22 / 56
第1章 始まりの壁
1-21:複雑な糸を解いた先にあるもの、それは…
しおりを挟む
「ここまでご覧いただけましたが、この先は今のよりも更に酷なものがありますが皆さん大丈夫ですか?」
良歌が一度映像を止めて確認を取ると、
「私はちょっと…」
「同じく私も…」
志穂と美穂の顔色が優れず控えめに手を挙げ良歌に言う。
「私もこれ以上は遠慮させていただきます」
恵も志穂と美穂同様に顔色が優れず胸に手をあて良歌に言う。
「私は気持ち悪いのとかじゃなく人の遺体や血流を見るのはもう嫌だな」
舞香は3人とは別の理由で良歌に言う。
「わかった。では松法さん、3人を医療室に行かせてもらえるだろうか?」
「わかりました」
鉄茂はそう言って、綾菜は3人をゆっくり医療室まで誘導した。
「私は外の風にでもあたってきます」
「酷なものを見せて申し訳なかった」
「いいえ、では」
舞香は鉄茂に一言告げて退室する。
「ではここにいる皆はどうだろうか?」
鉄茂が確認を取ると、
「俺は大丈夫です。ただ遺体を見せない形でお願いします」
修助が要望すると、
「私もその意見で。どんな人であれ遺体を見るのは穏やかではありませんから」
続いて真奈が賛同する。
「僕はここにいる皆の見やすい形であればそれで結構です」
「俺も最後まで見られるようであればそれでお願いします」
若弥と時光がそれぞれ述べると、良歌は頷き口を開く。
「わかりました。遺体を見せない形で可能な限り酷な場面を見せないとなると、少しお時間をいただきますがよろしいですか?」
「大丈夫です。お時間いただいた上にお手数お掛けしてすいません」
「いいえ、では少しの間お待ちください」
時光が申し訳なさそうに言うが、良歌はやんわりと返し、再び赤外線キーボードを取り出してプログラムを操作する。
簡単にやっているように見えるが、過去に起きたプロファイルは通常動かせないものであり、良歌の腕があってこそ出来るものである。
その間に残ったメンバーは気持ちを落ち着かせ静かにしている。
3分半後、プログラム操作を完了した良歌が口を開く。
「お待たせしました。続きを流していきますのでご覧ください」
エンターキーを押すと再生する。
♦
教会内は想像していた以上に広く文字通り迷路である。
その行く先々で幼い子どもが倒れていたり、女性が無残な姿でいたりと状況がどれほどのものかが伝わってきた。
『これは惨い』
達人は口元に手をあてそう言った。
壁や床には血がベットリと付着していて、とてもじゃないが拭い切れそうにない。
〈権藤さん大丈夫ですか?〉
里実がインカムで確認を取ると、
『ええ今のところは、全部確認したわけではありませんが教会内にいる人たちはもう…』
言葉に詰まった達人の声を察した里実が優しく宥める。
〈権藤さんのせいではないので気に病まないでください。それに権藤さんがここにいらっしゃらなかったら私は既に命を落としていたかもしれません。本当にありがとうございます〉
里実は改めて達人に礼を述べる。
『そう仰っていただけると助かります。こちらこそありがとうございます。この惨事を解決するために努めますので引き続きオペレートお願いします』
〈はい、頑張りましょう〉
里実はそう答えを返して敵と遭遇しないように達人を慎重にオペレートする。
少し長い廊下に差し掛かろうとした時だった。
〈権藤さん、敵が権藤さんの方に向かっています。別のルートから――〉
『大丈夫ですよ和矢さん、私はやられたりしませんよ』
里実の言葉を優しく遮り敵を向かい打つ。
『っ⁉』
『まだ紛れていやがったか』
2人の男は少し驚きながらも距離をとって牽制する。
『貴方たちを含めて複数の人で教会内にいる人たちを殺したそうですね?』
静かだが怒りを込めて男たちに問う。
『だとしたら?』
『知らないようなら教えてやる。ここにいる女たち全員――』
『草津理沙と同様に政治資金問題に関係していた人たちですよね?』
男たちが言うより早く達人が諭す。
『なっ⁉』
『何故それを知っている⁉簡単に手に入る情報じゃないはずだぞ』
焦りが生じた男たちだが達人は構わず話を続ける。
『確かに簡単に得られる情報ではありませんでした。しかし重要なのはそこではないはず。たとえ過去にその人たちが悪さを行っていたとしても命を奪っていい理由はありません。貴方たちのしていることはただのテロ行為です』
達人が言い切ると男たちは語調を強めて訴える。
『そんなことはわかっている!大切な友人が目の前からいなくなってしまった時に同じ台詞がアンタに言えるか?』
『大切なものを奪われてしまった気持ちがアンタにわかるか?』
そう、今回のテロは政治資金問題に巻き込まれた家族や友人を失い、その問題に関わっていた人たちを襲撃しようというのが男たちの動機である。
それを理解した上で達人は男たちに告げる。
『言い分はごもっとも。私は貴方たちの苦しみや辛さは想像でしかわかりません。やりきれない気持ちが多くあるでしょう。それでも人を殺していい理由はありません』
『もういい、俺たちの邪魔をするなら消す』
『後悔するなよ』
達人を挟み撃ちにして襲い掛かるが、
『泥巌双打!』
岩に近い質の泥の手が力士の張り手の如く男たちを払い除ける。
壁に叩きつけられた男たちの大きな音で援軍が来る。
『ここを絶対に通すな!』
勢いをつけ達人をたたみかけようとするが、達人は焦ることなく両手を地面につけ、
『震地怒流!』
床が揺れ、そこから地面が捲り上げられ津波のような軌道で襲い掛かる敵を次々と倒していった。
〈権藤さん、大丈夫ですか?〉
インカムから里実が安否を確認する。
『ええ、大丈夫ですよ。それより主犯格と思われる人物のところまであとどれくらいですか?』
〈もうすぐです。真っ直ぐ扉を開くと廊下が続きますが、更に真っ直ぐ進み扉があるのでそこを開きますとそこに主犯格がいるはずです〉
『わかりました』
歩き始める前に呼吸を整え目的地までゆっくり歩く。
ここでも途中で殺された人たちの遺体を見ることになり、確認せずとも殺された形跡がハッキリしていたことは確かだった。
腕や胸に刺された跡や切られた跡で、酷い人で全身の皮膚が抉られて大量の血が流れている姿であった。
〈権藤さん、改めて今回この惨事を起こした人を必ず捕まえてください。お願いします〉
主犯格がいるであろう扉を前に差し掛かり里実が切実に願う。
『もとよりそのつもりですよ。見届けてください』
〈はい〉
里実の返事の後、達人は扉を開く。
『思ったよりも早く辿り着いたな』
『私がここに来ることがわかっていたのですか?』
『さあな。でも誰かしらここに来ることは予想していた』
『そうでしたか。確認のため貴方が宮城純平ですね?』
『ああそうだ。そっちで調べはついているんだろ?確認するまでもない』
純平は隠すことなくあっさりと認めた。
それから達人はダメ元で純平に告げる。
『改めて宮城さん、抵抗はやめて警察に出頭してください』
『それは俺に圧倒的な力で屈服させることが出来たらな!』
純平は椅子から立ち上がり拳撃を飛ばす。
『ほう、なかなかやる』
『そちらこそ』
達人は紙一重で回避出来たが、右腕の袖がスパッと切られた。
『ならば、業天昇破!』
『剛泥壁!』
先ほどの一撃よりも強力な拳撃を放たれるが、岩に近い強度の泥の壁で攻撃を防ぐ。
『もう少しだったか…』
『危ないところでした』
互いにそう口にして態勢を整える。
『だったら、速振打牙!』
『速い!ならば――』
達人が攻撃を対処しようとした時には既に間合いをとられていた。
『くっ!』
腕を交差させ辛うじて急所は回避出来たが後方に飛ばされる。
『これで終わりとは言わないよな?』
『まさか』
立ち上がる達人を見下す感じで純平は言葉をかける。
『今一度改めて、どうしてこのようなことを?』
達人の問いに警戒しながらも純平は冷静に答える。
『改めてハッキリ言わせてもらうが、自分の家族はもちろん、アンタが倒した俺の連れの家族や友人の無念を晴らすためだけじゃなく政治資金問題に関わった奴らを世間に公表してやるつもりだ』
怒りを明らかにしながらも理由を述べ攻撃を仕掛けるも、聞いていた達人は警戒を緩めることなく攻撃を躱して純平の問いに耳を傾ける。
『ではそれを証明するに足りる材料は今の貴方にありますか?』
達人の容赦のない言葉に純平が更に怒りを増して返答する。
『それがあればとうの昔に公表している!証明出来るものがないからこうして証拠を探しているんだ!』
『ではもし仮に貴方の言う証拠が見つかったとしましょう。証明出来れば良いですが、証明するに足りなかった場合の備えはありますか?』
鋭く切り込まれた問いに純平は攻撃の手を止め苦い顔をして答える。
『悔しいが持ち合わせていないのが現状だ。それにもし証人がいたとしてその当時の記憶を覚えているのかが気がかりだ』
ここで達人の中でまとまりがついて、穏やかな口調で提示する。
『ではその証人がいたとして裁判で当時に起こった事件の記憶が証拠として採用されたらどうしますか?』
『えっ?』
話の意図が読めず戸惑う純平だが達人は話を続ける。
『近い将来、裁判で証言していく上で証人が当時その事件に関わった人や物の記憶を映像化して裁判の判断材料として採用することが発表されました』
『そ、そんなことが…』
驚きを隠せず純平は呆然とする。
『事件の規模と重要性を考えて全部とまではなりませんが、少なくても今まで見落としていたであろうことが拾えることが出来て裁判にも大きく影響が出ることに間違いありません』
『それじゃあ、アイツの立場は…』
『和矢里実さんのことですよね?』
『どうしてそのことを⁉』
純平の示す人物をそれとなく聞いた達人の言葉に純平が悟られた。
『当時の事件の担当されていた裁判官の名前が和矢文恵と記録されていたので、もしかしたらと思って調べてみたら予想通りでした』
言われたことに反論出来ず黙ってしまう純平だが達人の話は続く。
『これは私の推測ですが、恐らく草津さんが裏で文恵さんの家族を人質にとって圧力をかけていたのかと。それで政治資金の問題を起こした人物を裁判で貴方の母親である佳代さんにせざるを得なかったのでしょう。それでもどんな形でも世間に本当の答えを示すために資料の方に何かしらの細工を施しているのかもしれません』
達人は当時の状況を可能な限り簡潔にまとめ純平に伝えると、インカムから里実の声がかかる。
〈権藤さん、今からそちらへ行っても大丈夫ですか?〉
『距離がありますが大丈夫ですか?』
〈そのことなら心配いりません。では今からそちらへ行きますね〉
そう言って通信が途絶えた数秒後だった。
『おまたせしました権藤さん』
『早い到着ですね。一体どうやってここまで?』
里実は自分の手にしていた物を達人に見せて簡単に説明する。
『この「変想球」を使いました。自分の身体に危険レベルに至らなければ想像するものを具現化出来ます。』
『便利な物をお持ちで。来て早々お伺いしますが和矢さん、何か思い当たることでもありますか?』
確認を取る達人の問いに里実は頷き、持ってきた物を取り出す。
『権藤さん、今まで仰っていたことが本当に実現するならこれも裁判で採用されますか?』
それは当時、文恵が使っていたスマホで政治資金問題などが保存されてある事件ファイルである。
『これは!』
『はい、権藤さんが想像されている通りのもので間違いありません』
驚く達人に、里実が少し言いづらそうに説明を続ける。
『そしてここからは私にしかわからない認証を解くことで、このファイルが本来あるべき真実が記されているかと推測出来ます』
里実はそう言って画面を操作すると記されていた文字が変換されて元々の形へと戻された。
『最初はイマイチわかりませんでしたがここまできてようやくわかりました。私の母はあらゆる可能性を想定して、どんな形であれ私を始めとして周囲の方に正しい情報を残そうとしていたことを』
ここまで口を挟むことなく聞いていた純平が口を開く。
『それじゃあ何故、草津はアンタのことを殺そうとしなかったんだ?』
『それは…』
純平の物騒な問いに答えを迷った里実の代わりに達人が答える。
『それは恐らく、殺さなかったのではなく殺せなかったのだと思います。理由としてこれも推測になりますが、草津さんにどんな手段を取られても、最愛の娘が殺されることになろうとも文恵さんは里実さん自身にも魔法を施していたのではないかと思われます。草津さん自身が今までしてきた粗悪という確実な証拠が拡散するという魔法を。だから里実さんを見張ることしか出来なかったのです』
そう言い切った後に里実が悲しそうに口を開く。
『権藤さんが話をしている間、少しずつ貴方のことを思い出してきましたよ。幼かった頃に片手で数えられるくらいしか遊んだことなかったけど楽しかったよ純平君』
そう言われた純平は今一度、里実の顔を見た。
当時、周囲の友人と遊んでいた時が脳裏に映り、じわりと涙が出た。
『里実ちゃん、ごめん俺は…』
悲しみと罪悪感で一杯になった純平は言葉に詰まり、ただただ泣くことしか出来なかった。
それを見た里実は片膝つけて、純平の背中を優しく撫でて話しかける。
『謝らなくて大丈夫だよ純平君。今までの苦しい思いはここで終わりにさせて、今度は少しずつでいいから笑い合える日常にしていこうね』
『ああ。そのためにも自分がしてきた罪を償わないとな』
純平に落ち着きが戻ってきたところで里実が達人に相談を持ち掛ける。
『権藤さん、純平君が裁判にかけられたとしても可能な限り罪を軽減出来るように協力願えますか?』
『私で良ければ力になりますよ。事柄が複雑ですがそれでも最善を尽くして周囲に見方をつけられるように努めますので』
その言葉を聞いた純平は涙を拭って達人に頭を下げる。
『ありがとうございます。お願いします』
『では宮城さん、行きましょう』
『はい』
達人は手厚く純平を連行し、その数日後に純平は裁判にかけられたのであった。
良歌が一度映像を止めて確認を取ると、
「私はちょっと…」
「同じく私も…」
志穂と美穂の顔色が優れず控えめに手を挙げ良歌に言う。
「私もこれ以上は遠慮させていただきます」
恵も志穂と美穂同様に顔色が優れず胸に手をあて良歌に言う。
「私は気持ち悪いのとかじゃなく人の遺体や血流を見るのはもう嫌だな」
舞香は3人とは別の理由で良歌に言う。
「わかった。では松法さん、3人を医療室に行かせてもらえるだろうか?」
「わかりました」
鉄茂はそう言って、綾菜は3人をゆっくり医療室まで誘導した。
「私は外の風にでもあたってきます」
「酷なものを見せて申し訳なかった」
「いいえ、では」
舞香は鉄茂に一言告げて退室する。
「ではここにいる皆はどうだろうか?」
鉄茂が確認を取ると、
「俺は大丈夫です。ただ遺体を見せない形でお願いします」
修助が要望すると、
「私もその意見で。どんな人であれ遺体を見るのは穏やかではありませんから」
続いて真奈が賛同する。
「僕はここにいる皆の見やすい形であればそれで結構です」
「俺も最後まで見られるようであればそれでお願いします」
若弥と時光がそれぞれ述べると、良歌は頷き口を開く。
「わかりました。遺体を見せない形で可能な限り酷な場面を見せないとなると、少しお時間をいただきますがよろしいですか?」
「大丈夫です。お時間いただいた上にお手数お掛けしてすいません」
「いいえ、では少しの間お待ちください」
時光が申し訳なさそうに言うが、良歌はやんわりと返し、再び赤外線キーボードを取り出してプログラムを操作する。
簡単にやっているように見えるが、過去に起きたプロファイルは通常動かせないものであり、良歌の腕があってこそ出来るものである。
その間に残ったメンバーは気持ちを落ち着かせ静かにしている。
3分半後、プログラム操作を完了した良歌が口を開く。
「お待たせしました。続きを流していきますのでご覧ください」
エンターキーを押すと再生する。
♦
教会内は想像していた以上に広く文字通り迷路である。
その行く先々で幼い子どもが倒れていたり、女性が無残な姿でいたりと状況がどれほどのものかが伝わってきた。
『これは惨い』
達人は口元に手をあてそう言った。
壁や床には血がベットリと付着していて、とてもじゃないが拭い切れそうにない。
〈権藤さん大丈夫ですか?〉
里実がインカムで確認を取ると、
『ええ今のところは、全部確認したわけではありませんが教会内にいる人たちはもう…』
言葉に詰まった達人の声を察した里実が優しく宥める。
〈権藤さんのせいではないので気に病まないでください。それに権藤さんがここにいらっしゃらなかったら私は既に命を落としていたかもしれません。本当にありがとうございます〉
里実は改めて達人に礼を述べる。
『そう仰っていただけると助かります。こちらこそありがとうございます。この惨事を解決するために努めますので引き続きオペレートお願いします』
〈はい、頑張りましょう〉
里実はそう答えを返して敵と遭遇しないように達人を慎重にオペレートする。
少し長い廊下に差し掛かろうとした時だった。
〈権藤さん、敵が権藤さんの方に向かっています。別のルートから――〉
『大丈夫ですよ和矢さん、私はやられたりしませんよ』
里実の言葉を優しく遮り敵を向かい打つ。
『っ⁉』
『まだ紛れていやがったか』
2人の男は少し驚きながらも距離をとって牽制する。
『貴方たちを含めて複数の人で教会内にいる人たちを殺したそうですね?』
静かだが怒りを込めて男たちに問う。
『だとしたら?』
『知らないようなら教えてやる。ここにいる女たち全員――』
『草津理沙と同様に政治資金問題に関係していた人たちですよね?』
男たちが言うより早く達人が諭す。
『なっ⁉』
『何故それを知っている⁉簡単に手に入る情報じゃないはずだぞ』
焦りが生じた男たちだが達人は構わず話を続ける。
『確かに簡単に得られる情報ではありませんでした。しかし重要なのはそこではないはず。たとえ過去にその人たちが悪さを行っていたとしても命を奪っていい理由はありません。貴方たちのしていることはただのテロ行為です』
達人が言い切ると男たちは語調を強めて訴える。
『そんなことはわかっている!大切な友人が目の前からいなくなってしまった時に同じ台詞がアンタに言えるか?』
『大切なものを奪われてしまった気持ちがアンタにわかるか?』
そう、今回のテロは政治資金問題に巻き込まれた家族や友人を失い、その問題に関わっていた人たちを襲撃しようというのが男たちの動機である。
それを理解した上で達人は男たちに告げる。
『言い分はごもっとも。私は貴方たちの苦しみや辛さは想像でしかわかりません。やりきれない気持ちが多くあるでしょう。それでも人を殺していい理由はありません』
『もういい、俺たちの邪魔をするなら消す』
『後悔するなよ』
達人を挟み撃ちにして襲い掛かるが、
『泥巌双打!』
岩に近い質の泥の手が力士の張り手の如く男たちを払い除ける。
壁に叩きつけられた男たちの大きな音で援軍が来る。
『ここを絶対に通すな!』
勢いをつけ達人をたたみかけようとするが、達人は焦ることなく両手を地面につけ、
『震地怒流!』
床が揺れ、そこから地面が捲り上げられ津波のような軌道で襲い掛かる敵を次々と倒していった。
〈権藤さん、大丈夫ですか?〉
インカムから里実が安否を確認する。
『ええ、大丈夫ですよ。それより主犯格と思われる人物のところまであとどれくらいですか?』
〈もうすぐです。真っ直ぐ扉を開くと廊下が続きますが、更に真っ直ぐ進み扉があるのでそこを開きますとそこに主犯格がいるはずです〉
『わかりました』
歩き始める前に呼吸を整え目的地までゆっくり歩く。
ここでも途中で殺された人たちの遺体を見ることになり、確認せずとも殺された形跡がハッキリしていたことは確かだった。
腕や胸に刺された跡や切られた跡で、酷い人で全身の皮膚が抉られて大量の血が流れている姿であった。
〈権藤さん、改めて今回この惨事を起こした人を必ず捕まえてください。お願いします〉
主犯格がいるであろう扉を前に差し掛かり里実が切実に願う。
『もとよりそのつもりですよ。見届けてください』
〈はい〉
里実の返事の後、達人は扉を開く。
『思ったよりも早く辿り着いたな』
『私がここに来ることがわかっていたのですか?』
『さあな。でも誰かしらここに来ることは予想していた』
『そうでしたか。確認のため貴方が宮城純平ですね?』
『ああそうだ。そっちで調べはついているんだろ?確認するまでもない』
純平は隠すことなくあっさりと認めた。
それから達人はダメ元で純平に告げる。
『改めて宮城さん、抵抗はやめて警察に出頭してください』
『それは俺に圧倒的な力で屈服させることが出来たらな!』
純平は椅子から立ち上がり拳撃を飛ばす。
『ほう、なかなかやる』
『そちらこそ』
達人は紙一重で回避出来たが、右腕の袖がスパッと切られた。
『ならば、業天昇破!』
『剛泥壁!』
先ほどの一撃よりも強力な拳撃を放たれるが、岩に近い強度の泥の壁で攻撃を防ぐ。
『もう少しだったか…』
『危ないところでした』
互いにそう口にして態勢を整える。
『だったら、速振打牙!』
『速い!ならば――』
達人が攻撃を対処しようとした時には既に間合いをとられていた。
『くっ!』
腕を交差させ辛うじて急所は回避出来たが後方に飛ばされる。
『これで終わりとは言わないよな?』
『まさか』
立ち上がる達人を見下す感じで純平は言葉をかける。
『今一度改めて、どうしてこのようなことを?』
達人の問いに警戒しながらも純平は冷静に答える。
『改めてハッキリ言わせてもらうが、自分の家族はもちろん、アンタが倒した俺の連れの家族や友人の無念を晴らすためだけじゃなく政治資金問題に関わった奴らを世間に公表してやるつもりだ』
怒りを明らかにしながらも理由を述べ攻撃を仕掛けるも、聞いていた達人は警戒を緩めることなく攻撃を躱して純平の問いに耳を傾ける。
『ではそれを証明するに足りる材料は今の貴方にありますか?』
達人の容赦のない言葉に純平が更に怒りを増して返答する。
『それがあればとうの昔に公表している!証明出来るものがないからこうして証拠を探しているんだ!』
『ではもし仮に貴方の言う証拠が見つかったとしましょう。証明出来れば良いですが、証明するに足りなかった場合の備えはありますか?』
鋭く切り込まれた問いに純平は攻撃の手を止め苦い顔をして答える。
『悔しいが持ち合わせていないのが現状だ。それにもし証人がいたとしてその当時の記憶を覚えているのかが気がかりだ』
ここで達人の中でまとまりがついて、穏やかな口調で提示する。
『ではその証人がいたとして裁判で当時に起こった事件の記憶が証拠として採用されたらどうしますか?』
『えっ?』
話の意図が読めず戸惑う純平だが達人は話を続ける。
『近い将来、裁判で証言していく上で証人が当時その事件に関わった人や物の記憶を映像化して裁判の判断材料として採用することが発表されました』
『そ、そんなことが…』
驚きを隠せず純平は呆然とする。
『事件の規模と重要性を考えて全部とまではなりませんが、少なくても今まで見落としていたであろうことが拾えることが出来て裁判にも大きく影響が出ることに間違いありません』
『それじゃあ、アイツの立場は…』
『和矢里実さんのことですよね?』
『どうしてそのことを⁉』
純平の示す人物をそれとなく聞いた達人の言葉に純平が悟られた。
『当時の事件の担当されていた裁判官の名前が和矢文恵と記録されていたので、もしかしたらと思って調べてみたら予想通りでした』
言われたことに反論出来ず黙ってしまう純平だが達人の話は続く。
『これは私の推測ですが、恐らく草津さんが裏で文恵さんの家族を人質にとって圧力をかけていたのかと。それで政治資金の問題を起こした人物を裁判で貴方の母親である佳代さんにせざるを得なかったのでしょう。それでもどんな形でも世間に本当の答えを示すために資料の方に何かしらの細工を施しているのかもしれません』
達人は当時の状況を可能な限り簡潔にまとめ純平に伝えると、インカムから里実の声がかかる。
〈権藤さん、今からそちらへ行っても大丈夫ですか?〉
『距離がありますが大丈夫ですか?』
〈そのことなら心配いりません。では今からそちらへ行きますね〉
そう言って通信が途絶えた数秒後だった。
『おまたせしました権藤さん』
『早い到着ですね。一体どうやってここまで?』
里実は自分の手にしていた物を達人に見せて簡単に説明する。
『この「変想球」を使いました。自分の身体に危険レベルに至らなければ想像するものを具現化出来ます。』
『便利な物をお持ちで。来て早々お伺いしますが和矢さん、何か思い当たることでもありますか?』
確認を取る達人の問いに里実は頷き、持ってきた物を取り出す。
『権藤さん、今まで仰っていたことが本当に実現するならこれも裁判で採用されますか?』
それは当時、文恵が使っていたスマホで政治資金問題などが保存されてある事件ファイルである。
『これは!』
『はい、権藤さんが想像されている通りのもので間違いありません』
驚く達人に、里実が少し言いづらそうに説明を続ける。
『そしてここからは私にしかわからない認証を解くことで、このファイルが本来あるべき真実が記されているかと推測出来ます』
里実はそう言って画面を操作すると記されていた文字が変換されて元々の形へと戻された。
『最初はイマイチわかりませんでしたがここまできてようやくわかりました。私の母はあらゆる可能性を想定して、どんな形であれ私を始めとして周囲の方に正しい情報を残そうとしていたことを』
ここまで口を挟むことなく聞いていた純平が口を開く。
『それじゃあ何故、草津はアンタのことを殺そうとしなかったんだ?』
『それは…』
純平の物騒な問いに答えを迷った里実の代わりに達人が答える。
『それは恐らく、殺さなかったのではなく殺せなかったのだと思います。理由としてこれも推測になりますが、草津さんにどんな手段を取られても、最愛の娘が殺されることになろうとも文恵さんは里実さん自身にも魔法を施していたのではないかと思われます。草津さん自身が今までしてきた粗悪という確実な証拠が拡散するという魔法を。だから里実さんを見張ることしか出来なかったのです』
そう言い切った後に里実が悲しそうに口を開く。
『権藤さんが話をしている間、少しずつ貴方のことを思い出してきましたよ。幼かった頃に片手で数えられるくらいしか遊んだことなかったけど楽しかったよ純平君』
そう言われた純平は今一度、里実の顔を見た。
当時、周囲の友人と遊んでいた時が脳裏に映り、じわりと涙が出た。
『里実ちゃん、ごめん俺は…』
悲しみと罪悪感で一杯になった純平は言葉に詰まり、ただただ泣くことしか出来なかった。
それを見た里実は片膝つけて、純平の背中を優しく撫でて話しかける。
『謝らなくて大丈夫だよ純平君。今までの苦しい思いはここで終わりにさせて、今度は少しずつでいいから笑い合える日常にしていこうね』
『ああ。そのためにも自分がしてきた罪を償わないとな』
純平に落ち着きが戻ってきたところで里実が達人に相談を持ち掛ける。
『権藤さん、純平君が裁判にかけられたとしても可能な限り罪を軽減出来るように協力願えますか?』
『私で良ければ力になりますよ。事柄が複雑ですがそれでも最善を尽くして周囲に見方をつけられるように努めますので』
その言葉を聞いた純平は涙を拭って達人に頭を下げる。
『ありがとうございます。お願いします』
『では宮城さん、行きましょう』
『はい』
達人は手厚く純平を連行し、その数日後に純平は裁判にかけられたのであった。
10
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
絶世のディプロマット
一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。
レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。
レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。
※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。
どうぶつたちのキャンプ
葵むらさき
SF
何らかの理由により宇宙各地に散らばってしまった動物たちを捜索するのがレイヴン=ガスファルトの仕事である。
今回彼はその任務を負い、不承々々ながらも地球へと旅立った。
捜索対象は三頭の予定で、レイヴンは手早く手際よく探し出していく。
だが彼はこの地球で、あまり遭遇したくない組織の所属員に出遭ってしまう。
さっさと帰ろう──そうして地球から脱出する寸前、不可解で不気味で嬉しくもなければ面白くもない、にも関わらず無視のできないメッセージが届いた。
なんとここにはもう一頭、予定外の『捜索対象動物』が存在しているというのだ。
レイヴンは困惑の極みに立たされた──

シーフードミックス
黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。
以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。
ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。
内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる