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第三章 続続編 古代魔法陣の罠

6 なぜ、いる?

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《シュン視点》

 明るい日差しに眩しく細めながら、やっと目を開いた俺はだるい身体を起こそうとした。だいぶ寝過ごしたに違いない。
 だが、腹に回された腕にその動きを遮られる。後ろを振り返ると、がっちりと俺を拘束したロワクレスが眠っている。珍しい。俺は背後の男を見上げた。

 鍛え上げた騎士である彼は目覚めが良い。眠れる時は時を選ばず眠る習慣のある俺より、いつも早く起きているのが普通だ。こんなにぐっすり朝寝坊をしている姿は滅多に見られない。


 昨夜はがっつりと抱かれた。やけに熱くなったロワクレスは暴走気味だった。まあ、その気持ちはわかるので、俺も一緒に暴走した意識はある。正直、起き上がるのもかったるい。
 そっとロワクレスと向き合う形に身体を回す。それでも目覚めない彼の顔を眺めた。


 ほんとに良く眠っている。穏やかな寝顔だった。カーテンの隙間からこぼれる日差しに金の髪がきらきら輝いて、静かに眠る彼は物語の中の王子様のように美しい。

 きっと安心しきっているのだろう。この家はいわば二人だけの世界だ。俺とともにいる充足で安堵し満たされている彼を起こしたくなくて、もうしばらくこうしていようと肩に頬を寄せた。

 首に俺がつけた赤い痕を見つける。胸や肩にも見つけて、俺も随分盛り上がっていたなと一人で赤面した。俺の王子様は所有痕を散らした素っ裸の色っぽい王子様だ。俺だけの王子様。誰にも渡さない。


 胸に顔を埋めてロワクレスの匂いを堪能していると、中庭でおしゃべりしている女たちの声が聞こえて来た。洗濯でもしているのだろう。二棟の住人の奥さんかもしれない。貴族にはない元気な声が遠慮のない笑いとともに風に乗ってくる。

 とろとろと眠りかけた俺の耳に届くとりわけ元気のいい声はアニータさんの声に似ているなあと思った。ほんと、声の調子もそっくりだ。

「…………越していらしたの?」
「あたし、見たわ。すっごいいい男だったわよ」
「でしょ! 自慢の坊ちゃまよ。昨日からよ。世間知らずな坊ちゃまだから、よろしくね!」

 がばりと起きる。ロワクレスが目を覚ましたが、それどころじゃない。

 チェストから引っ張り出したシャツを引っかけて、ズボンを穿き、ボタンを掛けながら中庭に面した窓を開けてバルコニーへ出た。

「シュン様ー! おはようございまーす!」

 昨夜、風呂場に脱いで置いた服を物干し場のロープに干しながら、アニータがぶんぶん手を振っていた。


 ***

 階下に降りて行くと、既にテーブルには朝食とも昼食ともつかない食事の支度ができていた。

「ごゆっくりでございましたな。どうぞ、お食事を。のちに、ウルノスが荷物と一緒にクロムを引いて参ります」
「そうか……」

 習慣でつい返事をしたロワクレスが扉を開いたまま固まった。彼の困惑は良く解る。俺だって大混乱中だ。

「ヨハネス……。なぜ、お前がいるのだ?」

 執事の服を今日も完璧に着こなしたヨハネスが白髪の混じって来た頭を優雅に下げた。

「オズワルド様のお屋敷を辞して参りました。今日から通いでこちらのお世話させていただきます」
「よく、父が承諾したな?」

 何とか驚きを飲み込んだロワクレスが中に踏み込む。バタンと音がして台所からアニータが顔を出した。

「もちろん、辞職願いを叩きつけてやったんですよ! あの時の大旦那様の顔ったら! すかっとしましたよ!」

 アニータが腰に手を当て、得意げに胸をそらした。ヨハネスが顔をそらしてこほんと咳をする。にんまりとした顔をごまかしたな。

「思い切ったものだな」

 まだ、ロワクレスは唖然としているようだった。

「大旦那様のなさりようはあんまりですよ! あたしたちは坊ちゃまと奥様のお味方ですからね!」
「しかし、私にはお前たちの給金を払えるほどの収入はないぞ?」
「御心配には及びません。長年お屋敷を勤めあげて参りました。それなりの蓄えがございます」

「あたしも自分の家に戻るだけのことだからね。お屋敷勤めが終わったって旦那も子供も喜んでいるくらいですよ」
「アニータの家は近いのか?」
「通り二つ向こうです。お屋敷よりずっと近くなって、通うのになんの不自由もないですよ」

「そういうわけでして、これからもロワクレス様のもとで働きたいと存じます」

 ヨハネスが改めてきれいに腰を折って礼をする。押し掛け使用人だった。

「だが、ただ働きさせるわけにはいかない。正直、手伝いの手は必要ないと思うのだが」

 ロワクレスが困惑してなおも抵抗を試みている。

 ――二人だけの家のために頑張れ!

 俺は心の中でロワクレスを応援した。

「何をおっしゃるの? 坊ちゃま! 剣一筋でいらした方が家の仕事なんかわかりっこないでしょ。騎士団の仕事もあります。奥様だって補佐のお仕事がたいへんでございましょ! 大丈夫! ご安心してこのアニータにお任せくださいませ!」
「これまでのご恩を考えましたら、お給金など必要ないのですが、それでも心苦しいと仰せならご相談いたします。ロワクレス様のご負担にならない範囲で取り決めましょう」

 ――ああ、だめだ。押し切られている。詰んだな、ロワ。

 そもそも、生まれた時から世話になっているこの二人に、ロワクレスが敵うはずがなかったのだ。


 そこへ、バーンと勢いよく玄関の扉が開き、ウルノスが荷物を抱えて入って来た。

「クロムは中庭の厩舎に入れて来たぞ! ほれ! とりあえず持てるだけ持ってきた!」

 ああ、押し掛け使用人がもう一人いた。

 二人では広いかなとさえ思っていた新居はどっと人数が増え、いきなり狭くなってしまった。
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