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第三章 Eduardo's Suffering

4話

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 一瞬の後に、桐畑は立位の状態で目を覚ました。すぐに地面に目を遣り、自らがサッカー・コートのセンターサークルの上にいると気づいた。
 遥か前方に視線を向けると、サッカー・スタジアムの屋根と観客席とがあった。屋根は透明の素材でできており、鉄骨の梁はどこにもなかった。
(俺の知るどのスタジアムも、屋根には鉄かなんかで支えがあんぞ。よくは知らんが、あれで保つのかよ?)
 訝しむ桐畑は、次に観客席の椅子に着目する。屋根と同素材なのか椅子も無色透明で、フォルムは流線型。構造は遠目からもわかる、近未来的なものだった。
(……っつーか、なんかかるーく宙に浮いてねえ? どうにかしちまったのかよ、俺の目はよ)
 桐畑が混乱していると、地面をぬるりと擦り抜けて何かが浮上してきた。
(えっ! 何だこれ? 俺?)
 地上に現れたのは、桐畑の姿をした者だった。ただ服装は、銀を基調としたサッカーのユニホームで、素材は異常なまでに滑らかだった。胸には、楕円と三角形を組み合わせた摩訶不思議な紋様があった。
「ごきげんよう、桐畑瑛士様。貴重な貴重な十九世紀の旅を、ご満喫くださっているようで何よりです」
 桐畑自身の声で、桐畑が発したとは思えない丁寧な口調の言葉が飛んできた。
 慌てる桐畑は、「お、おう。ありがとう。けっこう楽しんじゃあいるがよ。それは置いといて、あんたはいったい何者なんだ?」としどろもどろで返した。
「私は、私どもは、まだ貴方に正体を現すわけにはいきません。ただここで助言を一つ。貴方の周りで苦しんでいる人物は、エド以外にもう一人います。これからその人に関わる問題が表面化してきます。その時貴方はその人の気持ちに寄り添い、曇りのない思考を以て解決策を導かねばなりません。ゆめゆめ忘れることのなきよう」
 にこりと型に嵌まった笑顔の直後、桐畑の姿をした者の両眼が銀の輝きを見せた。その瞬間、桐畑は再び意識を手放した。
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