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北の隠れ里

3 嫉妬したシュン

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 《シュン視点》

 その日の夕方、集落に着いた。なんだ。もうちょっと辛抱してくれれば良かったんじゃないか。
 不満はいっぱいだったけれど、俺の身体は自由が利かず、酒場の二階にある部屋のベッドに横にされたらそのまま眠ってしまった。



 次の日、俺は最悪な気分で目を覚ました。窓から差し込む光で昼近いらしいと感じる。ベッドの隣に寝た跡はあったがロワクレスの姿はなかった。

 ずいぶん寝たようだが、まだだるさが取れていない。鈍く重い頭痛がずっしりと乗っているようで頭もすっきりとしない。

 横になったまま、昨日を思い返す。ぐったりしていた俺は結局ロワクレスの腕に女か子供のように抱っこされたまま村に入って、この宿にも連れてこられたわけだ。


 むむー、と俺は枕に顔を埋めた。ちっとも男らしくならないな。いつまで経っても、俺は子ども扱いのままだ。あれか? 体格差か? 体格の差があり過ぎるってか? 俺が小さいのが悪いのか? だから、子供扱いから抜けないのか?

 ひとしきり不可抗力な埒もないことで悶々としていたが、腹がくうと鳴って起き上がった。昨日の昼に固いパンと干し肉の切れ端を齧ったっきりずっと飯は食っていない。さすがに腹が減った。

 一階は酒場のようだったなと思い出す。飯も出してもらえるのだろう。
 ロワクレスの帰りを待ってもいいのだが、俺もそこまで子供じゃないんだ。飯ぐらい、一人でも食える。

 俺は変なプライドに駆られたまま身支度を整えると、重い頭を押さえて階下への階段を下りて行った。



 昼近いからか、客の話し声ががやがやと聞こえてくる。女の甲高い嬌声が上がって、何気なくそちらへ視線をやった。キレイどころのお姉さんや娘さんが群がっている一角があった。周囲の男たちがうらやましそうに妬ましそうに見ている。

 女たちの真ん中に、椅子に座った金色の髪の男がいた。背筋がまっすぐに伸びて姿勢が良く、鼻筋の通った文句のつけようのない美男子で、女たちに傅かれるのが当然なように似合っていて。

 階段を降りる足が止まった。何だろう? このむかむかする嫌なものは。ああ、頭が重い。ずくずくと痛い。

 赤毛の美女がロワクレスの肩に馴れ馴れしくしなだれ、精悍な頬に赤い唇を寄せた。

 ぶつり。

 俺の中で何かが切れた音がした。

「ロワクレスの馬鹿―!」

 なんの制御も我慢もなく、衝動的に俺の喉は声を発していた。
 そんな自分自身に衝撃を受ける。

 俺は外へ走り出た。居たたまれなさすぎる。
 女に囲まれているロワクレスを見たくない。
 驚いた顔をしたロワクレスと目を合わせられない。



 北の外れにある村だが、そこそこ家が軒を並べ、広場では行商人が商売をしていた。逆に、これより先には商人も行かないため、生活物質はここで求めねばならないのだろう。
 今日は市が立つ日と見え、曇天の下ちらほらと露天商が店を広げていた。
 俺は見るともなくぶらぶらと露店が並ぶ方へと足を向ける。



 わかっている。ロワクレスは間違っても浮気なんかする男じゃない。
 きっと、俺を休ませようと、俺が寝ている間に一人で情報収集していたんだ。俺を抱き潰したってことで責任を感じていたんだろうし。

 そのロワクレスの周りに女たちが集まってしまうのは、しょうがない事なんだ。男だって見惚れるいい男なんだから、俺の『旦那』は。

 ――うわーーー!!

 自分で言ってて、超照れるぜ!
『旦那』って! 『旦那』って!

 思わずその場にしゃがみこんだ。熱が集まって来る顔を両手で覆う。

 いや、俺、何やってるんだ? 挙動不審もいいとこだろ?
 
 何とか気を取り直して立ち上がった。きまり悪さをごまかすように辺りを見回す。
 ふと、視線を感じて見遣ると、露天商の男と目が合った。フードを目深に被っているが、その肌が濃いブラウンで目が赤いのが見てとれた。

 座った男の前には装飾品らしいものが並べられている。それを目にした時、波長を感じた。ちょっと懐かしいほどの。


 俺の頭に警報が鳴り響く。この世界にあり得るはずがない。俺は確かめようと、露天の店に近づいた。

 言うなれば対ミュータント用の電磁バリアや超能力を阻害する磁場を彷彿とさせる周波数が発信されているのだ。
 俺たちミュータントの能力は特殊脳のインパルス集合電位の発動だ。だから、装置を使って俺たちの脳波に被せるように逆インパルス周波数を浴びせ、発動を押さえる磁場を発生させれば、能力の発現を邪魔できる。
 その装置に何度煮え湯を飲まされた事か。


 地面に敷いた敷物の上には宝石で飾られたネックレスや指輪、腕輪などが並べられていた。色とりどりの石がある中で闇のように黒い石が特に目立って多い。
 近づくと波長の振動はより顕著になった気がするが、どこにもそれを匂わす装置らしきものは見当たらない。

「いらっしゃい。お客さん」

 敷物の向こうに胡坐を掻いて座っている男が俺を見上げて声を掛けて来た。

「どれもこの奥の山で採れた石だよ。お客さんの髪も目もきれいだね。この黒夜石のようだ」
「黒夜石?」
「そうさ。この黒い石だよ。これはこの山奥の地中でしか採れない希少な石なんだよ」

 行商人は愛想よく喋りながら、ネックレスを手に取って見せる。黒夜石という黒い石を連ねたもので、真ん中に一際大きくカットされた石が下がっていた。

「あんたに似合うよ」

 すぐ隣から声が聞こえてびくりとした。いつの間に横に立った? 愕然とするシュンの首に男は黒夜石のネックレスをかけた。
 ずしりと首に重さを感じる。いや、頭か? 胸に下がった大きな石にエネルギーを吸い取られるような気がした。

 ――まずい!

 危機感で背筋にいやな汗が流れた。だが、身体の脱力が止まらない。霞んでいく意識の中で、嬉しそうな男の声が聞こえる。

「雪に閉じ込められる前にと出て来てみたが、花嫁を拾うとは思わなかった」

 がっしりした腕に抱えられた感触とともに、俺はブラックアウトした。
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