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第三章 王都
18 アーヤの危機
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《アーヤの危機》
「びーにゃあ」
恐怖に竦みあがったアーヤが上げた助けを求める声は掠れて小さかった。それを嘲笑うように、三人の男が欲に目をぎらつかせて圧し掛かってくる。
必死に救いを求めて彷徨う視線が、男の背中越しに高い場所に開いた窓を捕らえた。縦に嵌め込まれた鉄の柵は、この部屋が囚人用に用意されたものと考えても当たらずとも遠からずだろう。
だが、そこがガラスや板で塞がれていないことだけは見てとれた。
――一か八か……。
捕まえようと手を伸ばしてくる男を見据えながら、アーヤは決意した。
獣化!
突然服がへにゃりと折れ、床にぱさりと重なるように落ちる。
男の伸ばした腕が空を切った。
小さな猫に変身したアーヤはその一瞬の隙に服の間から飛び出して、男の脚の間を潜り抜け、その後ろに同じように驚いているもう一人の男の肩へと駆けあがる。気づいた三人目が手を伸ばしてきたが、その手の甲を鋭い爪で引っ掻いた。
「うわ! この猫め!」
怯んだ男の頭を踏み台にして窓へ向けて飛び上がった。
人の姿なら無理な鉄の柵も、柔軟で小さな猫ならすり抜けられる。
部屋は三階ほどの高さにあるらしく、窓から見下ろす地面は遥か下だった。夕刻なのか、曇り空は既に薄墨を流したように暗い。
細い塔のような建物らしく、飛び移れるベランダも隣の部屋の窓もない。地面まで屋根も出っ張りもない壁だった。
それでもアーヤは外の壁に張り付くと、爪を立てて降り始めた。幸い、壁は石を積んだ作りで、風雨によってざらざらとしており、なんとか爪を立てることができた。
後にしてきた部屋で男たちの怒号が上がり、ばたばたと動きが聞こえる。アーヤが下に降りて行くのを先回りしようとするのかもしれない。アーヤは降りる速度を上げた。
硬い石に爪の痕が筋となってついていく。ほどなく爪が割れ、血が噴き出してきた。それでもアーヤは一心に降りる。
上の部屋で扉が壊れるような大きな物音と騒音が起こった。アーヤはさらに急いだ。ほとんど壁を滑り落ちて行くような形で、かろうじて爪で滑落の速度を押さえている状態。
『アーヤ!』
ふと、ビートの声が聞こえたような気がした。
「ビーにゃ」
幻聴でもいい。ビートの声で痛みも吹き飛ぶ。アーヤは残りの距離を一気に滑り落ちた。
バリバリバリとさらに爪が割れてはじけ飛んだ。身体を支えきれずにドンと地面に尻もちをついたが、苦痛に呻いている暇はない。塔の横に続く森の中へと、アーヤは走り出した。小さな猫なので、一歩は小さいが、人型よりは四つ足の分、速く走れる。
両の手足の爪は折れ、剥がれ、血が後から後から噴き出して止まらなかった。それでも少しでも捕らわれていた塔から離れようと、夢中で駆けて行く。夜になれば、暗闇に乗じて逃げおおせるかもしれない。湧いた希望に、手足の激痛も我慢できた。
ワン、ワン。
逃げるアーヤの耳に複数の犬の声が聞こえて来た。どきりとする。走りながら、耳を澄ませると、犬の声はこちらに向かってくるようだ。
アーヤは自分の手を見下ろした。血が噴き出る手足は、地面に匂いをしっかり残していた。確実に自分の跡を追われる。どこまでも追われるだろう。犬は自分を追い詰め、逃がさない。
木の上に逃げても、その木の周りを取り巻かれる。そうしたら、先ほどの男たちにも見つかってしまう。
アーヤは必死になって速度を上げたが、犬の声は先ほどよりもずっと近づいてきていた。追いつかれるまで、もう、時間がない。
だが、いくら逃げても、犬はアーヤの匂いを辿って来るだろう。
はあはあと荒ぐ息は、肺に空気を送り切れていないようだ。焼け付くような痛みを訴えている手足は疲労でがくがくと痙攣している。それを意志の力で必死に前へと動かした。少しでも止まったら、もう二度と立てない気がする。
こんもりと繁る木の間を縫い、草を掻き分けて闇の森の中を走った。
その時、アーヤの鼻が水の匂いを、耳が流れの音を捕らえた。川だ。咄嗟にアーヤは川がある方へ向きを変えた。
夜の帳が降りた中で、川は飛沫を上げながら流れていた。アーヤが覗く場所は少し高い崖になっており、草の伸びる間から勢いよく流れる水が見えた。
アーヤの身体が恐怖で震えた。この流れで無事でいられるとも思えない。もともと水が苦手でもある。本能的に怖くて足が竦んだ。
だが、犬がワンワンとけたたましく吠える声がすぐ近くに聞こえる。獲物を追い詰めたと逸っている。
「捕まえろ! 逃がすな!」
男たちの怒鳴る声が遠くに聞こえた。
先頭の犬の姿を捉えたアーヤは、崖の下の川へと身を躍らせた。
「びーにゃあ」
恐怖に竦みあがったアーヤが上げた助けを求める声は掠れて小さかった。それを嘲笑うように、三人の男が欲に目をぎらつかせて圧し掛かってくる。
必死に救いを求めて彷徨う視線が、男の背中越しに高い場所に開いた窓を捕らえた。縦に嵌め込まれた鉄の柵は、この部屋が囚人用に用意されたものと考えても当たらずとも遠からずだろう。
だが、そこがガラスや板で塞がれていないことだけは見てとれた。
――一か八か……。
捕まえようと手を伸ばしてくる男を見据えながら、アーヤは決意した。
獣化!
突然服がへにゃりと折れ、床にぱさりと重なるように落ちる。
男の伸ばした腕が空を切った。
小さな猫に変身したアーヤはその一瞬の隙に服の間から飛び出して、男の脚の間を潜り抜け、その後ろに同じように驚いているもう一人の男の肩へと駆けあがる。気づいた三人目が手を伸ばしてきたが、その手の甲を鋭い爪で引っ掻いた。
「うわ! この猫め!」
怯んだ男の頭を踏み台にして窓へ向けて飛び上がった。
人の姿なら無理な鉄の柵も、柔軟で小さな猫ならすり抜けられる。
部屋は三階ほどの高さにあるらしく、窓から見下ろす地面は遥か下だった。夕刻なのか、曇り空は既に薄墨を流したように暗い。
細い塔のような建物らしく、飛び移れるベランダも隣の部屋の窓もない。地面まで屋根も出っ張りもない壁だった。
それでもアーヤは外の壁に張り付くと、爪を立てて降り始めた。幸い、壁は石を積んだ作りで、風雨によってざらざらとしており、なんとか爪を立てることができた。
後にしてきた部屋で男たちの怒号が上がり、ばたばたと動きが聞こえる。アーヤが下に降りて行くのを先回りしようとするのかもしれない。アーヤは降りる速度を上げた。
硬い石に爪の痕が筋となってついていく。ほどなく爪が割れ、血が噴き出してきた。それでもアーヤは一心に降りる。
上の部屋で扉が壊れるような大きな物音と騒音が起こった。アーヤはさらに急いだ。ほとんど壁を滑り落ちて行くような形で、かろうじて爪で滑落の速度を押さえている状態。
『アーヤ!』
ふと、ビートの声が聞こえたような気がした。
「ビーにゃ」
幻聴でもいい。ビートの声で痛みも吹き飛ぶ。アーヤは残りの距離を一気に滑り落ちた。
バリバリバリとさらに爪が割れてはじけ飛んだ。身体を支えきれずにドンと地面に尻もちをついたが、苦痛に呻いている暇はない。塔の横に続く森の中へと、アーヤは走り出した。小さな猫なので、一歩は小さいが、人型よりは四つ足の分、速く走れる。
両の手足の爪は折れ、剥がれ、血が後から後から噴き出して止まらなかった。それでも少しでも捕らわれていた塔から離れようと、夢中で駆けて行く。夜になれば、暗闇に乗じて逃げおおせるかもしれない。湧いた希望に、手足の激痛も我慢できた。
ワン、ワン。
逃げるアーヤの耳に複数の犬の声が聞こえて来た。どきりとする。走りながら、耳を澄ませると、犬の声はこちらに向かってくるようだ。
アーヤは自分の手を見下ろした。血が噴き出る手足は、地面に匂いをしっかり残していた。確実に自分の跡を追われる。どこまでも追われるだろう。犬は自分を追い詰め、逃がさない。
木の上に逃げても、その木の周りを取り巻かれる。そうしたら、先ほどの男たちにも見つかってしまう。
アーヤは必死になって速度を上げたが、犬の声は先ほどよりもずっと近づいてきていた。追いつかれるまで、もう、時間がない。
だが、いくら逃げても、犬はアーヤの匂いを辿って来るだろう。
はあはあと荒ぐ息は、肺に空気を送り切れていないようだ。焼け付くような痛みを訴えている手足は疲労でがくがくと痙攣している。それを意志の力で必死に前へと動かした。少しでも止まったら、もう二度と立てない気がする。
こんもりと繁る木の間を縫い、草を掻き分けて闇の森の中を走った。
その時、アーヤの鼻が水の匂いを、耳が流れの音を捕らえた。川だ。咄嗟にアーヤは川がある方へ向きを変えた。
夜の帳が降りた中で、川は飛沫を上げながら流れていた。アーヤが覗く場所は少し高い崖になっており、草の伸びる間から勢いよく流れる水が見えた。
アーヤの身体が恐怖で震えた。この流れで無事でいられるとも思えない。もともと水が苦手でもある。本能的に怖くて足が竦んだ。
だが、犬がワンワンとけたたましく吠える声がすぐ近くに聞こえる。獲物を追い詰めたと逸っている。
「捕まえろ! 逃がすな!」
男たちの怒鳴る声が遠くに聞こえた。
先頭の犬の姿を捉えたアーヤは、崖の下の川へと身を躍らせた。
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