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第三章 王都
19 アーヤの行方
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《アーヤの行方》
アーヤの姿がどこにもないことを確認したビートは、すぐに夜会の会場を飛び出した。ボルジーダ家の茶番で、自分がまんまと罠に嵌められたと悟ったのだ。今思えば、アーヤをしきりに連れてくるよう誘ってきたのもおかしい。菓子に目のないアーヤを、自分を引っ張り出すためのだしにしたのかと思っていたのだが、むしろ邪魔なアーヤを片付けるためだったのかもしれない。
――自分の目の前で!
悔しさとともに、腸が煮えくり返るような怒りが込み上がる。
ビートの形相に護衛の騎士が血相を変えて駆けて来た。
「アーヤを連れ去られた。屋敷を出た馬車や荷馬車がなかったか、人の出入りも含めて調べろ。城に応援を要請する。門衛の方へも確認に走らせろ。街の警備兵にも動員をかけるんだ」
「はっ」
騎士たちが走り去る。それを見届けて、ビートは改めて屋敷を睨む。まず周囲への手配は済んだ。屋敷内のほうは、ビート自ら調べるつもりだ。まずは手始めに、執事を締め上げようか。
ビートは指の関節をぽきぽきと鳴らしながら凄みのある顔で目を座らせた。正しく極悪人の顔である。どんな悪党も殺人鬼も裸足で逃げ出す暗黒大魔王降臨であった。
それから一時間後、ビートは憔悴してぐったりしたぼろきれのような執事と何人かの使用人を王都の警備隊の詰め所に預けて出て来た。仮にも侯爵である貴族の屋敷に証拠も何もなくむやみに乗り込むことは、さすがのビートにもできない。だから、外に連れ出して、ちょこっと『ていねいな』事情聴取を行ったわけだ。執事どもはそのまま一晩詰め所にお泊りしていただく。
ビートの躊躇ない締め上げにも、執事は抵抗を見せ、なかなか口を割らなかったが、最終的にアーヤは同屋敷内には居ない事だけはビートも確認できた。
『アーヤ様はもう屋敷にはおられません。当屋敷外で何があったのかまでは、私どもにはもちろん把握することはできません』
だから、当家には何の過失も関わりもない事ですと、執事は最後までしらを切り通した。ある意味、見上げた根性である。
だが、今回の事ばかりではなく、ボルジーダ侯爵家には裏に隠された秘密があるようだった。そのうち暴いてやろうと、業腹のままに決意する。
王都門の一つに向かった騎士から知らせが来た。夜中、とっくに閉められた門のところに荷馬車が来たという。集荷が遅れて今になったと御者に泣きつかれた。
荷を検めると、生ものの魚や肉、小麦と芋だった。門が開く明日まで待ったら魚や肉が使い物にならなくなると拝まれ、氏名住所を明記させた書類を提出させ、緊急処置として門の通過を許したらしい。
夜会の開催真っ最中の屋敷だ。それなりに人の動きは活発にあった。だが、ビートは王都の荷馬車が怪しいと思った。理屈ではない。勘だった。
今日の夜会を計画した時から、全てを準備していたはず。おそらくアーヤは荷馬車の二重底にでも隠されていたのだろう。
ビートは手勢の騎士をまとめると、件の荷馬車を追うべく先の王都門へと馬を走らせた。
敵も追っ手を予想していたのか、なかなか跡を辿らせなかったが、ついにビートたちは森の手前に建つ古い塔へと行きついた。この塔は昔は見張り台として設置され、ある時期は罪を犯した貴族の幽閉にも使われていたものだった。
見上げた塔は三階ほどの細長いもので、今は誰も使わず朽ちるままになっている。周囲は背の高い草に覆われ、石組の外壁もぼろぼろに崩れていた。
既に翌日の夕刻となり、東の空から夜の闇が広がりだしている。どんよりした曇り空のため、いつもより暮れるのも早い。
その薄闇の中、建物の入り口から男が二人走り出てくる。目を凝らせば、新しい轍の跡が塔の入り口まで続いているのも確認できた。
出て来た男たちが手ぶらなのを見てとり、ビートは騎士に合図して塔の入口へ走る。
入り口を入ると、すぐに階段が上へと伸びている。一階は貯蔵庫や調理場などで部屋はないようだ。がらんとしているが、上に気配があった。ビートは躊躇ず階段を駆け上がった。
二階は階段を挟んで前後左右に一室づつ、四部屋。三階は前後に二部屋。ビートは気配がある三階の一室の扉を蹴り破った。
「アーヤ!」
てっきり居ると思ったアーヤの姿はなく、男が一人立っていた。
「ネコ耳の獣人がいただろう! どこだ!」
男に怒鳴りながら、視線を部屋中に巡らせた。背後から騎士たちも階段を上がって続いて来る。
薄汚れた布を被せられた椅子やテーブル。鉄の柵がついた高窓。木の床板は埃が積もり、掃除さえ行われていない狭い部屋だった。
だが、床の一部には最近人がいたような埃が乱された跡が残っている。
「ネコ耳の獣人? さあ、知りませんねえ」
男はにやにやととぼけてみせる。頑丈そうな身体をしたいかつい顔の男で、荒っぽい仕事を請け負っているような荒んだ雰囲気があった。
「それより、旦那。誰の許可でここへ押し入って来たんです? ここはさる貴族様の所有ですよ。立派な不法侵入じゃないですかね?」
男はこれ見よがしに壊れた扉に手を振った。ビートはその手にある傷に目を止める。
「その手の甲はどうした? 誰かに引っ掻かれた傷じゃないのか? 例えばネコ耳の獣人とかな?」
男がはっとして手を後ろに隠した。手の甲には三本の蚯蚓腫れが浮き、結構な血が噴き出している。あれはアーヤがやったものだ。
「手の傷なんて、そこらへんでいくらでもやりますよ。古釘にひっかけたんで」
証拠にはならない。男に違うと言い張られては問い詰めようがなかった。
「引き上げる」
アーヤがいないのでは仕方がなかった。別の手を考えなければならない。騎士たちを促して、男に背を向け階段を降り始めた。
「この始末、ちゃんとつけてくれるんでしょうね? あとで厳重な抗議を王家の方へさせていただきますよ!」
捨て台詞を無視して階段を降りる。あの男は自分が王族だと分かっていた。やはり、アーヤは此処にいたのだ。では、今、どこに居るのだ?
アーヤは男の手を爪で引っ掻いた。そして?
部屋の様子を頭に浮かべた。狭い部屋。出口は自分が蹴破った扉だけ。あとは、柵の嵌った小さな窓。
――窓?
人なら当然、出ることはできない。だが、アーヤは小さな猫になれる。猫だったら?
あの男も、ビートと余裕を見せて会話しながらも、しきりに外を気にしていた節がある。あの余裕な態度も見せかけなのだろう。
しかし、あの窓から出たとしたら! 三階の高窓なのだ。アーヤが無事であるとは思えない。
ビートは焦りを滲ませ、階段を駆け下りた。
出口から飛び出すと、部屋の窓が開いている裏側へと回った。先ほど見かけた男たちの姿はない。アーヤを追っているのか?
窓の下と思われる壁を、暮れゆく残照がうっすらと照らす。辛うじて見分けられる石の壁に、くっきりと浮かんだのは上から下へと流れる幾本ものひっかき傷の線。それは赤の鮮血に染まっていた。
「!!」
声にならない叫びをあげた時、何頭ものイヌがけたたましく吠える声が森の奥へと動いて行く。
「おや、野犬でもでたのでしょうか? この辺りもぶっそうですからねえ?」
先ほどの男が、背後からうっそりと声を掛けて来た。
「もう、ご用は済んだのでしょう? どうぞ、お引き取り下さい」
騎士団を連れて私有地に理由もなくいつまでも留まっていることはできない。男の見送る視線を背中に感じながら、ビートは馬の手綱を取った。
「この塔の所有者を早急に割り出せ」
騎士の一人に命じると、彼は即座に王都へ向けて駆け去って行く。だが、ここの所有者を特定するのは、多分難航するだろう。裏でボルジーダ家が関わっていると分かっているだけに悔しい。
犬が追っていく方角を見定めると、ビートは残りの騎士を連れて森の中へと駆け入った。
森の奥には川が流れていた。硬い岩を削り取って崖になっており、その下を流れる水量も勢いもかなりのものだった。犬の声を追って行くと、その崖の上で、馬を引いた男が二人、下を覗き込んでいるのが見えた。数匹の犬が崖の端に鼻を押し付けながら、うろうろとしている。ビートは騎士たちに合図を送って、木の影に隠れて気配を消した。
「ここで匂いが途切れているようだな」
男たちの声が風に乗って届く。ビートの胸がどきりと大きく拍った。
「落ちたか」
「これ以上は追えないな」
「この流れだ。怪我もしているようだし、まず無理だな。惜しいことをした」
「一応、川沿いに探せ。どこかに引っかかっているかもしれない」
川を覗き込んでいた二人が犬とともに、川下への道へ駆け去って行く。
ビートは木の影から出て、崖の端に走り出た。
崖の下では川が轟轟と音を立てている。時折、飛沫が上がるのが見えるくらいで、水面は闇に沈んで見えなかった。魔法で炎を出し周囲を探ると崖の端の草むらに血痕が浮かんだ。大量のそれはまだ濡れて鮮やかに炎の光できらめいた。
足元の水が勢いよく蠢くさまは、生き物のようにさえ見えた。その生き物に小さなアーヤが飲み込まれてしまったのか?
「アーヤ! アーヤ!」
ビートは暗い川面に向かって悲痛な叫びをあげた。絶望に目が濡れる。呼吸が苦しくなり、胸の底から夥しい激情が突き上がって来た。
「うああ……!」
慟哭が喉から溢れて出た時、
「殿下!」
騎士に呼ばれ、我に返った。今は自分の感情に溺れている時ではない。
「川沿いに探せ! 連中に先を越されるわけにはいかん!」
――きっと生きている。自分が信じていなくてどうするのだ!
自らを叱咤し、ビートは夜の森を駆けた。
アーヤの姿がどこにもないことを確認したビートは、すぐに夜会の会場を飛び出した。ボルジーダ家の茶番で、自分がまんまと罠に嵌められたと悟ったのだ。今思えば、アーヤをしきりに連れてくるよう誘ってきたのもおかしい。菓子に目のないアーヤを、自分を引っ張り出すためのだしにしたのかと思っていたのだが、むしろ邪魔なアーヤを片付けるためだったのかもしれない。
――自分の目の前で!
悔しさとともに、腸が煮えくり返るような怒りが込み上がる。
ビートの形相に護衛の騎士が血相を変えて駆けて来た。
「アーヤを連れ去られた。屋敷を出た馬車や荷馬車がなかったか、人の出入りも含めて調べろ。城に応援を要請する。門衛の方へも確認に走らせろ。街の警備兵にも動員をかけるんだ」
「はっ」
騎士たちが走り去る。それを見届けて、ビートは改めて屋敷を睨む。まず周囲への手配は済んだ。屋敷内のほうは、ビート自ら調べるつもりだ。まずは手始めに、執事を締め上げようか。
ビートは指の関節をぽきぽきと鳴らしながら凄みのある顔で目を座らせた。正しく極悪人の顔である。どんな悪党も殺人鬼も裸足で逃げ出す暗黒大魔王降臨であった。
それから一時間後、ビートは憔悴してぐったりしたぼろきれのような執事と何人かの使用人を王都の警備隊の詰め所に預けて出て来た。仮にも侯爵である貴族の屋敷に証拠も何もなくむやみに乗り込むことは、さすがのビートにもできない。だから、外に連れ出して、ちょこっと『ていねいな』事情聴取を行ったわけだ。執事どもはそのまま一晩詰め所にお泊りしていただく。
ビートの躊躇ない締め上げにも、執事は抵抗を見せ、なかなか口を割らなかったが、最終的にアーヤは同屋敷内には居ない事だけはビートも確認できた。
『アーヤ様はもう屋敷にはおられません。当屋敷外で何があったのかまでは、私どもにはもちろん把握することはできません』
だから、当家には何の過失も関わりもない事ですと、執事は最後までしらを切り通した。ある意味、見上げた根性である。
だが、今回の事ばかりではなく、ボルジーダ侯爵家には裏に隠された秘密があるようだった。そのうち暴いてやろうと、業腹のままに決意する。
王都門の一つに向かった騎士から知らせが来た。夜中、とっくに閉められた門のところに荷馬車が来たという。集荷が遅れて今になったと御者に泣きつかれた。
荷を検めると、生ものの魚や肉、小麦と芋だった。門が開く明日まで待ったら魚や肉が使い物にならなくなると拝まれ、氏名住所を明記させた書類を提出させ、緊急処置として門の通過を許したらしい。
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今日の夜会を計画した時から、全てを準備していたはず。おそらくアーヤは荷馬車の二重底にでも隠されていたのだろう。
ビートは手勢の騎士をまとめると、件の荷馬車を追うべく先の王都門へと馬を走らせた。
敵も追っ手を予想していたのか、なかなか跡を辿らせなかったが、ついにビートたちは森の手前に建つ古い塔へと行きついた。この塔は昔は見張り台として設置され、ある時期は罪を犯した貴族の幽閉にも使われていたものだった。
見上げた塔は三階ほどの細長いもので、今は誰も使わず朽ちるままになっている。周囲は背の高い草に覆われ、石組の外壁もぼろぼろに崩れていた。
既に翌日の夕刻となり、東の空から夜の闇が広がりだしている。どんよりした曇り空のため、いつもより暮れるのも早い。
その薄闇の中、建物の入り口から男が二人走り出てくる。目を凝らせば、新しい轍の跡が塔の入り口まで続いているのも確認できた。
出て来た男たちが手ぶらなのを見てとり、ビートは騎士に合図して塔の入口へ走る。
入り口を入ると、すぐに階段が上へと伸びている。一階は貯蔵庫や調理場などで部屋はないようだ。がらんとしているが、上に気配があった。ビートは躊躇ず階段を駆け上がった。
二階は階段を挟んで前後左右に一室づつ、四部屋。三階は前後に二部屋。ビートは気配がある三階の一室の扉を蹴り破った。
「アーヤ!」
てっきり居ると思ったアーヤの姿はなく、男が一人立っていた。
「ネコ耳の獣人がいただろう! どこだ!」
男に怒鳴りながら、視線を部屋中に巡らせた。背後から騎士たちも階段を上がって続いて来る。
薄汚れた布を被せられた椅子やテーブル。鉄の柵がついた高窓。木の床板は埃が積もり、掃除さえ行われていない狭い部屋だった。
だが、床の一部には最近人がいたような埃が乱された跡が残っている。
「ネコ耳の獣人? さあ、知りませんねえ」
男はにやにやととぼけてみせる。頑丈そうな身体をしたいかつい顔の男で、荒っぽい仕事を請け負っているような荒んだ雰囲気があった。
「それより、旦那。誰の許可でここへ押し入って来たんです? ここはさる貴族様の所有ですよ。立派な不法侵入じゃないですかね?」
男はこれ見よがしに壊れた扉に手を振った。ビートはその手にある傷に目を止める。
「その手の甲はどうした? 誰かに引っ掻かれた傷じゃないのか? 例えばネコ耳の獣人とかな?」
男がはっとして手を後ろに隠した。手の甲には三本の蚯蚓腫れが浮き、結構な血が噴き出している。あれはアーヤがやったものだ。
「手の傷なんて、そこらへんでいくらでもやりますよ。古釘にひっかけたんで」
証拠にはならない。男に違うと言い張られては問い詰めようがなかった。
「引き上げる」
アーヤがいないのでは仕方がなかった。別の手を考えなければならない。騎士たちを促して、男に背を向け階段を降り始めた。
「この始末、ちゃんとつけてくれるんでしょうね? あとで厳重な抗議を王家の方へさせていただきますよ!」
捨て台詞を無視して階段を降りる。あの男は自分が王族だと分かっていた。やはり、アーヤは此処にいたのだ。では、今、どこに居るのだ?
アーヤは男の手を爪で引っ掻いた。そして?
部屋の様子を頭に浮かべた。狭い部屋。出口は自分が蹴破った扉だけ。あとは、柵の嵌った小さな窓。
――窓?
人なら当然、出ることはできない。だが、アーヤは小さな猫になれる。猫だったら?
あの男も、ビートと余裕を見せて会話しながらも、しきりに外を気にしていた節がある。あの余裕な態度も見せかけなのだろう。
しかし、あの窓から出たとしたら! 三階の高窓なのだ。アーヤが無事であるとは思えない。
ビートは焦りを滲ませ、階段を駆け下りた。
出口から飛び出すと、部屋の窓が開いている裏側へと回った。先ほど見かけた男たちの姿はない。アーヤを追っているのか?
窓の下と思われる壁を、暮れゆく残照がうっすらと照らす。辛うじて見分けられる石の壁に、くっきりと浮かんだのは上から下へと流れる幾本ものひっかき傷の線。それは赤の鮮血に染まっていた。
「!!」
声にならない叫びをあげた時、何頭ものイヌがけたたましく吠える声が森の奥へと動いて行く。
「おや、野犬でもでたのでしょうか? この辺りもぶっそうですからねえ?」
先ほどの男が、背後からうっそりと声を掛けて来た。
「もう、ご用は済んだのでしょう? どうぞ、お引き取り下さい」
騎士団を連れて私有地に理由もなくいつまでも留まっていることはできない。男の見送る視線を背中に感じながら、ビートは馬の手綱を取った。
「この塔の所有者を早急に割り出せ」
騎士の一人に命じると、彼は即座に王都へ向けて駆け去って行く。だが、ここの所有者を特定するのは、多分難航するだろう。裏でボルジーダ家が関わっていると分かっているだけに悔しい。
犬が追っていく方角を見定めると、ビートは残りの騎士を連れて森の中へと駆け入った。
森の奥には川が流れていた。硬い岩を削り取って崖になっており、その下を流れる水量も勢いもかなりのものだった。犬の声を追って行くと、その崖の上で、馬を引いた男が二人、下を覗き込んでいるのが見えた。数匹の犬が崖の端に鼻を押し付けながら、うろうろとしている。ビートは騎士たちに合図を送って、木の影に隠れて気配を消した。
「ここで匂いが途切れているようだな」
男たちの声が風に乗って届く。ビートの胸がどきりと大きく拍った。
「落ちたか」
「これ以上は追えないな」
「この流れだ。怪我もしているようだし、まず無理だな。惜しいことをした」
「一応、川沿いに探せ。どこかに引っかかっているかもしれない」
川を覗き込んでいた二人が犬とともに、川下への道へ駆け去って行く。
ビートは木の影から出て、崖の端に走り出た。
崖の下では川が轟轟と音を立てている。時折、飛沫が上がるのが見えるくらいで、水面は闇に沈んで見えなかった。魔法で炎を出し周囲を探ると崖の端の草むらに血痕が浮かんだ。大量のそれはまだ濡れて鮮やかに炎の光できらめいた。
足元の水が勢いよく蠢くさまは、生き物のようにさえ見えた。その生き物に小さなアーヤが飲み込まれてしまったのか?
「アーヤ! アーヤ!」
ビートは暗い川面に向かって悲痛な叫びをあげた。絶望に目が濡れる。呼吸が苦しくなり、胸の底から夥しい激情が突き上がって来た。
「うああ……!」
慟哭が喉から溢れて出た時、
「殿下!」
騎士に呼ばれ、我に返った。今は自分の感情に溺れている時ではない。
「川沿いに探せ! 連中に先を越されるわけにはいかん!」
――きっと生きている。自分が信じていなくてどうするのだ!
自らを叱咤し、ビートは夜の森を駆けた。
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