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第三章 続続編 古代魔法陣の罠

42 魔界報告審議会

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 《シュン視点》

 ロワクレスと俺の魔界報告は大きな波紋を投げかけた。同時に多くの未解決な疑問と実質的な杞憂も生じた。
 まず、俺たちが目撃した“タール”と、古代魔法陣が語った“スターヴァー”が同一のものかどうか。

「同じものなのかは判らないが、少なくともその魔力の規模は果てしなく、大きさは計り知れないほど巨大である可能性は大きい。それからは知性は感じなかったが、本能的な恐怖を覚えた。あれは、喰うものだ。我々を喰らうものだと、分かった。あれと遭遇して、逃げ切れるとは思わなかった。喰われるだけだ。それなら、闘うしかないと」

 王宮の大会議室でロワクレスが報告する。会議場には陛下や文武の重鎮のほかに魔術師協会会長リーベック老師やローファートを始めとする代表的な魔術師たち、ほかに古代文明を研究している学者に魔物・魔獣の研究者たちも揃っていた。

 なお魔物研究機関の長である王弟殿下のジェロクレスはやはり姿を見せなかった。もうとっくにどこかの森や山に向かっているのだろう。
 疲れた顔をした副長が、『いつものことで』と、申し訳なさそうに頭を下げていた。まだ、四十歳というのに茶色の髪に白髪が目立ち、十ぐらい老けてみえる。気の毒に。破天荒な上司の下で苦労しているらしい。

「シュン君も同じように?」

 司会進行を担う宰相が俺にも振ってきた。

「俺には魔力とかはわからない。だが、“タール”が極めて巨大で、圧倒的に脅威の存在だとは感じました。これには勝てない。戦いようがないと、本能的に判断したものです。だから、闘おうとしたロワクレスを掴んで遠くへジャンプして逃げました。自分にできることはそれしかなかった。あれは恐ろしいものです。まともに当たって、勝てる相手ではないです」

 ロワクレスが頷いて同意を示す。宰相もグレバリオ閣下も、集まった全員が顔色を悪くして黙り込んだ。

「それから、もう一つ。“タール”からは知生体を示す思考を感じませんでした。感情も捉えられなかった。あるのは極めて原初的な欲望、食欲だけ。喰らいたい、それだけしかないように感じました。俺にはひどく異質な印象の生命体でした」

「シュン君の話を聞くと、やはり“タール”は“スターヴァー”であるように思える。我々陽の魔力の真逆の魔力を持つ存在なのだ。おそらく、理解を超える異質さをもつじゃろう」

 リーベック老師がふむふむと納得するように考えを述べた。それへローファートが疑問を示す。

「しかし、老師。遺跡の断片に残した魔法陣の罠。あれは高度な知性がなければできませんよ。その“タール”が複雑な古代文字や文様を書き残せたとは思えません。あれは誰の仕業だというのでしょう?」

「ロワクレス。お主は魔界で、魔獣化した人間に遭うたと言っておったな?」

「はい、老師。しかし、私たちを襲ってきた者どもはすでに理性も何もないただの魔獣と化していました。形も様々で定まらず、とても古代文字を残せるほどに知性があるようには見えませんでした」

「出口入り口の守り人はもう少しまともじゃったのではないのか?」

「まともと言っても、辛うじて会話が交わせるほどでして。ほぼ、狂い果てていました」

「それは長い年月に徐々に狂ったのかもしれん。最初は知性も残っていたかもしれんではないか?」

「では、老師? あの罠は魔獣化した人間が仕掛けたものだと?」

 驚いて声を上げたローファートに、リーベックは頭を振った。

「結論を急ぐでない。可能性の一つじゃ。我々はまだ、何も判らない。やっと、手掛かりの端緒を得たばかりじゃ」

「罠の古代文字を誰が残したかはさておいて、現実問題として、今なおそれらが多数、様々な場所にばらまかれているということだ。どこかの馬鹿が、また断片集めなど始めるかもしれない」

 グレバリオが机をダンッと叩いて注意を惹きながら、危惧を述べた。ローファートが渋い顔をして身を小さく縮める。

「それに、出口入り口なる魔界と繋がる道が、まだどこかに残されている可能性も忘れてはならない。これは極めて現実的な脅威だ。いつか、どこかで魔界が開き、“スターヴァー”が再び地上へと現れる可能性があるということだ」

「しかも我々はその“タール”もしくは“スターヴァー”に勝てないかもしれない。面と向かって戦って勝算が薄いと言うことだね?」

 グレバリオの言葉に顔色をますます青ざめながら、宰相が確認するように問いかけた。
 それに対し、

「それなら、その危険な遺跡や断片を片っ端から葬ればいい。粉々になってしまえば、再現もできまい」

 オズワルド将軍が端的な解決法を提案した。

「そうだ。出口入り口の道も潰してしまえばいいことだ。魔界から出てきた道をロワクレスが塞いでしまったようにな」

 グレバリオもオズワルドの発案に乗っかり、珍しく意見の一致をみて両者が頷き合う。

「軍隊を派遣する。各国にも文書を回して遺跡をぶっ潰させよう」

 オズワルドの提言に、リーベックが顔を真っ赤にして立ち上がった。

「馬鹿を言うでない! 貴重な遺跡をぶ、ぶっ壊すじゃと? なんと罰当たりな! 世界遺産とも言うべきものを! そこから今後どれほどの有益な示唆や情報が得られるかわからんものを、ぶっ潰すじゃと! それこそ、野蛮な暴挙じゃ!」

「何を言う? 老師。現実的に危険があるのは明白なのだぞ! 遺跡だ、調査だとぐずぐずしておるうちに、スターヴァーや魔界が地上に現れたら、それこそ未来がなくなるんだ。地上が蹂躙され、誰も生き残らなかったら、未来の子孫たちになんと言い訳するのだ! まずは憂いを取り除くことが先決だ!」

 リーベックと同じように遺跡を保護すべきだという研究者や魔術師らと、危険性のあるものはとりあえずぶっ壊してしまえという軍人らとの間で侃々諤々、談論風発のあり様となった。
 陛下は静かに瞑目し、宰相はこめかみを指で揉みながらしかめっ面をいっそう苦いものにしていく。

 ロワクレスと俺はひそひそと小声で会話していたが、俺が了承の頷きを返すと、それを受けてロワクレスが立ち上がった。

「私から、一つ提案がある」

 囂々とやりあっていた会議場の面々が口を閉ざしてロワクレスに注目した。宰相が隣の陛下をこっそり肘で突いて、陛下がはっと目を開いた。

 寝てたのか? 王様。大物だな。

「タール、もしくはスターヴァーが地上に出てくる道を開いて置くことは如何にも危険です。後々の禍根となりましょう。同様に、魔界を開く鍵となる断片を放置することも無責任となりましょう。しかし、それらはどこにあるとも知れず、広範囲に亘って散在している可能性が高い。実際に、私たちが魔界から脱出した場所は広大な砂漠の中でした。それを軍隊が探索して回るのは効率的ではありませんし、莫大な負担がかかるでしょう」

 宰相が大きく頷いた。そうだよな。一師団が長期間遠征するだけでどれほどの費用がかかるか、国庫を預かる身としては頭が痛い事案だろう。

「そのうえテスニア王国の防備を薄くすることも避けねばなりません。ですので、これらの調査・対処を私ロワクレスと補佐のシュン・カスガの二人で担当したいと提案します。既にご存知のようにシュンはテレポーテーションという異能の持ち主。一度足を踏み入れた場所なら、寸時に移動できます。探索移動時間の大幅な短縮ができるのです。さらに、問題の道や危険な罠は、たいていのものなら私とシュンの力で対処できるでしょう。場合によっては、どれほど離れていようとも即座に帰還、軍の応援も要請することができます。どうか、ご一考ください」

 ロワクレスが着席すると、俺も立ち上がった。

「遺跡や断片の文化遺産に関しては、拓本や模写などによって碑文を残し、断片なら持ち帰ることも可能です。ただし、その扱いは極めて厳重に願いたいものです」

「それは無論じゃ。何重もの結界で閉ざした密室や蔵を用意しよう。断片なども重なったり繋がったりすることのないように、それぞれ隔離させて保存しよう」

「実際のところ、無作為に散在させて置くより、きちんと管理されているほうが安心だし、状態保存も良いでしょう。古代遺跡調査に関しては、研究機関と連携して行えます。これも俺とロワクレスの二人なら可能なことです」

 途中から静かになって考えこんでいたローファートがぱっと顔を上げた。何かひらめいたらしい。

「連絡方法に関しては、ちょっと考えがあるんだよ。魔動石を使った魔道具で工夫できそうなんだ。僕に任せてもらえるかな?」

 ローファートが立ち上がって握り拳を振った。自分の思い付きに夢中になっていて、完全に今の場を忘れているな。

「さっそく作り始めたいので、これで僕は失礼するね。ああ、忙しい!」

 もうローファートの目には陛下も誰の姿も入っていないに違いない。そわそわと会議場を飛び出して行ってしまった。どこまでも、自由な男だな。ローファートらしいよ。

 そのあとも、報告審議会はなかなかに賑やかだったが、多分結論はほぼ確定だと思う。
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