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第二章 続編 セネルス国の騒動

10 セネルスへ国境を越える

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 《ロワクレス視点》

「……以上が現在状況です」

 砦を守る第四部隊の司令官から最新状況を聞き取った。今、私がいるのは南西の砦。王都テストニアから転移魔法陣を使って移動してきた。一緒に砦に移ってきたのは、特殊任務のシュン、副官のブルナグム、砦第五部隊から第二騎士隊へ転属になったナハト、もとセネルス国軍所属のヤイコブそしてなぜか錬金術師のローファートだった。

 第二騎士隊は先行した我々を追いかける形でこちらへ移動中である。各部隊長が率いてくる。騎士隊は保険であり、彼らを使うことなくすべて終わることが望ましい。
 父であるオズワルド大将軍はヤーディングとボラードの国境へと戻り、そこから部隊をセネルス国との国境サマラ川南へまで北上して待機することになっていた。

 今回の名目はあくまでも南西砦との合同演習であり、セネルス国の動向に軍が示威行為を行うものではないと表明している。テスニア王国内では未だ対応する姿勢が決まっていないのだ。


 国境警備部隊の司令官の情報では、これまでセネルス軍侵攻の動きはない。セネルス南東のこの辺りは近々軍隊が来るかもという風評でいくらかそわそわしているものの、首都ネルビアほどテスニア王国への反発も大きくないということだった。

「セネルス国でも北東のあの地域からは離れていますしね、この辺りでは犠牲になった軍の家族もいませんから。ネルビアで盛んに行われている政府広報もこの辺りまでは行き渡っていない現状です」
「まだ明確な動きを見せないということは、セネルス国の軍事政権も一枚岩ではないということだな」
「二十年前に倒された王権復興を望む声もあるという噂もありますし、いろいろ問題を抱えているんでしょう」

 私の感想に司令官が補足した。ここ南西の砦はセネルス国からテスニア王国の都市リブロスへ、そこから南下して南の穀倉地ボラード国へと向かう大きな街道も国境に位置し、国境を監視する重要な施設だった。人々の行き来も多く、それに伴って隣国の情報も多く手に入る。



「支度できたよ。ロワクレス隊長も早くしてね」

 ローファートの声で振り返る。銀髪の長身の男は鮮やかな緑色の毛織物の上着に深緑の毛皮付きのブーツ、手には山岳大猫のブチ模様のある黄色い毛皮のコートを手にしている。私は思わず眉を寄せた。

「ローファート、派手すぎるのではないのか?」
「僕はリブロス商人のローファートだからね。この辺りでは普通だよ。これだけ控えめにしていても、僕は目立っちゃうんだけどね。目立つくらいなほうが役目としてはいいと思うので、この役割は僕にぴったりだね」

 ローファートが目立てば、シュンや私の方へは意識も向くまい。そう考えることにしようと、私は頭痛を押さえた。

「じゃあ、司令官、これ渡しとくからね。使い方は……」

 ローファートが司令官に魔道具の説明を始めるのを背に聞きながら、私はシュンが控えている部屋へと向かった。


 ***

「ロワクレス殿、お気をつけて」
「追って来る第二騎士隊を頼む」

 司令官はじめ南西の砦を警備する第四部隊に見送られて、私たちは国境を越えてセネルス国へと踏み入れた。
 商人ローファートと使用人という形で、荷を積んだ馬車を御者に扮したヤイコブが操っている。三頭の馬に引かせた馬車は、人が乗る屋根付きの箱の部分と荷台が繋がっている大きなものだった。

 リブロスから首都ネルビアまでの道は整備され街道としても広い道なので、こういう型の荷馬車がよく使用されている。シュンはこれを見た時、「トレーラートラックみたいだ」と驚いていたが、彼の世界でも似たような形の運搬車があったらしい。
 肩までのさらりとしたねずみ色の髪をなびかせるナハトと赤い髪を短く刈り上げているブルナグムが荷馬車を警護する形で馬で並走している。二人は商人お抱えの専任警護の役回りだ。


 街道にはローファートのような荷馬車の他にも、幾つもの荷専用の箱を繋げて引っ張らせた六頭引きの荷馬車や、行商人の馬車なども見かけた。それらの馬車を避けるようにして道の端を歩いていく旅人の姿もちらほらとある。
 こうした往来の様子を見ると、セネルスとテスニアが一触即発状態であることなど信じられない気がする。

「庶民にとっては暮らしが大事だからねえ。毎日が必死で、上の意向なんて気にしてなんかいられないよ。戦争だ、何だと騒いでいるのは、頑丈な建物の中でふんぞり返っている一握りのお偉方だけですって」

 馬車の中から街道を眺めていた私に、ローファートが言ってきた。最初は緊張して青い顔でちらちらと顔色を窺っていたが、さすがに私に馴れたようだ。いつもの皮肉めいた調子が戻って来ている。

「それで戦争が始まれば、一番被害を受けるのはいつも無関係な庶民なのだな」

 シュンの頭を撫でながら、低い声で呟いた。私の膝の上にいるシュンの髪は茶色だ。黒い髪は目立つので、やむなく染めた。美しい黒髪が見られなくて私は少し寂しい。

 シュンはその戦争を避けるために、今回の仕事を引き受けたのだろう。戦争の悲惨さを身をもって知っているシュンだ。過去を思い出して辛いはずだろう。それでも人々のために引き受けてくれるシュンの優しさに、思わずぎゅっと抱き締める腕に力を込めた。


 私は軍服を脱いで、綾織のグレーの執事服を着ている。ローファートの執事兼補佐役だ。膝抱っこしているシュンはフリルの大きな白い襟が覗く青と黒のチェック柄の上着に青色の七分丈ズボン、白い靴下という十三歳相当の子供という設定だった。見習い役のはずだが、これでは可愛らしすぎる気がする。

「俺は子供じゃない! 十九だ!」

 まだ誕生日は二週間以上も先なのにそう主張してむくれていたが、十八の青年にはどうしても見えないのだからしょうがない。しぶしぶ承諾したが、しばらく不機嫌だった。私にとってはそんな様子も愛らしくて、とても可愛いばかりなのだが。


 今回、忌々しくもローファートが同行することになったのは、彼の作成した新型の魔道具を使用することと、彼がリブロス商人の出身だからだ。
 リブロスでも大きな商家らしく、婚姻による貴族との繋がりも深い。商人に偽装する一切を彼の実家の方で段取りしてもらった。
 それはありがたいのだが、ローファートがシュンへ向ける目つきが気に入らない。

「シュン様は僕の師匠だからね」

 敬愛だと盛んに主張しているが、あわよくばシュンを得たいと虎視眈々としているに違いないのだ。シュンの言葉には二つ返事で従う入れ込みに、疑うなというほうが無理だろう。

「これ、この蓋を開かなければ、魔力は感知されないんだね?」

 シュンが魔道具を手に、操作を試している。この魔道具はシュンの世界の道具の話を聞いて、ローファートが考案したものだ。

 小さな筒状のものではあるが、中にごく小さい転移魔法陣の術式を組み込んでいる。固定式だが、規模が小さいので魔力の必要量が少なくて済むところがミソである。この魔法陣を通過させることで、紙片などを受け入れ側の同じ魔道具へと送り届ける。受け入れ側と送る側はあらかじめ調和させた伝達魔道具にしか届かない。
 これは試作品で、今回の使用でうまくいくようなら、もう少し流動的な伝達媒体にしたいとローファートは熱く語っていた。

 これを一つはシュンが、あとはローファート、私、南西の砦の司令官、そして王都のグレバリオが持っている。互いに届くことは既に試験済みだった。ポケットに入るサイズで携帯には都合がいい。

「宿場が見えたっす。暗くなる前に入って、今日はここで泊まったほうがいいっす」

 外から馬車の中へ顔を突っ込むようにして、並走するブルナグムが言ってきた。暗くなると、街道は一気に物騒になる。シュンを危険な目に合わせるわけにはいかない。

 セネルスの首都ネルビアまでは馬車で十日の日程だ。その手前にあるアムザスはセネルスでも大きな街で、まずそこで情報収集することになっている。そのアムザスまで八日かかる予定だった。
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