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第一章 本篇 無窮を越えて

14 ロワクレスとキャンプ地跡へ

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 《シュン視点》

 森の向こう、セネルス側のキャンプ地跡へ実体化する。移動そのものは瞬時だが、ロワクレスは茫然としたまま固まっていた。
 初めてこれを体験する者はみな一様に同じ反応をするので、彼の悟性が認識消化し終えるまで待つ。
 テレポーテーションの原理はいろいろ研究されてはいるが、未だに確実な解答はでていない。テレポーターにとっては、それこそ息を吸うように無意識下で行っているので、説明しろと言われても困惑するばかりなのだ。

 炎の円の周囲を避けるために、壊れた簡易宿舎の間に出るようにした。現場は今朝未明に後にしてきたままである。少し離れた所に、炎の柱が立っている。
 俺たちの感覚で言えば、地面からガスでも噴き出しているのではないかという燃え方だった。でなければ、あのように縦長に長く炎が立つことはないだろう。

 辺りに目を配っていたロワクレスが握っていた俺の手に力を込めて来た。
 そうだった。ジャンプした時からずっと手を繋いだままだった。ロワクレスがあんまり自然に子供扱いしてくるので、いつの間にか手を繋ぐことに違和感を覚えなくなっている。
 俺、何度も言うようだが、もう十八なんだけど。

「あの炎の魔法陣をもう少し近くで見てみたい」
「炎の手前に結界があるんだ。中の様子はわからなかった」

 俺たちは炎の立っている方へと近づいて行った。未だにどんよりとした重い嫌な感じの何かが流れ出しているのを感じる。

「むむ。やはり魔法陣は開いているらしいな。結界を通しても、そこから禍々しい気が噴出しているのを感じる」

 ロワクレスも同じものを感じているのか。俺は同意の意味を込めて繋いでいる手にぎゅっと力を込めた。

「大丈夫だ。私が守る」

 それを俺の不安の表れと取ったのか、思いがけず甘い声で囁きながら額にキスを落としてきた。

「ば、馬鹿! 今、そんな場合じゃないだろ!」

 思わず繋いでいたロワクレスの手を払った。
 なぜ、そんなことで俺が赤くなって焦らねばならないんだ?
 ロワクレスといると、どうも調子が狂う。

 彼はそんな俺を見て目を柔らかく細めた。日差しに金の髪が輝いて、嫌味なくらいにいい男だ。
 くそっ! かっこいいじゃないか。
 思わず視線を逸らして横を向く。

 その流した視線の先に、青紫の塊がいくつも目に入ってはっとした。
 先刻は暗くてよく見えなかったが、陽光のもとではそれが夥しい数であるのが判る。五十なんてものではない。
 傍らでやはり気づいたロワクレスが息を飲む音が聞こえた。

「あれがシュンの言っていた青紫の蔓か。すごい数だな。これほど多くの者の魔力を吸収したということか」

 ロワクレスがその一つに近づいて行った。

「気をつけろ! ロワ。この辺りは蔓の巣なんだ」

 絡まっている塊を手で引き千切っているロワクレスの足元の地面が割れて、青紫の蔓が伸びて来た。

「ロワ! 危ない!」

 駆け寄ってロワクレスを突き飛ばすと、別の奴が俺の足首に巻き付いた。
 同時に物凄い力で引っ張られて引き摺り倒される。

「うわっ!」

 テレキネシスで剥がそうとしても次々と巻き付きながら、結界のほうへ引き摺って行く。
 俺が結界で身動きできなかったのを学習しているってことか? 知能を持っているのか?

 引き摺られながら、蔓が身体中を覆っていった。今、テレポートしたら、漏れなくこの蔓の本体付きで移動になるしな。
 俺、やばいかも。

「シュン!」

 ロワクレスの叫び声が聞こえる。
 だが、俺は返事を返すどころではなくなっていた。

 蔓が口から鼻から、あらゆる孔から体内に入ろうと蠢いている。それをテレキネシスで止めるので精一杯だった。

「あちち、熱い!」

 蔓が燃えだした。拘束力が弱まり、俺も身体中に絡んだそれをテレキネシスで弾き飛ばした。

「大丈夫か?」

 ロワクレスが俺を抱き上げ、急いで走り出す。キャンプ地跡まで戻ってようやく俺を下ろし、怪我はないかと身体を改めだした。
 どうやら蔓を地面の根元から炎の魔法で燃やしてくれたらしい。若干俺まで焦げたけど、そんな事など些末なことだ。

「ああ、助かった。また、助けてもらったな。ありがとう。ロワ」
「火傷してしまったな。熱かったろう? 痛むか?」

 ロワクレスの方がよっぽど痛そうな目をして、火傷にそっと手を当てる。ぽっと赤く光って火傷が消えていく。いつ見ても不思議な現象だ。これが、俺限定の治癒なんて、なんだかもったいない。
 M・Sミュータントセクションに所属していた俺にとって、こんな火傷なんか怪我にも入らないのだが。

「魔法陣に近寄るのは危険だ。キャンプ地跡を捜索しよう。この魔法陣に関するものが残っているかもしれない」

 ロワクレスの言葉に頷きながら立ち上がって上着を着直そうとしたら、焦げたせいで服が破れてバラバラと落ちてしまった。生地が荒い天然繊維だから仕方がないよな。ズボンのほうは一応宇宙空間対応の戦闘用だから、熱にも衝撃にも強いんだが。

「私の服を着ろ」

 ロワクレスが服を脱ごうとしたので、慌てて止める。そんな美丈夫の逞しい筋肉なんて、俺の目の毒だ。これ以上、俺の劣等感を刺激しないで欲しい。やっぱり肉のせいか? 食べる肉の量の差なのか?

 ちょっと体格差について原因究明しながらいじいじしていたら、ロワクレスが宿舎の残骸を漁って見つけてきた服をぱんぱんと埃を払って被せて来た。
 日差しは暖かいし寒くもないから、別に上半身裸だってかまわないと思うんだが。こんな誰が着たか判らないような服を着るより、素肌のほうが気持ちいい。

 だめか? だめみたいだな。ロワクレスの目がきつい視線で睨んでいる。テレパシーで読むまでもない。着ろ! 隠せ!って言っている目だ。
 俺、女じゃないんだが……。日差しから隠すほどの柔な肌じゃないぞ? 少々焼けたほうが健康的だと思うぞ?

 ……って、なんで抱き上げるんだ? 資料を探すんだろ? 証拠として提出できるような書類を! 個々に別れて探した方が早いだろ?

「シュンは、字を読めるか?」
「当たり前だ! 字ぐらい……。あ……」

 そうだった。この世界の文字も当然違うわけで。

「ああ、読めないな。読めるように努力する……」
「私は整理が苦手だ。シュンの力で埋もれてしまっている文書を探し出し、私が読む。そのほうが能率がいい」
「わかった。協力する。だが、抱っこする必要があるか? ロワがくたびれるだろう?」
「大丈夫だ。これは私がやりたいのだ。シュンは気にするな」

 そ、そういう問題なんだろうか? 絶対違う気がする……。
 それなのに、だんだん抱っこされることに慣れていく自分が怖い……。


 司令官用と思えそうな宿舎に当たりをつけて捜索する。
 テレキネシスで柱が折れて潰れている天井部を除け、ぐちゃぐちゃに重なり散っている諸々を空中に浮かし、書類や図面を掘り起こす。

「うむ。これだな。魔法陣の設置模式絵図まであるぞ。こっちは本部で発行した指令書だ。これだけあれば、セネルス国に対して強腰で押していけるだろう」



 宿舎跡から出て、俺は西の方へ視線を向けた。ロワクレスに抱っこされていると視線が高くなり、今まで気づかなかったことに関心が向く。

 この辺りは森を払ったからなのか荒れ地のような平地が広がっているが、その先は小高い丘になり、さらにその先は森や山が見える。丘の南の方は荒れ地が広がり、北のほうは山林になっているらしい。
 人家は見えず、セネルス国にとってもここは東の果てで、街はかなり離れているに違いない。山もあるようだし、ここへ至る道も限られていそうだった。

 俺がじっと先の方へ視線を向けているので、ロワクレスも俺が何を考えているのか判ったらしい。

「セネルス国の首都はここからずっとはるか南西のほうだ。軍兵が来るとすれば、その丘の南を通る道を使うだろう。馬で一、二日ほど走れば少し大きな村がある。村に工作員を潜入させ、軍兵の動向を見張らせねばなるまい」

 そして、俺を覗き込んだ。だから、どうしてそんな甘い視線で俺を見る? 勝手に赤くなってしまうだろ!

「目的のものも手に入れた。砦に帰ろうか」
「了解。なら、下ろしてくれ」
「このままでも、そのテレポートとやらはできるんだろう? 接してさえいれば良かったはずだ」

 こいつ、どうしても俺を下に降ろさない気だな。蔓に俺が引っ張られた一件があったせいか、過保護ぶりに拍車がかかっている気がするのだが、気のせいと思いたい。
 やむなくロワクレスの部屋へとテレポートした。抱っこされた状態で、他のどこへ行けって言うんだ?
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