6 / 219
第一章 本篇 無窮を越えて
5 氷鉄の騎士
しおりを挟む
《ブルナグム視点》
いや、驚いた。たまげた。
天地がひっくり返ってもおかしくない。
正直、魔獣の大群の襲来より、衝撃的だ。
魔獣の襲撃はどんな規模でだって、一応想定内だ。
だが、これは、想定外の範囲もはるか超えている。
あの氷鉄の騎士ロワクレス隊長が、保護した少年をずっと抱きあげて歩いているのだから。
砦のみんなも、あり得ない隊長の姿に目が点になったまま呆然と見送るばかりだった。
にこりと笑うどころか、顔の表情筋が死んでるんじゃないかというくらい無表情で、視線を向けられれば心臓が止まるような厳しい眼差しの男が。
我がテスニア王国の敬愛なる陛下にさえも笑みを見せず、実の両親や弟妹たちにすらも笑ったことがないという。
眩しいほどの金髪で、まばゆいばかりの端整な貌で。
剣をとれば敵う者なく、魔法の威力も破壊的な二十五歳。
王家と縁を結んだ貴族の出で、若くして第二騎士隊隊長を務める精鋭。
俺より三つも年下だが、出来が違う。
女も男も老いも若きも、一目見れば魂を奪われるいい男。
だが、その青い眼は澄んだ氷の刃の鋭さで、誰もみな恐怖に恐れおののいてしまう。
悪い男ではない。部下想いのいい上司だ。
厳しくはあるが理不尽ではない。容赦はしないが非情ではない。果敢ではあるが無謀でもない。
不正を嫌い、融通性は乏しいが、真っすぐな男で。
だが、いかんせん。目がいけない。
あの無感情の氷鉄の目が。
あの目を見たらどんな女も言い寄れない。子供は泣き出す。大の男も怯えだす。
睨まれた魔獣が脱兎のごとく逃げ出すのを目撃したのは、きっと俺だけではないだろう。
以前、陛下が彼を自分の側に召して、王付き近衛隊隊長にならぬかと仰せられたことがあったらしい。
遠目に眺める分には、実に目の保養だものな。
ゆくゆくは騎士団の長官か、軍の総司令官にでもという腹つもりもあったらしいと言う噂だ。
そんな夢のようなおいしい話なのに。
「陛下、本当に私などで宜しいのですか? 私がおそばにあって、苦痛であらせられないと?」
そう言って陛下を見据えたらしい。あの氷鉄の眼差しで。にこりともせず、無表情に。
陛下は顔を引き攣らせ、ロワクレスを近衛騎士にすることを諦めた。
脳天気で頭に花が咲いていると言われる俺でさえ、隊長の眼は見られない。報告する時も会話する時も、俺は隊長の目を避け、口元を凝視しているのだ。
傍目には、お気楽そうによくしゃべれるなと感心されるが、それもこの努力の甲斐あってのたまものだ。
だが、俺だけでも隊長の側にいてやらなくては、隊長は本当にたった一人になってしまう。誰もが近づこうとしないのだから、誰かが伝達役を買ってやらねばならない。
何度も言うようだが、隊長は決して恐ろしい男ではないのだ。たぶん、みんなが思うほど冷たい男でもないのだろう。
ただ、感情表現ができないだけなのだ、と俺は信じている。時々、ぐらぐらとその信念が揺らぐ時も確かにあるけれど。
その隊長が、拾ってきた少年を手放さないのだ。
執務室の中でも、なんと膝にだ! 膝に乗せたまま。
大怪我をしていたから歩かせられないのだという大義名分も、膝抱っこではさすがに無理がある。
少年のほうも居心地が悪そうに見える。きっと、解放されたがっている。
少年は十三歳ほどに見えた。珍しい黒い髪に黒い目。肌は白く滑らかで少女のように綺麗だった。大きな黒い瞳はぱっちりと大きく神秘的で、俺でさえ見入ってしまう。
だが、表情はほとんど動かない。醒めた目をひたと据えてくる。その年らしくなく妙に冷静な少年だった。まるで人形みたいだ。
隊長は少年を抱いたままで要請書を書こうと、机の上を片手で掻き混ぜている。
机の上はカオスだった。
副官の俺もいいかげん整理整頓は苦手だが、隊長も得意ではない。
まして、王都からひんぱんに来る様々な文書や要請書やなんたらをうるさがって放置するものだから、次々と積み重ねられ、もはやどこに何があるか誰にも判らない。
魔獣討伐にも忙しく、放置に放置を重ねてこのありさまだった。
「あっ」
思わず声が出た。
不安定に積み上げられた書類が雪崩を起こして崩れるのは、もはやお約束だった。
混沌が床の上にまでさらに広がる様子を目に浮かべ、俺は絶望感に囚われた。
その時、落ちかけた書類の束が空中浮揚を始めた。
俺は見た。
膝の上に乗せられた少年の目が光ったのを。
燭の灯りだけの薄暗い部屋の中で、少年の黒い目が光を放って輝いた。隊長は少年の背後にいたから、その目を見てはいないだろう。
書類や手紙や文書が自主的に移動し、机の上は見る間に整然とした。
その上、片付けられた手元には要請書の用紙がひらりと開かれて、さあ書いてくださいと言っている。
いいな。この魔法。
一家に一台、お片付け魔法。
俺、二台欲しい。
だが、魔法ではないと、少年は言った。
「俺は、あんた達とは違う世界の人間だ。だから、言葉も、文化も、発現させる力も違う」
衝撃発言だった。
少年は醒めた顔で淡々と話した。
子供らしからぬ――でも、十八歳と言っていたから、子供ではないのか――落ち着いた口調だった。
隊長とどこか似ている?
急に激しい感情をぶつけてきたあとで暗く黙り込んでしまったシュンを、隊長が再び抱き上げて執務室から出て行ってしまった。
これも衝撃だった。
で、俺は隊長の代わりに、王都へ要請書を書かねばならなくなった。
実に衝撃だ。
誰か、俺の代わりに書いてくれ!
いや、驚いた。たまげた。
天地がひっくり返ってもおかしくない。
正直、魔獣の大群の襲来より、衝撃的だ。
魔獣の襲撃はどんな規模でだって、一応想定内だ。
だが、これは、想定外の範囲もはるか超えている。
あの氷鉄の騎士ロワクレス隊長が、保護した少年をずっと抱きあげて歩いているのだから。
砦のみんなも、あり得ない隊長の姿に目が点になったまま呆然と見送るばかりだった。
にこりと笑うどころか、顔の表情筋が死んでるんじゃないかというくらい無表情で、視線を向けられれば心臓が止まるような厳しい眼差しの男が。
我がテスニア王国の敬愛なる陛下にさえも笑みを見せず、実の両親や弟妹たちにすらも笑ったことがないという。
眩しいほどの金髪で、まばゆいばかりの端整な貌で。
剣をとれば敵う者なく、魔法の威力も破壊的な二十五歳。
王家と縁を結んだ貴族の出で、若くして第二騎士隊隊長を務める精鋭。
俺より三つも年下だが、出来が違う。
女も男も老いも若きも、一目見れば魂を奪われるいい男。
だが、その青い眼は澄んだ氷の刃の鋭さで、誰もみな恐怖に恐れおののいてしまう。
悪い男ではない。部下想いのいい上司だ。
厳しくはあるが理不尽ではない。容赦はしないが非情ではない。果敢ではあるが無謀でもない。
不正を嫌い、融通性は乏しいが、真っすぐな男で。
だが、いかんせん。目がいけない。
あの無感情の氷鉄の目が。
あの目を見たらどんな女も言い寄れない。子供は泣き出す。大の男も怯えだす。
睨まれた魔獣が脱兎のごとく逃げ出すのを目撃したのは、きっと俺だけではないだろう。
以前、陛下が彼を自分の側に召して、王付き近衛隊隊長にならぬかと仰せられたことがあったらしい。
遠目に眺める分には、実に目の保養だものな。
ゆくゆくは騎士団の長官か、軍の総司令官にでもという腹つもりもあったらしいと言う噂だ。
そんな夢のようなおいしい話なのに。
「陛下、本当に私などで宜しいのですか? 私がおそばにあって、苦痛であらせられないと?」
そう言って陛下を見据えたらしい。あの氷鉄の眼差しで。にこりともせず、無表情に。
陛下は顔を引き攣らせ、ロワクレスを近衛騎士にすることを諦めた。
脳天気で頭に花が咲いていると言われる俺でさえ、隊長の眼は見られない。報告する時も会話する時も、俺は隊長の目を避け、口元を凝視しているのだ。
傍目には、お気楽そうによくしゃべれるなと感心されるが、それもこの努力の甲斐あってのたまものだ。
だが、俺だけでも隊長の側にいてやらなくては、隊長は本当にたった一人になってしまう。誰もが近づこうとしないのだから、誰かが伝達役を買ってやらねばならない。
何度も言うようだが、隊長は決して恐ろしい男ではないのだ。たぶん、みんなが思うほど冷たい男でもないのだろう。
ただ、感情表現ができないだけなのだ、と俺は信じている。時々、ぐらぐらとその信念が揺らぐ時も確かにあるけれど。
その隊長が、拾ってきた少年を手放さないのだ。
執務室の中でも、なんと膝にだ! 膝に乗せたまま。
大怪我をしていたから歩かせられないのだという大義名分も、膝抱っこではさすがに無理がある。
少年のほうも居心地が悪そうに見える。きっと、解放されたがっている。
少年は十三歳ほどに見えた。珍しい黒い髪に黒い目。肌は白く滑らかで少女のように綺麗だった。大きな黒い瞳はぱっちりと大きく神秘的で、俺でさえ見入ってしまう。
だが、表情はほとんど動かない。醒めた目をひたと据えてくる。その年らしくなく妙に冷静な少年だった。まるで人形みたいだ。
隊長は少年を抱いたままで要請書を書こうと、机の上を片手で掻き混ぜている。
机の上はカオスだった。
副官の俺もいいかげん整理整頓は苦手だが、隊長も得意ではない。
まして、王都からひんぱんに来る様々な文書や要請書やなんたらをうるさがって放置するものだから、次々と積み重ねられ、もはやどこに何があるか誰にも判らない。
魔獣討伐にも忙しく、放置に放置を重ねてこのありさまだった。
「あっ」
思わず声が出た。
不安定に積み上げられた書類が雪崩を起こして崩れるのは、もはやお約束だった。
混沌が床の上にまでさらに広がる様子を目に浮かべ、俺は絶望感に囚われた。
その時、落ちかけた書類の束が空中浮揚を始めた。
俺は見た。
膝の上に乗せられた少年の目が光ったのを。
燭の灯りだけの薄暗い部屋の中で、少年の黒い目が光を放って輝いた。隊長は少年の背後にいたから、その目を見てはいないだろう。
書類や手紙や文書が自主的に移動し、机の上は見る間に整然とした。
その上、片付けられた手元には要請書の用紙がひらりと開かれて、さあ書いてくださいと言っている。
いいな。この魔法。
一家に一台、お片付け魔法。
俺、二台欲しい。
だが、魔法ではないと、少年は言った。
「俺は、あんた達とは違う世界の人間だ。だから、言葉も、文化も、発現させる力も違う」
衝撃発言だった。
少年は醒めた顔で淡々と話した。
子供らしからぬ――でも、十八歳と言っていたから、子供ではないのか――落ち着いた口調だった。
隊長とどこか似ている?
急に激しい感情をぶつけてきたあとで暗く黙り込んでしまったシュンを、隊長が再び抱き上げて執務室から出て行ってしまった。
これも衝撃だった。
で、俺は隊長の代わりに、王都へ要請書を書かねばならなくなった。
実に衝撃だ。
誰か、俺の代わりに書いてくれ!
32
お気に入りに追加
942
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる