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第二章 境界の砦
5 ケリーの懺悔
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《ケリーの懺悔》
ケリーを執務室に連れて来たビートは、改めてハドリー大佐に引き合わせる。ハドリーはケリーを机の横に置いてあるソファに座るよう勧め、自分も対面にあるソファの一人用椅子に移動した。ビートは従兵にお茶の用意を指示すると同時にスミソン隊長を呼ぶように告げると、二人の間に椅子を運んで座る。
まもなくお茶とスミソン隊長がやってきた。スミソンがケリーたちの間、ビートの対面に座ると、ハドリー大佐がケリーにお茶を勧める。
三人の猛者に囲まれたケリーは喉の渇きを覚え、遠慮なくカップに手を伸ばした。
「何か事情はあるらしいとは思っていたのだがね。話してもらえるかな」
ハドリーの言葉に、ケリーが覚悟を決めたように頷いた。
「トラ耳獣人タラークの依頼でした」
タラークはこの辺りでは羽振りのいい商人で、あちこちの町に支店も構えている。アーヤたちがいた教会区域にも支店があるので、そこへ多額の寄付をし社会的名声を稼いでいる。一年に一回の篤志家を招いての感謝の集いで、アーヤの特異な毛色に目を付けた。
「獣人にとって、毛色はたいへん大きな意味を持つものですから」
ハドリーも頷いた。だから、この砦に勤務する者はなるべく貴色と言われる金や銀髪、赤や黒、色合いの鮮やかな髪の者を選んで派遣しているほどなのだ。
だが、中には賤色と蔑まれる色の子や変わった毛色の子を集め奴隷のように扱って喜ぶ者がいる。そういう者にとって、アーヤの継ぎはぎしたような多色の毛色はとびっきりの値打ちとなる。こんな色を持つ者は他にはいないのだから。同好の仲間に見せびらかして自慢ができる。
タラークは大きな儲けを嗅ぎつけて、アーヤを手に入れようとした。だが、教会では断られ、あげくに西アゴートの老婦人の所へと送られることになった。
西アゴートの老婦人は教育者として名を挙げた教養人で身分も高く、タラークのような商人には手が出せなくなる。
焦ったタラークはガボットと知己のケリーを使って、輸送途中から奪取しようと画策したのだ。そのために、自分の部下のキニルを監視につけ、さらに用心棒を二名も雇った念の入れようだった。
「それだけ大きな取引になるのでしょう。既に売りさばく客もあったようでした。客も金に糸目をつけないような話でしたから」
「それは人身売買となるぞ。獣人ではそんなことがまかり通っているのか?」
「まあ、わりと普通ですよ。人間の国のように取り締まる機関もないですし。有力者たちが自警団みたいなものを作って、犯罪に対処してはいますが、原則、自己責任の世界ですから。まして、賤色の者がどうなろうと見て見ぬふりです」
ケリーは顔を顰めるハドリーたちの顔色をちらりと窺うと、自嘲を浮かべて言葉を繋げた。
「俺もそうですよ。そんな卑しい色の獣人なんて無視してました。蔑んだ視線を投げて、人間扱いもしてなかったですよ。どうなったって、気になんかしなかったものです。だから、大金が入る仕事を引き受けました。大金持ちの所に引き取られた方が、野垂れ死にするよりずっとましだとさえ思ってました」
ケリーは自分の手をじっと眺めた。拳を握ったり開いたりする。視線を拳に落としたまま話し続ける。
「アーヤたちに会って、話をして。俺は自分のそんな偏見による間違いに気づいた。アーヤもパムもとってもまっすぐでいい子たちだった。毛色なんか、関係なかったんです。毛色でその人間が決まるわけじゃなかった。むしろ、貴色に生まれちやほやと贅沢に囲まれている子たちよりも、純粋できれいな心を持っていた。俺は恥ずかしいです」
ぎゅっと握った拳を膝の上に置いて、ケリーは言葉を途切らせた。その拳の上にぽたぽたと涙が落ちる。
「俺は自分のことしか考えて、いなかった、のに。あの子たちは、俺の、息子の、リュイの、とも、友達に、なって、くれると。いい子たちだ。あんないい子たちに、俺は……」
ぐいっと拳で涙を拭うと、顔を上げて弱弱しく笑った。
「リュイは俺の息子なんですが、生まれつき身体が弱くて、外にも出られなかった。だから、友達なんて一人もいなかったんですよ。二人もいっぺんに友達ができたって話してやらなければ。きっと、喜びますよ。あの子が生きているうちに、友達が持てて、良かった」
スミソンが遠慮気味に訊いてきた。
「立ち入ったことを訊くが、あんたの息子は、ひょっとして、もう余り長くはないと?」
ケリーは無言で肯定する。ビートが重い口を開いた。
「アーヤは金を気にしていたな」
それを受けて、スミソンがさらに質問を重ねた。
「あんたが大金目当てで仕事を引き受けたのは、息子のためか? 治療すれば生きられるのか?」
ケリーは苦しそうに顔を伏せて、顔を両手で覆った。金があればと、つい手を出した。だが、例え大事な一人息子のためであっても、他の子供を犠牲にして許されるものではない。
「タラークの執着が問題だな。こんな手を使うほどに、よほどの大口取引なのだろう」
ハドリー大佐が眉間に皺を寄せた。スミソンが考えるように顎に手を当てる。
「むしろ、タラークに話を持ち込んだ顧客のほうが問題かもしれません。金にうるさそうな商人のタラークに用心棒を二人も雇いいれさせるほどには、執着をみせているわけで。契約を破棄したケリーにも、何か報復があると考えた方が」
「ふむ。いっそ、家族をこっちへ連れてくるか。ケリーは、こうなっては、タラークの睨みが入る獣人国では商売もしづらいだろう。ついでに子供を王立治療院に診せてみるとか」
ケリーをそっちのけで、スミソンとハドリーが話を進めて行く。
「それにしても、人身売買はいただけません。そういった犯罪行為を取り締まる公的機関がないのがいけない。かと言って、俺らが獣人のところに乗り込むわけにもいかない。勝手気ままな個人主義なくせに、同族意識は強いですからね。下手に刺激して、種族間の対立を煽るような事態は避けなきゃならない」
スミソンが腹立たし気に吐き捨てた。それを受けて、口を引き結んでずっと押し黙っているビートに、ハドリーが視線を向けた。
「トップに立って獣人を纏めて率いる者がいないのが、そもそも無法状態を容認しているんだ。ビート、お前のあのご友人って奴に、いい加減動けと尻を蹴飛ばしてやったらどうだ?」
急に矛先を向けられたビートはむすっと口をへの字に歪めただけだった。
**********
人間側から見ると、獣人の個人主義的状況は無政府状態に見えます。そのくせ、対外に対する獣人同士の団結は強く、他種族といざ争いとなると、たちまち結束し、力(腕っぷし)による序列で統率されます。
かつての覇権をめぐる戦争で散々痛い思いをした人間にとって、人間よりずっと体力・腕力・能力の高い獣人と事を構えることは、できるだけ避けたい方針です。
ケリーを執務室に連れて来たビートは、改めてハドリー大佐に引き合わせる。ハドリーはケリーを机の横に置いてあるソファに座るよう勧め、自分も対面にあるソファの一人用椅子に移動した。ビートは従兵にお茶の用意を指示すると同時にスミソン隊長を呼ぶように告げると、二人の間に椅子を運んで座る。
まもなくお茶とスミソン隊長がやってきた。スミソンがケリーたちの間、ビートの対面に座ると、ハドリー大佐がケリーにお茶を勧める。
三人の猛者に囲まれたケリーは喉の渇きを覚え、遠慮なくカップに手を伸ばした。
「何か事情はあるらしいとは思っていたのだがね。話してもらえるかな」
ハドリーの言葉に、ケリーが覚悟を決めたように頷いた。
「トラ耳獣人タラークの依頼でした」
タラークはこの辺りでは羽振りのいい商人で、あちこちの町に支店も構えている。アーヤたちがいた教会区域にも支店があるので、そこへ多額の寄付をし社会的名声を稼いでいる。一年に一回の篤志家を招いての感謝の集いで、アーヤの特異な毛色に目を付けた。
「獣人にとって、毛色はたいへん大きな意味を持つものですから」
ハドリーも頷いた。だから、この砦に勤務する者はなるべく貴色と言われる金や銀髪、赤や黒、色合いの鮮やかな髪の者を選んで派遣しているほどなのだ。
だが、中には賤色と蔑まれる色の子や変わった毛色の子を集め奴隷のように扱って喜ぶ者がいる。そういう者にとって、アーヤの継ぎはぎしたような多色の毛色はとびっきりの値打ちとなる。こんな色を持つ者は他にはいないのだから。同好の仲間に見せびらかして自慢ができる。
タラークは大きな儲けを嗅ぎつけて、アーヤを手に入れようとした。だが、教会では断られ、あげくに西アゴートの老婦人の所へと送られることになった。
西アゴートの老婦人は教育者として名を挙げた教養人で身分も高く、タラークのような商人には手が出せなくなる。
焦ったタラークはガボットと知己のケリーを使って、輸送途中から奪取しようと画策したのだ。そのために、自分の部下のキニルを監視につけ、さらに用心棒を二名も雇った念の入れようだった。
「それだけ大きな取引になるのでしょう。既に売りさばく客もあったようでした。客も金に糸目をつけないような話でしたから」
「それは人身売買となるぞ。獣人ではそんなことがまかり通っているのか?」
「まあ、わりと普通ですよ。人間の国のように取り締まる機関もないですし。有力者たちが自警団みたいなものを作って、犯罪に対処してはいますが、原則、自己責任の世界ですから。まして、賤色の者がどうなろうと見て見ぬふりです」
ケリーは顔を顰めるハドリーたちの顔色をちらりと窺うと、自嘲を浮かべて言葉を繋げた。
「俺もそうですよ。そんな卑しい色の獣人なんて無視してました。蔑んだ視線を投げて、人間扱いもしてなかったですよ。どうなったって、気になんかしなかったものです。だから、大金が入る仕事を引き受けました。大金持ちの所に引き取られた方が、野垂れ死にするよりずっとましだとさえ思ってました」
ケリーは自分の手をじっと眺めた。拳を握ったり開いたりする。視線を拳に落としたまま話し続ける。
「アーヤたちに会って、話をして。俺は自分のそんな偏見による間違いに気づいた。アーヤもパムもとってもまっすぐでいい子たちだった。毛色なんか、関係なかったんです。毛色でその人間が決まるわけじゃなかった。むしろ、貴色に生まれちやほやと贅沢に囲まれている子たちよりも、純粋できれいな心を持っていた。俺は恥ずかしいです」
ぎゅっと握った拳を膝の上に置いて、ケリーは言葉を途切らせた。その拳の上にぽたぽたと涙が落ちる。
「俺は自分のことしか考えて、いなかった、のに。あの子たちは、俺の、息子の、リュイの、とも、友達に、なって、くれると。いい子たちだ。あんないい子たちに、俺は……」
ぐいっと拳で涙を拭うと、顔を上げて弱弱しく笑った。
「リュイは俺の息子なんですが、生まれつき身体が弱くて、外にも出られなかった。だから、友達なんて一人もいなかったんですよ。二人もいっぺんに友達ができたって話してやらなければ。きっと、喜びますよ。あの子が生きているうちに、友達が持てて、良かった」
スミソンが遠慮気味に訊いてきた。
「立ち入ったことを訊くが、あんたの息子は、ひょっとして、もう余り長くはないと?」
ケリーは無言で肯定する。ビートが重い口を開いた。
「アーヤは金を気にしていたな」
それを受けて、スミソンがさらに質問を重ねた。
「あんたが大金目当てで仕事を引き受けたのは、息子のためか? 治療すれば生きられるのか?」
ケリーは苦しそうに顔を伏せて、顔を両手で覆った。金があればと、つい手を出した。だが、例え大事な一人息子のためであっても、他の子供を犠牲にして許されるものではない。
「タラークの執着が問題だな。こんな手を使うほどに、よほどの大口取引なのだろう」
ハドリー大佐が眉間に皺を寄せた。スミソンが考えるように顎に手を当てる。
「むしろ、タラークに話を持ち込んだ顧客のほうが問題かもしれません。金にうるさそうな商人のタラークに用心棒を二人も雇いいれさせるほどには、執着をみせているわけで。契約を破棄したケリーにも、何か報復があると考えた方が」
「ふむ。いっそ、家族をこっちへ連れてくるか。ケリーは、こうなっては、タラークの睨みが入る獣人国では商売もしづらいだろう。ついでに子供を王立治療院に診せてみるとか」
ケリーをそっちのけで、スミソンとハドリーが話を進めて行く。
「それにしても、人身売買はいただけません。そういった犯罪行為を取り締まる公的機関がないのがいけない。かと言って、俺らが獣人のところに乗り込むわけにもいかない。勝手気ままな個人主義なくせに、同族意識は強いですからね。下手に刺激して、種族間の対立を煽るような事態は避けなきゃならない」
スミソンが腹立たし気に吐き捨てた。それを受けて、口を引き結んでずっと押し黙っているビートに、ハドリーが視線を向けた。
「トップに立って獣人を纏めて率いる者がいないのが、そもそも無法状態を容認しているんだ。ビート、お前のあのご友人って奴に、いい加減動けと尻を蹴飛ばしてやったらどうだ?」
急に矛先を向けられたビートはむすっと口をへの字に歪めただけだった。
**********
人間側から見ると、獣人の個人主義的状況は無政府状態に見えます。そのくせ、対外に対する獣人同士の団結は強く、他種族といざ争いとなると、たちまち結束し、力(腕っぷし)による序列で統率されます。
かつての覇権をめぐる戦争で散々痛い思いをした人間にとって、人間よりずっと体力・腕力・能力の高い獣人と事を構えることは、できるだけ避けたい方針です。
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