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第四章(最終編)悠久の時を越えて

40 結婚式 その三

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 《シュン視点》

 ロワに引き摺られて広間の中央に躍り出た俺。見守る大勢の皆様の視線が痛い。
 大理石の磨かれた床に御影石のような黒い石や緑や青の石がモザイクで嵌めこまれて、大広間中央はアラベスク模様になっている。そこに立つ俺たちにシャンデリアの煌めく光が降り注ぐ。


「私に任せろ」

 ロワが耳元で囁く。うん。あんたに任せる。
 オーケストラがワルツの旋律を奏で始めた。


 離れて礼。
 顔を上げて目を合わせた瞬間。

 ぴしっと空気が変わる。
 俺にとって周囲は無になった。

 目にも止まらぬ速さで、ロワの右の拳が突き出される。
 咄嗟に左の腕で防いで、反射反応で右の手刀をロワの首へ。

 それを跳ねられ、パンチが胸へと。
 気が付けば拳の応酬をすごい勢いで繰り出しあっていた。

 ドドドド、
 ジャアーン。

 ぱっと離れて距離をとる。

 ズンチャ、ズンチャ。

 軽快な音楽に、互いに懐に飛び込んで、次は蹴りの応酬。ロワの白いマントが翻って、内側の朱色が目に鮮やかだ。

 なぜか、オーケストラのリズムを刻んでいる。合わせているのはロワで、俺はロワの攻撃に反応しているだけだ。

 ジャーン。

 で、離れ、次の小節の始まりで応酬を再開。

 これ、ダンスか? 演舞?

 周囲のご婦人やお貴族様たちは口を閉じるのも忘れて唖然と見守っている。

「うおっ」
「すげえ!」

 騎士団の人たちには受けてるみたいだな。
 俺も楽しい。ロワも楽しんでいるらしく、にやっと口の端が持ち上がっている。

 いよいよ曲もクライマックスだ。

 ロワが俺の腕を掴んで大きく回転すると、そのまま勢いよく放り投げた。

「うわっ! 投げたっ!」
「きゃー!!」

 叫び声が上がる中、身体を捻ってムーンサルトを決めて着地。ドレスのスカートがふわりと広がって、俺、チラリズム。いや、ドレスでもスカートでもないけどさ。

 その足で床を蹴って、ロワ目掛けて突っ込む。蹴り上げるために伸ばした足を掴まれ、今度は真上に高く放り上げられた。

 俺は前方伸身宙返りを披露しながらロワが広げた腕の中へ。
 すっぽりと収まって、オーケストラもジャーンと締めて曲が終わった。

 ロワが俺を抱っこしたまま離してくれないので、そのままロワと一緒に観衆へ向かって礼をぺこっと。

 未だに呆然としているご婦人方を他所に、騎士たちが床を踏み鳴らし、盛大な拍手をしてくれた。うん、大受けだ。

 レオナレス王太子様も目をキラッキラさせて、「すごい! すごい! カッコいい!」と拳を握り締めている。
 驚くキシリア義母さんの横で、小さなライカレスがきゃあきゃあ言って飛び跳ねていた。喜んでもらえて何よりだ。



「斬新なダンスでしたな」

 俺たちが中央から引き上げると、すぐにカップルたちがオーケストラの音楽に乗せてダンスを始めていた。
 俺たちにワインのグラスを渡しながら、宰相さんがはははと笑った。この人にも受けたらしい。


 慣れない場に緊張していた俺も、適度な汗をかいてやっと肩の力が抜けた。

 演技披露に関していきなりだったし、何の打ち合わせもしていなかったけれど、これって阿吽の呼吸ってやつ? 俺の反応の癖を良く知っている。俺の全てを知っているロワだからこそだな。ちょっと照れる。

「さすがだ、私のシュン。息もぴったりだった。私の動きによく合わせてきたな」

 見上げたロワの目が甘い。なにこれ。色気駄々洩れだよ。抑えて! 俺、赤面しちゃうよ。


「なんだ。見せつけてくれるな」

 バラン騎士団長がにやにや笑いかけてきた。神殿の式の時はきっちりと止めていた襟を少し崩して、色気半端ないちょい悪オヤジ風だ。

「先ほどの体術は興味深い。騎士の訓練に取り入れてもよさそうだ」

 その横にグレバリオ総司令官。真面目だな。大獅子将軍のカラーである臙脂色の騎士正装服をこれほど決めて着こなせるのはグレバリオ閣下の他にはいないだろう。

「おいおい、今日ぐらいは仕事抜きで楽しめよ。飯食いに行こう、飯」

 その肩をバラン団長がバンバン叩いて、背中を押すようにしてご馳走が並ぶテーブルへと連れ立って行った。

 あの二人、なんだかんだと良く一緒にいるよな。腐れ縁って奴かな。たいていバラン団長が絡んでいく感じだが。
 そういや、バラン団長って、独身だっけ? 散々遊んで、婚期逃した口かな。グレバリオ閣下の方は、奥様が早くに亡くなって独り身だったな。息子さんがやはり騎士団にいたはず。



 大ホールでは何曲目になるか、華やかなダンス曲が優美な調べを紡いでいる。踊る人々は入れ替わり立ち代わり途切れることなく続いていた。その中に同性のカップルの姿もちらほらと混ざり始めていた。

 始めは恐る恐ると。次第に、楽しそうにダンスを踊っている。貴族の紳士同士。ドレス姿同士。騎士服のカップルも見かけた。

 まだ、偏見や抵抗はあるだろうが、次第に自由な恋が認められるようになればいい。俺とロワのこの結婚式はきっとそのはしりとなって、彼らの背を押すのだろう。俺たちの今日の苦労も意義のあるものだったということだ。



 うんうんと、上手く纏めて一人頷いていた俺の耳に、ざわざわと穏やかならぬ喧騒が聞こえてきた。
 なんだろうと、顔を向けた時、べちゃっと何か柔らかいものが顔に張り付いた。 
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