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第三章 続続編 古代魔法陣の罠

41 ジェロクレス殿下の突撃お宅訪問

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 《シュン視点》

「ロワクレス様、シュン様、それではお休みなさいませ」

 ヨハネスがきれいな所作で挨拶をして帰って行ったのが一時間前のことだった。

「坊ちゃま、シュン様、それではまた明日。良い夜をお過ごしくださいね!」

 酒の摘みを銀の皿に並べてテーブルに出すと、手を振りながらアニータが帰ったのが二時間前のこと。

「明日はお屋敷のほうへ行ってからになりますので、午後三時ごろに参ります」

 ロワクレスの愛馬クロムに干し草をやって風呂に水を満たしてから、ウルノスが家を出たのが三時間前。

 とっぷりと夜も更けて、先に湯を使ったロワクレスがリビングのソファで摘みに手を伸ばしながらワインを楽しんでいる。
 風呂で温まった身体をバスローブに包んで、俺はソファの後ろからロワクレスの首に抱きついた。

 ロワクレスが首を回して、笑いながら俺にキスをしてくれる。そのままソファの背を越えて、俺は彼の腕の中に転がるようにして収まった。俺の身体が熱くほてっているのは湯のせいばかりではない。
 期待して準備をしてきたからだ。

「明日があるから、一回だけだぞ?」

 一応、念を押しておく。明日は王宮で、魔界を渡ってきた俺たちの報告審議会がある。ヘロヘロで出ていきたくはない。

「わかっている。お前を困らせるようにはしない」

 ロワクレスがワインのグラスをテーブルに置いて、俺の耳元で低く囁いた。俺はその声を聴いただけで、もう全身がぞくぞくと感じてしまう。
 熱くキスを交わし合いながら、ロワの手が俺のバスローブを割るように忍んできて……。

『カン、カン、カン!』

 玄関のノッカーが家中に響いた。
 今頃、なんだ? 誰が来たんだ?

 俺はロワクレスと顔を見合わせた。お互いの顔が出ていきたくないと告げている。

『カン、カン、カン、カン、カン!』
『カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン!』

 ノッカーは執拗で、諦めるどころか更にけたたましく打ち付けられる。

 不機嫌にムッとしたロワクレスが立ち上がった。

「シュン、お前はここにいろ。誰が来たのか見てくる」

 リビングの扉を開け玄関ホールへと出ていくロワクレスの背中を見送った。よっぽどの用でなかったら、来訪者はひどく後悔することになりそうだ。

 ガチャリと鍵を開ける音がした。同時に、大声が飛び込んでくる。

「おう! やっぱり居たじゃねえか! 居留守なんざ使うなど、百年早いんだよ! さあ! 聞きに来たぞ! さっさと吐けい!」

 その勢いのままホールを突き抜け、金茶の箒みたいにぼさぼさした頭に土埃にまみれたマントの大きな男がリビングへと突進してきた。

「ジェロクレス殿下! 待て! ジェロクレス!」

 びっくりして見開く目の先に、慌てて追いかけてくるロワクレスの怒りに染まる顔がある。
 そんなロワクレスの剣幕を歯牙にもかけず、浅黒く日焼けした顔を俺に向けてにやっと笑った。

「おう。これが噂のシュン君か! 黒目黒髪だなあ。ほんと、異世界人なんだな! でなければ、死人だよ。君! 魔力を全然感知できない! いや、珍しい! よく、見せてくれ!」

 呆然と立つ俺の前に来ると、遠慮もなくバスローブに手をかけた。

 バギッ! 

 大きな男はロワクレスに殴られて、リビングの向こうまで吹っ飛んでいく。どがっと壁にぶつかったが、頑丈そうな身体つきだから多分大丈夫だろう。

 俺はバスローブをしっかと掻き合わせると、急いで二階に駆け上がって行った。どうしてだって? もちろん服を着るためだ。
 まさか客が来るとは思わなかったから、バスローブの下には何も着てなかったからな! くそ! めっちゃ恥ずかしいじゃないか!



 シャツにズボンという普段の服装に着替えて降りていくと、客人はローブを脱いで、銀皿の摘みをばかばか喰いながらワインを上機嫌で飲んでいる。ロワクレスに殴られた痛手などは特に目立ってないようだった。
 その客人をロワクレスが対面のソファから睨みつけている。
 氷鉄の視線に平気でいるなんて、胆が座っているな。

 ロワクレスの横に寄って行くと、ぶっきらぼうな声で紹介してくれた。

「王弟殿下のジェロクレス殿だ」

 え? と思わず姿勢を正すと、腕を掴んで隣に座らされた。

「改まる必要などない。敬語も無用だ」

 え? だって、王様の弟なんだろ? 王族だよな?

「初めまして。私はこいつの従兄だよ。親戚。身内。気楽に、気楽に」
「こいつが従兄だとは考えたくもない」
「そんなこと言ってー。変わらないなー。ロワクレスは。シュンはロワクレスの伴侶だって? じゃあ、もう身内と一緒だね。ジェロ兄さんって呼んでいいよー」

 ――軽い。軽すぎるぞ。王族。陛下といい、こんなんでいいのか?

「で、こんな夜更けに何しに来た? 人の寝酒をかっくらいに来たわけではあるまい」
「北の方の山に籠っていたんだが、宿に戻ったら召集令状が来ててな。で、お前たちが魔界から戻ってきたと聞いて、すっ飛んできたんだ」

 そして、目をらんらんと輝かせてがばりと身を乗り出してきた。日焼けしたざらざらした顔に固い無精ひげが伸びてたわしのようだ。顔の造作は整っているのでちゃんと身綺麗にしたら、かっこいいイケメンになるかもしれない。

「そんな面白い情報を、明日まで待っていられるか? まして、報告会なんて場でちんたら聴いていられっかよ! 頭の固い連中のバカバカしい質問の応酬なんかに付き合ってられねえよ。だから、真っ直ぐここへ来たんだよ。さあ、聴かせてもらおうか。魔界はどんなところだった? 魔獣もいたんだろ? スターヴァーもいたのかよ? 全部、吐き出してもらうぜ」

 ジェロクレス殿下の本気っぷりに、ロワクレスとはまた違った凄みを感じて、俺は思わず身を引いた。やっぱりロワクレスの身内だ。迫力が半端ねえ。



 絞れるだけ搾り取り、もうこれ以上はどう叩いても出てこないと客人はやっと判断したらしい。

「じゃあな。また、会いに来るよ」

 ジェロクレス殿下は、旅に汚れたマントを肩に出ていった。まるで嵐のような人だった。
 巨大ナガル蛇の魔物が魔獣に変化した目撃談の食いつき方が凄かったな。

「そうか! そうか! やはり、そうだったか!」

 一人で何度も頷いていたな。仮定理論がまさに実証されたと興奮していた。


 もう外は白々と明け始めていた。少しでも寝ておこうとベッドに入ってうとうとと眠りについたところをアニータに起こされた。

「今日は大事な会議があるというのに。坊ちゃま、仲がおよろしいのもほどほどになさいまし!」

 ――違うから! アニータさん! 誤解だから! そんな白い目でロワクレスを責めないでやって!
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