グラウゼオは地を蹴った。翼をはためかせて地面のすれすれを超速で進んでくる。
蓮にグラウゼオの突きが迫る。アキナはシャーパ(足刀蹴り)で割り込んだ。黒炎を纏った斜め上方四十五度の蹴撃で、グラウゼオの飛行軌道を変える。
グラウゼオの魔手が空を切った。ダメージこそないが、姿勢を崩して蓮たちの後ろに着地する。
素早く振り返った蓮は、全速でグラウゼオに詰め寄る。白神龍を右脚に移し、足指での蹴りを振るった。
しゃがむような姿勢で背中を見せていたグラウゼオだったが、機敏に前方へ跳んで逃げた。蓮の攻撃は空振りに終わる。
アキナが蓮を追い抜いた。グラウゼオの手前でくるりと一回転し、パンデトルリョチャギ(後ろ回し蹴り)を放つ。
回避できなかったのか顔面に食らい、グラウゼオはバランスを失ってよろけた。
蓮は痛む身体を押して疾駆。白神龍を纏う左手を龍爪掌にし、グラウゼオの顎を打ちつけた。
グラウゼオは斜め後方へと吹っ飛んでいった。三回ほど地を跳ねてしばらく伏せていたが、やがておもむろに立ち上がった。
「うんうん、蓮くんのパワーアップのおかげで勝ち目が見えてきたよ。霧があるから私はあいつを傷つけられないけど、思いっきり蹴ってやりゃあ体勢は崩せる! そこを蓮くんが攻撃すれば良いんだ! 勝利条件、もひとつ追加だね。いよいよ勝ちの目が見えてきた!」
希望を湛えた瞳で蓮を見据えて、アキナは熱弁をふるった。
グラウゼオはふいに、射貫くような視線を蓮たちに向けてきた。次の瞬間、紅い光がグラウゼオの目から発せられる。
すると二人の頭上から黒い靄がそれぞれに降ってきた。今度は範囲は広くなく、どちらかに少し行けば出られる大きさである。
「さっきの技か! でもこれなら回避は簡単だ!」
自信満々に叫ぶと、蓮は右方に一歩行った。しかし靄はまったく遅れずに蓮に追随する。
「くっ! 極悪すぎでしょ! この靄、自動で私たちを追ってくる! こんなのどうすりゃ良いんだよ!」
靄から逃れるべく四方八方に動きつつ、アキナは悲痛な声を漏らした。アキナの身体能力を以ってしても、靄の追尾を逃れられない様子だった。
先ほど同様、靄がしだいに透明さを失っていく。
(あんなの食らったらひとたまりもない! 何が何でも避けないと!)蓮は焦りを加速させる。
するとピキピキッ! 蓮の頭上に分厚い氷壁が生じた。
(アキナ! けど氷程度で耐えられんのか?)
蓮はとっさにアキナを見遣った。アキナの頭上にも同じような氷壁の姿があった。どうやら回避を諦めて、氷の防壁で凌ぐ算段らしい。
蓮の視界が真っ暗になった。同時に、凄まじい音とともに頭上から何かが降ってくる気配がした。氷壁は二秒と保たずに打ち破られ、何かが蓮に到達する。
(がっ!)未体験の痛みが全身を襲い、蓮は吐血した。しかし視界は黒いまま。気が狂いそうな激痛がいつまで経っても終わらない。
黒色が引いた。うつ伏せ姿勢の蓮の眼前には、平安神宮の黄土色の砂地があった。どうやら即死だけは免れたらしい。
(アキナ、どうなった──)蓮はとてつもなく重い顔をどうにか上げた。
すると四つん這いになっているアキナを発見した。華奢な身体は傷だらけ、面持ちは苦渋に満ちていた。顔の下の砂は赤く変色しており、おびただしい量の血を吐いたようだった。
(良かった、生きてた。俺より丈夫だから、俺ほど酷い状況じゃないのか。けどあんなにぼろぼろで勝てるわけが……。くそっ、こんなところで終われるかよ)
蓮は必死に自分を奮い立たせるも、四肢はまったく言うことを聞かなかった。相変わらずの無慈悲な様のグラウゼオが、ゆっくりとアキナに歩み寄っていく。
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