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第四章 Repatriation

23話

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 後半二十五分、試合はいまだ均衡を保っていた。桐畑たち攻撃陣は、高い身体能力やオフサイド・トラップを駆使するギディオンに、為す術がなかった。
 ヴィクターは変わらず、遥香へのラフ・プレーを続けていた。しかしヴィクターのやり口は巧妙で、ファールの笛はほとんど鳴らなかった。
 遥香はひどく疲弊しており、清楚な顔を苦しげに歪めていた。ウェブスターの先制点は、時間の問題に思われた。
 ひさびさに、ホワイトフォードの攻撃となった。敵陣の中ほどで遥香は、左後ろからのパスを止めた。カウンター気味なため、左方のヴィクターは半歩、遅れていた。
 ドリブルを進めた遥香は、ペナルティー・アークの手前まで到達した。流れるような動きで、シュート・モーションに入る。
 するとヴィクターは、遥香へと右足で滑り込んだ。左足を払われた遥香の身体は、ぐるんと勢い良く後ろに投げ出された。
 遥香が仰向けに転倒して、ビピッと、ファールを示す笛が鳴った。現代なら退場になり得る危険なプレーだが、この時代にはカードの制度は存在しない。
 遥香は、足を前に投げ出して長座の姿勢になった。左手は地面に突いており、肩は大きく上下している。あまりにも痛ましい有様に、桐畑は走って近づいた。
 桐畑、ブラム、エドを含む六人が、遥香の元へ集まった。皆が一様に、暗い面持ちだった。
「もう限界だよ。アルマは充分、奮闘してくれた。後は俺たちがどうにかするから、ベンチで休んでてくれ。俺、こんなぼろぼろなアルマ、見ていられないよ」
 ブラムは、泣き出しそうに眉を顰めながら哀願した。他の者からも、次々と同意の声が上がる。
 遥香は座り込んだまま、足を折り畳んだ。両手を使って、ぎこちない動きで立ち上がる。
「心配してくれてありがとう。でも、交代はしない。もう少しで、何かが掴めそうなの。だから、お願い。私を止めないで」
 遥香は、強い眼差しを地に向けていた。芯の通った声は、完全に遥香本来のものだった。
 桐畑は他の選手と同様に、沈黙とともに静止した。一段、別のステージにいる感のある遥香には、不用意な言葉は掛け辛かった。
 しばらくして遥香は、疲労を感じさせない確固たる足取りで歩き始めた。残された桐畑たちは、やがて無言で散っていった。
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