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第四章(最終編)悠久の時を越えて

23 みんな一丸となって

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 《ある地方の男A視点》

 夕暮れが迫り、夜を迎えようという頃になっても、魔石工場に並ぶ人の列は長く伸びたままだった。仕事を終えた俺は、この長い列に躊躇うこともなく並ぶ。

 ここは王都からかなり離れた地方の町だ。魔動石が生産できるようになって数年。今では全国のちょっと大きな町ならどこででも魔動石工場がある。


 魔動石工場は政府直轄だから仕事のあぶれもないし、定まった仕事に就けない者も己の魔力を供給するだけで賃金が得られる。低所得者の救済機関としての役割も担っていた。生産された魔動石は各市町村で活用できるし、余剰分は国が買い取る。この工場が設置されたことによって、貧困が解消され、捨て子もなくなり、生活が向上して、結果として治安も良くなった。

 昼過ぎに突然、王都から発令された魔動石増産への協力の要請が出されてから、ずっと工場前の順番を待つ列が途切れることがなかった。

 工場で魔力を魔動石に籠める作業場の数は限られている。どんなに頑張っても一遍で入れる人数は三十人がいいところだった。それでも、国が魔動石を求めていると聞けば、誰もが協力しようと長い列に加わった。

「おい、じいさん。あんた、昨日まで寝たきりじゃなかったか?」

 俺は知った顔を見つけて声を掛けた。よろよろと杖をついて並んでいる年寄りだ。確か、九十近い年ではなかっただろうか。

「このお国の大事に、寝ていられんわい。わしも少しでもお役に立ちたいと思っての」
「あんたの魔力なんか、もう微々たるもんじゃないのか? それより倒れでもして迷惑かける前に家に帰れよ」
「何を言う。量の問題じゃないわ! 若い者は、すぐに目の前の強さだけを求めおる。人の強さってものはそういうものじゃない。わずかな力も集まれば大きなものになる。みんなで力を合わせることが大事なんじゃ。それが人の強さじゃ。ごほごほごほっ」

 唾を飛ばし、入れ歯まで飛ばす勢いで力説した老人は、力を入れすぎて咳き込み始めた。そんな爺さんの背を俺は撫でてやる。

「大丈夫かい? 年寄りの冷や水にならんようにな?」
「わかっておるわい! まだまだ若いもんにゃ、負けんぞい」
「それが年寄りの冷や水ってんじゃ……」

 八の字に眉を下げた俺の肩をとんとんと後ろから叩かれた。振り返って、思わず「ひえっ」と上げそうになった声を辛うじて飲み込む。

「そうそう。まだまだ、若いもんにゃ負けるわけにはいかんがな。どはははは」

 入れ歯をかくかくして笑う爺さん&婆さん集団がぞろっと後ろに並んでいた。杖をついたり、腰が曲がっていたりするが、俺は知っている。この町の元気な元気な口うるさいお年寄りどもが暇に飽かして集まって、何やらいろいろ企んでいる……

「お達者会の皆さん……」

「この年になってもお国のためにできることがあるのは嬉しいことじゃの。ウンメさんや」
「んだんだ。焼き菓子もってきただに、一つ食うかえ?」
「焼き菓子だとよ。ゴロベ爺さん。そっただとこで寝とらんで、ウンメさんの菓子、食えや」
「ふにゃ、おら、牛めらに餌やらんと」
「あんたんとこの牛は十年前に売り払っただろ? また、ぼけとるな」
「あたしが若い頃はもててねえ。あんた、覚えてる? あの頃、人気のあった冒険者のランド。あのランドもあたしにぞっこんでねえ」
「また、あんたの昔話が始まったよ」
「なぬ? ラドス(ヤギに似た動物)が出ただと? 捕まえろ」
「焼いても煮てもとうまいさね」

 カオスだ。カオスがぞろっと並んでいる。



 ***
 《セネルスの騎士ダンカン視点》

「よし! 集まったな。急いで神殿に運ぶんだ!」

 俺が声を上げると、メルバセル、ハロライド、オバクルも「おう!」と、力強い声を上げて、魔動石がぎっしり詰まった大きな袋を肩に抱え上げた。
 テスニア王国から緊急要請を受け、我が若きガルシアス国王が先頭に立って、国中の魔動石を集めるだけ集めている。
 国民にもスターヴァーの脅威とそれと戦っているテスニア王国の事情を公布し協力を願った。

 ガルシアス国王の治政になって、軍への強制もなくなり、税も緩和され、国民の暮らしが目に見えて改善された。民人は皆、国王に敬愛と信頼を捧げている。


 テスニア国で魔動石が作られ始めて、セネルスの山で採れるただの砂や石がテスニアへの貿易品になった。得た代価でセネルスに不足する食糧や品物を買う。鉄が豊富な我が国は鋳造技術を磨いて鉄製品も輸出できるようになった。羊の毛皮や山の動物の毛皮もテスニアで喜ばれ、不毛な荒れ地や山岳の産業が動き始めた。

 貧しかったセネルスは、今、希望に向かって確かな歩みを始めている。

 さらに、テスニア王国から技術提供を受けて魔動石工場も方々で稼働を始めている。働き場を提供する工場の存在も人々の暮らしが安定する役割を担っていた。

 国の人々はみんなできる限り王や隣国、ひいては世界のために役に立とうと魔動石を搔き集め、魔動石工場に魔力提供をするために押し寄せていた。

 本当に、セネルスはいい国になった。テスニアと同盟関係になり、戦争の心配もなくなったことも大きい。


 俺たち王権復興派の面々は騎士に返り咲き、今、王の要請に従って馬を走らせ、人々から提供される魔動石を集めて回っていた。
 だが、俺や、メルバセルら一部の者たちは、王のためにだけ身を粉何して走り回っているのではない。

「ロワクレス殿のために!」
「スターヴァーと闘っているロワクレス殿に!」

 合言葉のように声を張り上げて、神殿の急な階段を駆け上がる。

 神殿には、先だってテスニア国のグレバリオ将軍が使った転移魔法陣が据えられている。セネルスとテスニアの同盟関係が正式に結ばれて、仮に描いてあった魔法陣を床に彫り込んで永続的に使用できるようにしたのだ。この魔法陣はテスニア王城にある転移施設に繋がっている。
 そこへ魔動石を送り込めば、その場からマトラス国に直接送り込めるらしい。実に機能的だ。


 マトラス国では、今、この瞬間にも、ロワクレス殿はスターヴァーと死闘を繰り広げている。その場に行って、一緒に戦えないのが悔しい。

「ロワクレス殿はきっと無双されているのだろうな」
「ああ、ご勇姿を一目でも見たい」
「願わくば、ご一緒に戦いたい」


 セネルス国にはロワクレス殿を目指し隊と称する一団が存在する。自己申請式で入退は自由だ。ひたすらロワクレス殿に憧れ、彼の人に少しでも近づけるようにと、日々鍛錬を続ける筋肉武闘礼賛集団だ。不肖私、ダンカンが一応隊の筆頭を任じている。
 騎士隊、兵士、冒険者など多くの者が身分も職種も越えて繋がっている。ロワクレス殿への憧れは全ての障害を越えるのだ。

 先にセネルス王城の左翼を一撃で瓦礫にした武勇伝は伝説となっている。



 我が主君はなぜかロワクレス殿の名を耳にすると激しく怯えられるのだが。

 かつて二十年もの長きにわたって幽閉なされていたガルシアス様を助けに現れたシュン殿は天使に見えたと、いつだったかおっしゃられたことがあった。陛下はその時、シュン殿と手を取り合って国を支えていきたいと強く願われたのだろう。

 敬愛するガルシアス国王の私室にはシュン殿の絵姿がいくつも壁に飾られているのは、公然の秘密となっている。

 シュン殿がロワクレス殿の唯一無二の伴侶であることは周知の事実だが、ガルシアス陛下は、未だシュン殿への想いを捨てきれておられないのかもしれない。


 そのシュン殿もロワクレス殿と一緒にマトラスでご活躍されている。我々もはせ参じたいが、それができないならせめて少しでも多くの魔動石を送り込み、スターヴァーを倒す一助にでもなれと願ってやまない。
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