神神鳥蝶悪竜神滅

雪銀海仁@自作絵&小説商業連載中

文字の大きさ
上 下
60 / 60
終章

1話

しおりを挟む
 春の挨拶も終わり、数ヶ月の間はリーゼロッテにとっても、ベルンハルトにとっても平和な時が流れていた。
 未だに二人の間には拳一つ分の空間が開くし、ベルンハルトはその仮面をリーゼロッテの前で外すことはない。
 だが、リーゼロッテの部屋を訪れる回数は確実に増えているし、リーゼロッテの部屋で出されたお茶には手をつけてくれる。
 ベルンハルトと出会って一年。その関係も季節の移り変わりと共に少しずつ変化してきており、まだ見ぬ夏に心を馳せる。
 
 王都シュレンタットよりも北側に位置するロイスナーの夏は過ごしやすいと聞いた。窓から見える木々の葉が徐々に緑色を濃くしており、吹き抜ける風にも青々とした香りが混ざる。
 庭を覗けば、ちょうどヘルムートが草木に水をやっていて、ヘルムートの手元から作り出される水が、初夏の太陽に照らされて小さな虹を作り出していた。

 窓から覗く庭は、春に訪れたディースの城に比べ確かに小さいが、それでもそれなりの大きさだと思う。その庭を魔力石を使ったとしても、ヘルムート一人で管理し、その上であの余裕を見せるとは。
 ベルンハルトやアルベルトに比べ少ないとはいえ、ヘルムートの魔力量もそれなりのものだと、簡単に推測できる。

(わたくし、やっぱりお役に立たないわ)

 ベルンハルトの頑なだった態度が軟化し、アルベルトやヘルムートに親切にされればされるほど、自分にその価値があるのかと、そんな思いが駆け巡る。
 自分にも何かできないかと、そんな焦りだけが心の中に溜まっていった。


「ヘルムートさん」

「奥様。今日はお早いのですね」

「うふふ。部屋からヘルムートさんがお庭にいらっしゃるのが見えて、慌てて飛び出してきちゃった」

「またそのようなことを仰る」

「あら。本当よ。ヘルムートさんが淹れてくださるお茶が楽しみなんですもの」

 元執事長のヘルムートが淹れるお茶は、ベルンハルトだけではなく、先代のロイエンタール当主も好んでいたという。
 当主が飲んでいたものを味わうことができるなんて、王城では考えられなかった。

「このようなもので良ければ、いくらでもお淹れしますよ。そもそも、王城で飲まれていたものの方が、茶葉も高価なものでしょう」

「うふふ。茶葉の値段ではないわ。わたくしのために淹れてくださる、それだけで味わいが変わってくるもの」

 王城でリーゼロッテに出されていたものは、誰かのついでに用意されるもので、魔力のない自分にはそれも当然のことだと、当たり前に受け入れていた。
 ヘルムートに初めてお茶を淹れてもらった時は、その味はもちろん、それが自分のために淹れられたものだということが、心に染みた。

「そういうものでしょうか。私の淹れるものに、そこまで仰っていただけるのは、ありがたい限りです」

 ヘルムートが淹れてくれたお茶は、この季節にちょうど良く、少し冷えたものだ。その爽やかな口当たりを楽しんでいたときだった。

「今日もこんなところにいるのね。リーゼロッテ

 リーゼロッテの背後から聞こえたのは、数ヶ月前に突然姿を消した声。
 次に会ったら謝ろうと心に決めていた声の持ち主。

「レティシア様!」

「なぁに? そんなに大きな声出さないで」

「あ、あのっ、先日は、申し訳ありませんでした!」

 リーゼロッテは口から謝罪の言葉を、そして立ち上がり丁寧に頭を下げ、謝罪の態度をとった。

「え? 何のこと? 私、何で謝られてるのかしら」

「あの、わたくしがレティシア様に言ってしまった……その、言葉のせいで」

「あぁ! 嫌ってこと? あんなもののために謝ったの?」

「そ、そのせいで、レティシア様が帰ってしまったのだと……」

 レティシアの態度が理解できず、しどろもどろになりながら、リーゼロッテが自分の不始末を説明する。

「そんなはずがないじゃない。まさか、あんなことを気にしていたの?」

「え、えぇ。ずっと気がかりで……」

「ははっ。ごめんなさい。私も突然消えてしまったものね。気を煩わせてしまったわ」

「いえ。そんなこと、気になさらないでください」

「あの日は、どちらにせよ帰る予定だったのよ。クラウスが近くまで来たのを感じとったからね。それで姿を消したってわけ」

「そう、だったのですね」

 ずっと気に病んでいたことの、呆気ない幕引きに、リーゼロッテの気は抜け、先程まで座っていた椅子に全身を預けた。

「えぇ。そうだったのよ」

 レティシアもリーゼロッテが座り込むのを見て、その向かい側に据えられた椅子へと腰掛ける。
 すぐさまヘルムートがリーゼロッテに用意したお茶と同様のものをレティシアに出せば、数ヶ月の時間をおいて、お茶会の形が整った。

「レ、レティシア様もどうぞ」

「あら、ありがとう」

「やっと、お茶会ができますね」

 レティシアが席につき、そのお茶を手に取ったのを見て、リーゼロッテは安堵を覚えた。

「ベルンハルトは私がいつ姿を現して、いつ姿を消しても気にも止めないから。つい貴女もそうだと思いこんでいたわ」

「わたくしが、勝手に思っていただけです。酷く傷つけてしまったのだと」

 リーゼロッテが面と向かって他人に文句を言ったのは、あれが初めてだった。だからこそ、どれぐらい傷つけてしまったのか、どうやって償えば良いのか、わからずに時間が経った。
 レティシアが再び現れてくれたこと、ずっと気がかりだったことを笑い飛ばしてくれたこと、そのことで心の中に引っかかっていた棘が抜けていく。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)
ファンタジー
ある日、自分が異世界に転生した元日本人だと気付いた公爵令嬢のクリステア・エリスフィード。転生…?公爵令嬢…?魔法のある世界…?ラノベか!?!?混乱しつつも現実を受け入れた私。けれど…これには不満です!どこか物足りないゴッテゴテのフルコース!甘いだけのスイーツ!! もう飽き飽きですわ!!庶民の味、プリーズ! ファンタジーな異世界に転生した、前世は元OLの公爵令嬢が、周りを巻き込んで庶民の味を楽しむお話。 まったりのんびり、行き当たりばったり更新の予定です。ゆるりとお付き合いいただければ幸いです。

異世界帰りの元勇者、日本に突然ダンジョンが出現したので「俺、バイト辞めますっ!」

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
俺、結城ミサオは異世界帰りの元勇者。 異世界では強大な力を持った魔王を倒しもてはやされていたのに、こっちの世界に戻ったら平凡なコンビニバイト。 せっかく強くなったっていうのにこれじゃ宝の持ち腐れだ。 そう思っていたら突然目の前にダンジョンが現れた。 これは天啓か。 俺は一も二もなくダンジョンへと向かっていくのだった。

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

魔眼の剣士、少女を育てる為冒険者を辞めるも暴れてバズり散らかした挙句少女の高校入学で号泣する~30代剣士は世界に1人のトリプルジョブに至る~

ぐうのすけ
ファンタジー
赤目達也(アカメタツヤ)は少女を育てる為に冒険者を辞めた。 そして時が流れ少女が高校の寮に住む事になり冒険者に復帰した。 30代になった達也は更なる力を手に入れておりバズり散らかす。 カクヨムで先行投稿中 タイトル名が少し違います。 魔眼の剣士、少女を育てる為冒険者を辞めるも暴れてバズり散らかした挙句少女の高校入学で号泣する~30代剣士は黒魔法と白魔法を覚え世界にただ1人のトリプルジョブに至る~ https://kakuyomu.jp/works/16818093076031328255

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

神託の聖女様~偽義妹を置き去りにすることにしました

青の雀
恋愛
半年前に両親を亡くした公爵令嬢のバレンシアは、相続権を王位から認められ、晴れて公爵位を叙勲されることになった。 それから半年後、突如現れた義妹と称する女に王太子殿下との婚約まで奪われることになったため、怒りに任せて家出をするはずが、公爵家の使用人もろとも家を出ることに……。

処理中です...