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第二章 続編 セネルス国の騒動

38 監禁部屋で見たものは

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 《ブルナグム視点》

 時刻は遅くなってはいたが、続き部屋が連なる貴賓室のリビングで俺たちはまだ酒を舐めながら集まっていた。ロワクレス隊長の拘束は解かれていないし、シュン君の行方も心配だったからだ。

 部屋を出て行ったきり戻って来ないオズワルド大将軍の挙動も不安材料にしかならない。自分は騎士隊で管轄が違うが、勇猛果敢な将軍は時に独断で走るきらいがあると聞く。戦闘の真っただ中ならそれも必要なことだろう。だが、将軍の性格も独断を好む傾向が強いらしい。
 戦なら英断と歓迎されるそれも、調和を必要とされる平時ではいささか厄介なものとなる。


 そこへ、大将軍が戻って来た。その上機嫌な様子に腹の底が冷たくなるような不安を掻き立てられた。

「ロワクレスの釈放が決まった。これから迎えに行くぞ」
「え? マジっすか?」
「どんな条件を出したのだ?」

 驚くだけだった俺とは違い、グレバリオ閣下は冷静だった。セネルス側が無条件で隊長を手放すはずがなかった。場合によっては保釈条件として有利に交渉できる人質でもあるのだ。

「あれの補佐官をセネルスに渡しただけだ」
「えええ? シュン君を?」
「シュン様を?」

 驚愕の声が部屋中からあがる。
 グレバリオ閣下が怒気を漲らせてオズワルド将軍の胸倉を摑まえた。

「勝手なことを! 何をしたか、貴殿、判っておるのか?」

 オズワルドがふんっと片手でそれを払った。

「たかが文官一人だろうが? ロワクレスの価値を考えたら、安いものだ」
「シュン君はただの文官ではないぞ。非常に有能な特異な才能を持つ人材だ。それも見抜けぬのか? それに、彼はロワクレス殿の特別な者でもあるのだぞ? それを敵に売り渡したと言うのか?」
「呆れたなものだな! グレバリオ殿。お主がそのようなことを抜かすとはな。あんな恥知らずなことを容認するのか?」

 汚らわしいと吐き捨てるように言葉を投げるオズワルドに、グレバリオが憐れむような表情を返した。

「親ともなるとそういうものか? だが、貴殿はもっとよく息子を見た方がよいぞ。でないと、大事な息子を失うことになるだろうよ」
「大きなお世話だ。男となど添わせられるか! 世間の物笑いだぞ。たった今、ロワクレスには良縁を結んできたところだ」
「オズワルド!」

 グレバリオ閣下が大声を出したが、話は終わりだとばかりに大将軍は廊下へ歩き出した。
 その後を不機嫌な顔でグレバリオ閣下が続く。俺は動転し混乱したまま慌ててその後を追って行った。

 ――隊長とシュン君、これからどうなっちゃうんすか! あんなに幸せそうな表情を見せてくれるようになったのに! 




 ロワクレス隊長は壊れている城翼と反対の翼の最上階の奥の部屋に監禁されていた。どうやら王族や高位貴族を収監するための目的で作られた場所らしい。各部屋が独立して塔のような構造になっている。

 結界を張りやすく、外へ脱走することもできない。だが、監禁される対象が高位身分なので部屋は贅沢に調度が整い快適に過ごせるよう工夫がされていると言う話だった。
 王族って、懲罰受けるのも特別待遇なんすね。さすがと言うか、庶民の俺たちはもう何も言えないっす。

 待機していた警備の兵ががちゃりがちゃりがちゃんと部屋の鍵を開けた。三重構造の鍵だった。すごく厳重に警戒されているとわかる。
 開いた中は。


 俺はひゅっと息を吸い込んだまま固まった。

 大将軍もグレバリオ閣下も言葉もなく目を見張っている。
 
「うわあ! なんだ? これは!」

 驚愕の叫びをあげたのは警備兵たち。


 部屋の中は目も当てられぬ惨状が広がっていた。

 高価なチェストは粉々に。
 漆喰の塗られた壁はぼこぼこと穴が開き。
 毛足の長い豪華な絨毯はぼろきれ同様に引き千切られて。
 大理石の暖炉は瓦礫と化し。
 ソファも寝台も綿が絡みついた布と木切れに変わり果てていた。

 調度も壁も床も無事なものは何一つなかった。全て拳と蹴りで破壊されたようだ。
 これを為した本人はどこっす?


 慌てて部屋を見回すと、隅のほうに引き千切ったカーテンにくるまれてそれ・・がいた。

 それ・・としか言いようがなかった。
 人の姿をした別の何かだったっす。


 刺繍が施され白かったカーテンは血で赤黒く染まりくしゃくしゃになっていた。それを頭から被ったロワクレス隊長はすっかり面変わりしていた。

 頬がこけ、唇は切れて血が流れ、服は破れ乱れている。何より怖いのは、何も映していないような虚ろな目だった。大きく見開かれた瞳はがらんどうで、もはや人間の目ではなかった。

 部屋には吐いたらしい据えた匂いと血臭が埃っぽい空気に混じっていた。


「ロワクレス!」

 動揺したオズワルドの叫びが響く。

「ブルナグム、手を貸せ!」

 ロワクレス隊長の側に走り寄り、オズワルド大将軍と左右から腕を抱えるようにして立たせた。

 隊長はぴくりと身体を強張らせたが、無抵抗に促されるまま歩き出す。両手は拳も指も割れて血だらけになっており痛ましい。骨も砕けているかもしれない。

 両手を拘束していた鉄の輪と鎖の残骸が傷ついた手首にぶら下がっていた。それ、どうやったら、そんな状態になるっすか? 俺の背にぶるっと震えが走る。

 ――いったい隊長はどうしちゃったんっすか?

 俺は泣きそうだった。いや、頬が生温いから、きっともう涙も流れているっす。ぼろぼろ泣いているっす。鼻水も垂れているっす。


 部屋から廊下へ一歩出た途端、俺の全身の毛が総毛立った。抱えた隊長から物凄い魔力が噴き上がって来る。

 ぱりんと音がして鉄の枷が粉々になって砕けた。手首から伝わる魔力に共振して、鉄が耐えられなかったのだ。

「う……うううおおおおお」

 獣の唸り声のようだった。溜められ凝縮していく圧倒的な魔力の大きさに、俺の身体は硬直し震え出す。動けない。全身の毛穴からどっと脂汗が噴き出した。 
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