愛こそすべて - 変人近藤紀夫の苦闘の日々

南 夕貴

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地獄の器械体操

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しかし地獄の体育の授業では次々に苦手なものが登場した。ちょうど仮面ライダーがショッカーの怪人を倒してもすぐに次の怪人が登場して戦わなければならないのと同じように。鉄棒の次は跳び箱だった。これはある意味最も屈辱的で辛い種目だった。順番に跳び箱を飛び越すのだが、紀夫のところで必ずつかえてしまう。みんなが見ている前だからとても恥ずかしい。全体的には段を少しずつ高くしていくので、飛べない人は脇で低い3段を跳ぶ練習をさせられた。男子が5段、6段と軽快に跳んでいる脇で紀夫と一人のパッとしない女子、彼女もうまくできないのだが、この二人だけ惨めな気持ちで特別低い3段の跳び箱で練習する。一体誰が跳び箱なんてものを発明したのだ、と恨みながら体育の時間が終わるのを待っている。実は先日逆上がりができたので跳び箱も練習しようという気持ちはあったのだが、家には跳び箱の代わりになるものはないのでできないし、放課後1、2台の跳び箱が校庭にあり、練習できるようになってはいるが、それは5段以上で、上手な生徒たちが更に高い段を目指すための練習用であり、紀夫のように低い段の練習をすることはできなかった。そういうわけで跳び箱だけはただただ時間が過ぎていくのを待つしかなかった。かっこよく跳び箱を飛べる人たちは実に気持ちよさそうだ。みんなから賞賛され、女子からはもてはやされて最高だ。その対極にあるのが紀夫だった。
 ようやくなすすべのない地獄の跳び箱が終わったら、今度はこれも地獄のマット運動だ。これもまた屈辱的で辛い時間だ。みんなの前で惨めな姿をさらけ出すことになるからだ。ある日朝から激しい雨が降っていたので、紀夫は心の中で「やったあ」と喝采をあげた。この小学校は今のところ体育館がないので、マット運動はグラウンドにマットを敷いて行なっていて、雨ということは教室で何か座学をやるとか先生の何かお話とかだなと思って嬉しかった。ところが先生は
「今日は雨なので体育委員はマットを教室に運んでください。みんなで机を後ろに移動させて教室の前の方でやります。」
ゲッ、これではせっかく雨が降ってくれたのに台無しではないか。紀夫は流石に前回りはできたが、今日は彼の苦手な後ろ回りだ。後ろに回る時に両手で少しマットを押すことによって頭が少し持ち上がった状態になって回転するというものだが、どうしても両手で均等に押すことができず、左か右のどちらかに傾いた状態でマットからそれてしまうのだ。しかも外と違って鉄筋校舎だとマットの下はほぼコンクリートなので、うまくいかない時はより硬くて痛い感じがするのだ。これは家でも練習できるのだが、どうも首の感じが嫌なので諦めてしまった。何とかこの時間を適当にやり過ごしたがマット運動はしばらく続いた。今度は走って行って手をついて勢いよく回転する地上回転だ。前回りと違って頭は全くマットと接触しないという違いがある。これは何とかできたらかっこいいな、と思って特訓を始めた。自宅でマットレスを敷いて練習だ。時々母に補助的に手を貸してもらったりしながら来る日も来る日も練習をし続けた。やはりなかなかできなかった。勢いよく回転したところまではいいのだが、どうしても足から着地することができなくてお尻からドンと尻餅をつくような感じで着地したような感じになってしまうのだ。それでも繰り返し練習するうちにたまに足から着地できることもあり、そんなときは嬉しかった。しかしうまく着地できるのはたまーにであり、例えば野球の打者は3割打てればかなり評価されるらしいが、3割どころか1割以下、それも日によっては零であり、なかなか着地率が上がらない。そのまま授業でこの地上回転のテストをする日を迎え、カッコよくきめたかったのにお尻からになってしまった。しかも家でのマットレスと違ってお尻はかなり痛かった。結局先生から見れば家でものすごい努力をしたことも感じられず、というかそんなことは知らないわけだから、いつも通りのダメな生徒という感じになってしまった。
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