継ぎはぎ模様のアーヤ

霜月 幽

文字の大きさ
上 下
4 / 81
第一章 教会

1 継ぎはぎ毛皮

しおりを挟む
いよいよ異世界でのアーヤの生活が始まりました。
異世界ですが、便宜上時間や長さなどの単位は変わりません。ご容赦ください。

*******


《継ぎはぎ毛皮》


「おや、小さな子がいるよ。誰かが捨てていったのかね。可哀想に」

 誰かにふわりと抱えあげられて、アーヤは気が付いた。

 ――あれ? ぼく、死んだんじゃなかったのかな? まだ、生きているの?

「神父様、捨て子ですか?」
「そのようじゃな。戸口の階段に倒れていたんじゃ。まだ、小さい。二月過ぎたくらいかな? むごいことをする」
「だいぶ、弱っているようですね。温かいミルクでも用意しましょう」

 ぱたぱたと走り去っていく足音。そこではっとする。

 ――って、人間? これって人間じゃないの?

 アーヤは全身の毛を膨らませて暴れた。

 ――離して! 人間なんか嫌いだ!

「これこれ。暴れるでない。危ないじゃろ」

 アーヤを抱えた人間は子猫が爪を立てて引っ掻いても、無茶苦茶に暴れても、振り落とすことはなかった。
 突然、アーヤの目からぶわっと涙が溢れ出した。

 ――ぼくが小さいから。だから、逃げられない。だから、かあしゃが死んだ。かあしゃ、ぼくを逃がそうとして、人間に殺されたんだ。

「かあしゃ! かあしゃ!」

 わんわん泣きだしたら、止まらなくなる。えぐえぐ、ひっくひっくと盛大に泣いた。

 ――かあしゃ、会いたい! 会いたいよお!

「事情がありそうじゃな」

 泣き止まないアーヤの背中を、その人間はとんとんといつまでも優しく叩いていた。アーヤはふとお爺さんの匂いを思い出す。そのまま、泣き疲れて眠ってしまった。


 ***

 目が覚めたら、アーヤはシーツのかかったベッドに寝ていた。人間が眠るようなベッドの真ん中で丸くなっていた。

 ――ふにぃ。

 もぞもぞして前足を突っ張って伸びをしようとした時、あれ? って気が付いた。

 ――手が違う!

 毛でふさふさだったはずの手がつるんとしている。形が違う。

 ――これ、ぼくの手じゃない! やだ! なに? これ、猫の手じゃない! 

 座り込んで自分の手を見る。小さな指が五本。肉球もない。

 ――まさか、まさか、人間の手?!

 いつの間にかガサガサする布も身に着けていた。

 ――え? 人間の服? ぼく、服着てるの?

 頭と手を通す穴が開いた被るだけの簡素な灰色の服から膝小僧が見えている。慌てて服をまくってお腹を見た。つるんとした毛のない白い肌は胸あたりまでで、お腹の下辺りから見慣れた白い毛皮に覆われていた。

 おへその下には洗いざらしの生成りのパンツ。パンツから出ている足はちゃんと毛皮だった。でも、覚えていた形とちょっと違う気がする。
 何気に足を折り曲げてぺたんとお尻を落としているけど、こんな姿勢、初めてだ。

 ぐるんと尻尾をお腹に回して、尻尾がお母さんと同じ赤茶と白と黒の三毛色のままなことを確認してほっとする。

 顔を手でぺたぺた触ってみると、覚えている感触とやっぱり違う。自分の顔じゃない。でも、頭の上で耳がぴょこぴょこ動いている感覚はあるから、全部が全部変わってるんじゃないらしいと分かった。

 ――いったい、どうなってるの? ぼく、どうなっちゃってるの?

 わけがわからなくて、ベッドの上で呆然としていたら、部屋の扉が開いた。

 ひょこ、ひょこっと顔が覗く。そして中に入ってきたのは、人間の子供! 
 思わず、アーヤの尻尾が逆立って膨らんだ。手をシーツに突っ張って、ウーッと精一杯威嚇する。

「うわあ。ちっこいの」
「色んな色がある!」
「一つの色じゃないなんて、変ー!」
「変な模様」
「継ぎはぎしたみたい」

 子供たちは「継ぎはぎー!」と指を突き出して笑いだした。
 石は投げて来ないみたいだし、捕まえようする気配もない。
 それがわかってちょっとほっとする。ほっとしたら、新しいことに気が付いた。

 子供たちの頭に耳がある。しかも、いろんな形の耳だ。あの子は尻尾もある。

 ――あれ? 人間って、耳や尻尾あったっけ?

 ***

「あったりまえじゃん。アーヤってちっこいきゃら、なーんも知なにゃいんぎゃな!」

 長いウサ耳のパムがふんっと胸を張ってそっくり返った。もうすぐ一歳のパムは身長七十センチ。アーヤはどう見ても五十センチもない。子供たちの中ではこれまで一番小さかったので、自分よりずっと小さいアーヤに威張れるのが嬉しくてならない。

 同じ灰色のひざ丈のスモックに半ズボンで、ネズミ色のふさふさ毛皮の足が伸びている。顔や手はグレイの肌色で、目は黒い。
 まだスモックにパンツだけのアーヤよりずっとお兄ちゃんなんだと、噛み噛み言葉で得意げだ。

「ぼくはウサ耳。ロッテはイヌ耳。アーヤはネコ耳」
「人間、にゃの?」
「違うの! ぼくらはじゅーじん」
「じゅーう、じん?」

「じゅうじんは獣の人と書いて獣人と呼ぶんだよ」

 首を傾げたアーヤの前に野菜スープのお皿を置きながら、見習い神父のマニが説明する。

 マニの耳は茶色のイヌ耳だった。二十三歳でくるりと丸まった茶色の尻尾が黒い神父服から飛び出している。
  短く刈り込まれている髪は癖のある茶色で、肌は薄い茶色がかった肌色。百七十五センチの身長は獣人としては大きくはないが、アーヤから見れば聳える大木のように見える。茶色のまつ毛に縁取りされた青い目が優しく細まった。

 ――人間じゃないんだ。だから、こんなに親切なんだね。

 アーヤもその獣人だと言われた。

 ――でも、ぼく、猫なんだよ? 獣人ってなあに? 人間の手になっちゃったから、猫じゃなくなっちゃったのかな?

 スープをすくい飲もうと皿の上にかがんで舌を伸ばしたアーヤは、隣のウサ耳のパムがスプーンを手に取ったのを見てそのまま動きを止めた。
  舌を出したまま見回すと、誰もお皿に顔を突っ込んでぺちゃぺちゃと飲んだりしていない。

 パムの真似をして、スプーンをおぼつかない手で握る。
 野菜の切れ端が浮かんでいるだけの薄いスープだけど、一生懸命スプーンですくって飲んだ。だいぶ零しちゃったけれど。

 ――車にぶつかった時、人間だったらって考えたせいなのかな? 

「私たちは獣人と呼ばれる種族だけれど、ほかに人間族、鳥人族もいるんだよ。神様が昔昔、三つの種族をお作りになったんだよ」

 あとで、神様のことをお話してあげるね、と見習い神父のマニが微笑んだ。

「鳥人族は大きな翼で空を飛んで、すっごく怖いの! アーヤは小さいきゃら、鳥人族に見つきゃったら、さらわれて食べられちゃうの!」

 パムが襲い掛かる仕草をして、アーヤを震え上がらせた。

「大丈夫。鳥人の国は山を幾つも越えたうーんと遠くにあるんだ。人間も獣人も嫌いなんだよ。だから、間違ってもこんなところまで来やしないよ」

 垂れイヌ耳のペーターが怯えて青くなったアーヤを安心させた。ペーターは三歳。だいだい色の髪と茶色の目をしていて、肌も少し赤みがある。大きな種なのか既に背丈は百三十センチ近くあった。
 獣人の成長は早いので、一歳も過ぎれば身の回り一通り、二歳なら掃除などの簡単な手伝いができる。三歳ともなれば教会の裏庭の畑仕事もできる立派なお兄さんだ。

*****


 この世界の獣人は人間と比べて、成長が格段に速いです。獣人1か月から半年で、人間対応半年から1歳相当。特に自立に際立つ。1歳が人間2歳から3歳相当。成人は八歳で、人間には十六歳相当になります。身体が成体に完成されるとずっと強靭なままゆっくりと年をとります。
 晩年は急激に訪れ、病や老衰などで床に臥せると一挙に衰えます。平均百から百五十歳と長命で個人差が大きいのも特徴です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

今日も武器屋は閑古鳥

桜羽根ねね
BL
凡庸な町人、アルジュは武器屋の店主である。 代わり映えのない毎日を送っていた、そんなある日、艶やかな紅い髪に金色の瞳を持つ貴族が現れて──。 謎の美形貴族×平凡町人がメインで、脇カプも多数あります。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

無窮を越えて――氷鉄の騎士になぜか子ども扱いされてます!

霜月 幽
BL
瀕死の俺(17歳)が落ちた所は、魔法や魔獣が存在する異世界だった。氷鉄の騎士と呼ばれる美麗な男に助けられたが、なぜか子供扱いで。襲来する魔獣の大群。そこで異能者の俺が見たものは……。 一人称(各話ごとに視点が変わります) たぶん18禁BL これでもファンタジー 戦争体験(ちょっとSF)時に残酷な表現が入る場合もあります。 R18が出てきそうな話には R18と話のタイトル横に入れます。 小説家になろう様のムーンライトノベルズにも投稿しています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...